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あの日、あの時、あの場所で

とりあえず前々から文章作ってみたいと思っていて、ついにこらえきれず初投稿。The初心者の稚拙な文章ですが、お時間のある方は休憩がてらさらりと目を通してくださるとうれしい限りです。


※2019/12/13:後書きに各章、各エピソードのインデックスを掲載いたしました。



 暗がりの世界が揺らぐ。瞬間的な全盲を通過して五感が緩慢に働き出す。

 鼻をつく、アスファルトが濡れたときの独特な臭い。視界は薄暗い。さめざめと地を打つ音。ねっとりと肌をなぞる風。不快な土の味。

 知覚は依然緩慢、自己の存在すら虚無に浮いているような鈍感の中だ。

 

「・・・・・・・・・・・・雨?ここは・・・?」


 ポタリ、と雨の雫とは少し違う、重い音が聞こえた。ふと俯いた顔を、その雫の辿った道をなぞるように上げる。急に鉛色と橙色に明るんだ視界に少しだけ眩む。

 目の前には淡い茶の髪を長く軽やかに、重い風の中で靡かせる少女。彼女はまるで自分を背に庇うように立っていた。


 ―――――顔を上げた黒髪の小さな少年は、その少女を知っていた。


 よく、知っていた。


 「ユイ・・・ねぇ・・・?」


 少女は振り返り、少年と目線を合わせるように屈む。少し黄色がかった瞳が少年を見つめた。その瞬間、曖昧だった少年の存在はここに認められた。少年はこのとき初めて、自分が濡れたアスファルトの上にへたり込んでいることに気付いた。


 眼前で微笑むユイという少女は血に濡れていた。それは彼女の血だったのだろうか、それとも・・・。


 少女は優しく語りかける。


 「トシ君、どこもけがはない?」


 少年は頷く。それしかできない。


 「そっか。じゃあユイ姉も安心だよ。大丈夫、すぐ終わるよ」


 何が、終わるのだろうか。黒雲に満ちた空は鉛のようで、少年の追いつかない思考をいっそう圧迫する。しかし、少女は凛々しく、そして優しい。


 ―――――ねぇ、何が終わるの?


 声にならない呟きは、決して届かない。


 「だからね、トシ君。少しだけ、待っててね」


 だが少年は、分からないなりに分かっていた。


 儚く微笑む彼女は、闘っていた。


 理不尽で悪辣で狂気たる何かそのものに相対し、なおもその美しさと凜々しさを曇らせることなく、毅然としてまるで救世の聖女であった。この世界を覆う瘴気は、しかしたった一人の少女を冒すことも敵わない。


 「・・・そんな顔しないで、トシ君。ユイ姉は最強!・・・でしょ?私が全部守ってみせるから」


 少年は自分がどんな顔をしているのか、自分でも分からなかった。ただ、頬を、何かが伝った。それは未来を示す一滴の証左。


 ――――きっと、もうこの少女には会えない。


 「もう、そんなに心配?なら・・・・・・はい。これを持っていて。雨が止んだら、返しに来てね?約束。私も、待っているから」


 そう言って少女はありふれたデザインのペンダントを首から外し、少年の手に握らせた。


 少女は少年にとって、いや、あるいはこの世界を生きる全ての人々にとって、雲を拓く太陽(きぼう)だった。縋り付き、祈り、信奉し、畏怖する、未来になり得た。


 それなのに彼女は、雨の中でなお盛る炎を背に微塵の恐怖も見せず、柔らかく微笑んでいた。ただ、微笑んでいた。


 「・・・・・・約束・・・・・・するよ。だから、だから・・・・・・」


 ようやく声を振り絞った少年の耳元で、少女は、どこまでも優しく、囁くのだった。甘美な声で最後の言葉と最後の笑顔を残す。少年は、聴き入る。


 消える。失う。少年の慕っていたあの少女は、沈むように、炎の先へと、往く。





          ●

 




――――そして。





          ●





 雨が、止んだ。終わった。雲の隙間を黄金色の陽光が突き抜け、地に注ぐ。


 光が眩しい。溜まっていた涙に引き延ばされた美しい光は、灰色にすら眩んだ少年の両目を今度こそ焼け付くほどに眩ませた。

 ふと目を覆う手の中に金属の冷たい熱が揺れて、そこにあったはずの温もりが蘇る。


 「あぁそうだ・・・ペンダント、返さないと」


 もう何日も、同じところにいたような気さえした。立ち上がるには重すぎる弱った膝と腰を、持ちうる全てで引き上げる。傾いた太陽は少年を待たずに、沈もうとする。未だ小さく燻る炎を越えて、少年は彼女を追って、駆ける。


 少年はただひたすらにあの少女の姿を探していた。

 

