パワー➌
次の日、秘密基地の建設に乗り出した、
東京にいるときに、知り合いの科学者や技術者らに手伝ってもらい、ある程度の準備は整えていた。行方不明になった親父が残した研究書類のコピーを元に、機材はおおかた完成させて持参したので、あとはそれらを組み合わせ、設置したり、接続したり、パソコンを買ったときのように簡単な作業をするだけ。それもロボットがやってくれる。そう安心しきって、まずはロボットの製造に取り掛かった。
が、最初からうまくいかずに苦労の連続だったのだ。
例えば、土工事。スコップ片手にひとりで黙々と土を掘る作業はとても大変だ。作業用のロボットを数台組み立てて手伝わせたけれど、こいつらはどうも言うことを聞かない。機材を設置するために半径五メートル、深さ三メートルになるような円状の穴を掘るようにインプットしたはずが、気がつくと半径五十メートル、深さに及んでは三百メートルもの大きな穴を島のあちこちに無数にこじ開けてしまった。古代の発掘作業ではあるまいし、慌ててふためいてロボットからドリルを引き抜き、バケットを装着させて今度は穴埋め作業。その繰り返し。まったく役立たずのロボットたちだ。
でも、ここで投げ出すわけにはいかない。歯を食いしばるようにがんばった。
土工事でシドロモドロしていると、ふと気がつくと、建築用のロボットはいつのまにか二十階建ての自宅兼研究室を組み立てているではないか、まるで超高層ビルだ。さらに、その上に同じ建物を続けて建てようとしていたから驚いた。おいおい、建物は二階までで十分だ。オレひとりしか住まないのだから。まったく、気が利かないやつらだ。大気圏を突き抜け宇宙に届いてしまうほどの、巨大な建物ができてしまったのであきれた。
そんなこんなで、科学の最先端技術の結晶をこの島に注入すべく、意気揚々と乗り込んではみたものの、ロボットなんかより、小説やアニメなどに登場する、魔法使いのほうがよっぽどマシなことが分かった。つい二〇年くらい前は、AI(人工知能)によって世界は変わると注目されたが、いつの時代でも新しいものには誰もが飛びつく。でも、二〇四〇年になっても科学はまだこの程度さ。
「環境破壊を防ぐために、この島に秘密基地を作るのだから、おまえらロボットが地球をぶっ壊したらダメじゃないか」と、彼らを諭すように叱っても何も応答はしてくれない。ただ「キューン」という金属音を立てオレの顔色をうかがっている。きっと「スマン」とロボット語で謝っていたのかもしれない。そんな調子でただ疲れることばかり。そうそう。パソコンはとても便利だけれど、でも、重たい荷物は運べない。この島に来て、いちばん助かっているのは昔ながらのリヤカーなのさ。
そうして大半の仕事は自力でやって、何とか1週間後に基地のほとんどが完成した。
サッカースタジアムひとつ分くらいの広さの敷地のほぼ中央に、四角い大きな電気室を設置した。一辺が3メールある巨大なサイコロだと思ってくれたらいい。基地のすべてのパワー・エネルギーを生み出す基地の心臓部、メインキュービックだ。そのサイコロの下のほうから根っこのような太くて黒いケーブルがいくつも飛び出ていて、周囲にある住居兼研究所や作業用ロボット製作工場、あるいは様々な部材を作ったり格納するための倉庫へつながっている。そして、いちばん太いケーブルの先をたどっていけば、途中に自動車と同じくらいの大きさの四角いボックスへとつながっている。その屋根にはレーダー装置がついていて月から送られてくる電磁波をキャッチするようになっている。親父が研究を重ねて発明した月の引力をパワーに変える『ムーンフォース』だ。さらにそこから先へケーブルをたどれば、人ひとり分の大きさの扇形をしたタイムマシンがある。装置というか乗り物というか、この中へ入ってチョコチョコっとセットをすれば、時空を超えて自由に旅ができるという仕組みだ。説明するのは簡単だけれど、まだ試したことがない。なにせ、親父の研究書類のコピーを参考にして組み立てたものだから。
とりあえずオレは、出来損ないのロボットたちが掘り出した古代の遺物を倉庫に一応保管し、空の彼方へ届く超高層建築物は仕方なく残し、いつの日か、建物のてっぺんに上って雄大な景色でも眺めてやろうと思った。