 だが。


 「ユイねぇっ!!」


 いない。


 「返しに来たよ、ちゃんと!ねぇ!!」


 いない。


 「約束したよね、待っててくれるって!」


 いない。


 きっと、もう、あの少女は、


 「ユイ・・・ねぇ・・・」


 どこにも、いない。


 少年は彼女の囁きを、蘇らせる。何度も、ひたすらに。その度に甘美な息遣いは耳元に停滞し、吐息の一つも残さずありありと意識という暗闇の深淵から帰ってくる。


 『トシ君、ありがとうね。君と出会えたから、いま、私は君を守って戦える。大切なもののために戦うことができる。大切なものは、絶対に守ってみせる』


 ――――大丈夫、きっと帰ってくるって、そう言った。言ったのに。


 『だから、私が帰ってくるまで、みんなを守ってあげてね。君は、強いから。君は、真っ直ぐで、強いから。大丈夫だよ』


 ―――――言ってくれたのに。どうして、いないの?


 彼女は希望をその小さな少年に託したのだろう。なんのために託したのだろう。小さな小さな、彼女の守りたかった世界。それは、なんだったのだろうか。

 最後の、最後まで、残酷なまでに優しかった。彼女は分かっていた。それが言えなかった。故に、少年は認め切れない。あの少女の喪失を。なにを託されたのかも分からないのに、その別れを認めるなど、幼い少年には能わない。


 呆然と立ち尽くし、思い付いたように瓦礫を踏んで数歩進み、また立ち尽くしては辺りを見渡して、時々映る揺れる布切れに少女の幻影を見て駆け寄ってしまう。そうしてまた一つの現実を突き付けられても、それでもまだ瓦礫の平原を放浪する少年は、もう手の中の冷え切った温もりだけを最後の意味にして、物陰を探して歩くだけだった。


 それがどんなに虚しいことなのか、本当は分かっていたくせに。


 しかし、少年はいなくなった「少女」を見つけた。探すだけ悲しいはずだったのに、見つけなかった方がきっと幸せだったのに。


 けれど、運命というのは偶然という残酷な必然を巡らせるものだ。やがて、見つかるはずのない結末を愚かな少年は見つけてしまった。


          ●

 

 瓦礫に背を預けて、安堵した顔で、彼女はそこにあった。


 「ユイねぇ、そこにいたんだね。これ、返しにきたよ」


 また目を合わせてくれるわけもなくて、返事などあるわけもなくて、微笑みを返してくれるわけもなくて、信じられるわけもなくて、最後のたった一つの嘘すら認められるわけもなくて、少年は少女にペンダントを見せようとし続ける。


 「・・・ユイねぇ?」


 浅い眠りを覚まさせるように、少年は「少女」の体を揺する。それは、まるで立てた鉛筆のように、当然として倒れた。元が何だったのか分からない瓦礫の上に、元は何だったかよく知っているそれが倒れ込んだのを見届けて、少年はもう、認めた。認めるしかなかった。認めたくない現実を。「少女」はここに在っても、ここには居ない。


 ―――――――日は、とうに暮れていた。


 体も、心も、燃えてしまいそうに、あぁ。


 燃え出すことすら、許してくれないのか。果てに枯れることすら、敵わないのか。


 この身を縛る想いに憎悪して、この身を護った想いに縋って。


「あ、あぁ・・・。ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!!」




 

 


 ふと、


 世界が、


 白んで、


 霞んで、


 遠退いていく。




 なにか、大切なものを置き去りにしているようで。

”LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~”


Index:


~第1章 激動の五日間~


《episode1》少年が少女と出会った5日間。少年は自己の限界の先に何を見るのか


~第2章 いつまでも、隣に。~


《episode2》栄光に照らされた者の背には尚濃い影が沈む。それは、認識を伴わぬ浸食・・・


《episode3》いつかは通ることになる暗闇は、時を待たずして彼らに牙を剥く


《episode4》裏切り。陰謀。真実。現実。愛情。憎悪。約束。力。それは夢挫く絶望。慟哭は許されず


《episode5》それだけのことだった。結局全部。たった、それだけだった


《episode6》掴んだのは束の間の平穏。未だ明かせぬ過去。未だ言えぬ一言。世界に、抗え


~第3章 宙ぶらりんのトランペッター~


《episode7》それは狂おしき災禍の時代、シンセカイの黎明。第一の喇叭は誰が吹く?


《episode8》???

《episode9》???

《episode10》???

《episode11》???


~第4章~

~第5章~

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第1話はこちら!
PROLOGUE 『あの日、あの時、あの場所で』

❄ スピンオフ展開中 ❄
『魔法少女☆スノー・プリンセス』

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