さて、一世紀ほど前には、タイムマシンなどというものはSF小説やアニメの世界の夢物語のように扱われていたけれど、親父の研究ではそれは現実のものになっていた。グリーン・ユナイテッドは、そこに目をつけたのだった。
タイムマシンは、科学技術と人間の心の二つをもって生まれてきた。
「夢を見ているとき、それがたとえ、2分間か3分間か、ほんのわずかな短い時間でも、夢は現実なのだ。分かるか。日常生活の中で、現実の中で、人はみな必死になっている。でも、あこがれや夢を本当にかなえたいと思うなら、いつも夢を見ながらそれを追いかけていけばいい。そうすればやがて現実になる。いつかきっと」
親父の論理は、つまりこういうことだ。
例えば、子どものころを思い出しているとき、それがほんの2、3分かもしれないけれど、人はみなタイムマシンでその時代へ戻っているのだ、という。タイムマシンは誰もが持っている。そして、自らの意思で過去の思い出を断ち切ってしまうか、または他の何らかの事情で我に返れば、再び、現実へ引き戻されるというわけだ。それは過去だけでなく、未来についても同様だ。が、過去に体験していることを思い出すのは簡単だけれど、未来へ旅立とうするときはそううまくはいかない。体験していないわけだから。そういうときはいつも夢を追いかけていれば、やがて自分のイメージした未来が現実になるのだ。
そんなふうに考えていくと、過去だってすべて思い出せるわけではないし、何世紀も昔の遠い過去へ行きたい場合はどうするのか、という疑問にハタと気がついた。
親父は、含み笑いを見せながらオレの疑問にこう答えるのだった。
「行きたければどこへでも行ける。本当に行きたいと思うならば、ね。人は本気になれば必死になれば、たいていのことはできるのさ。例えば、恐竜の棲むジュラ紀へ行きたければ行くがいい。が、もしそこでなかなか行けないとする。なぜか。誰もが恐竜を見てみたいと思うかもしれないけれど、単なる興味本位、面白半分だけではタイムマシンは作動しない。それは本気でまじめに行きたいと願っていないからなんだ。でも、心配するな。『ムーンフォース』が解決してくれるさ」
オレが聞き覚えている親父の話によると、こんなことも言っていた。
「世界中の人々がみな同じ夢を追いかけたなら、理想も現実になる」
子どもだったオレはそれらの話の半分も理解できずに、ただボー然としていたけれど、確かに「地球環境を良くしよう」と世界中のあらゆる人々がそう思えばきっと良くなるに違いない。それなのに、なぜかできない。どうしてか? その程度のことくらいは容易に想像できた。
グリーン・ユナイテッドは、二〇三〇年に世界中の人々に緑豊かな自然の中で生活することが幸福だと、大きな夢を掲げて第一次文化革命をもたらした。ところが、それに反発したり、違う考えを持った人々があらわれて、再び地球の大きな危機がやってきた。親父はそのとき、もういちど夢を追いかけたかったに違いない。
行方不明になる直前、親父はオレにこう聞いてきた。
「修造。大人になったらどういう人間になりたいんだ?」
オレは、音楽が大好きだったから迷わずにバート・バカラックみたいなアーティストになりたいって答えた。すると、大きな声で笑われた。
「ハッハッ。おまえは、音痴だし才能がないから無理だ。ピアノだって弾けないじゃないか」
「えっ。それじゃ、夢は実現できないの?」
ガッカリして下を向いた自分の小さな肩に手をかけ、親父は最後にこう付け加えた。
「バカラックにはなれない。でもな、バカラックのような優しい人間にはなれるさ」
そのとき、親父の言葉に勇気みたいなものをもらったような気がして、胸の奥から何かがこみ上げてくるのが分かった。肩に乗せた大きな手から暖かいぬくもりみたいなものが伝わってきて、まだ子供だったオレは、泣かずにはいられなかった。
それが親父の最後の言葉になってしまったのだ。
今、こうして秘密基地を作りながら昔のことを思い出してみると、すでにオレは、親父がやりたかったことの第一歩を踏み出しているように思えた。
自分はすでにタイムマシンに乗っているのかもしれない、と。