パワー❷
二〇三五年。環境破壊が進んでしまった地球を救おうとグリーン・ユナイテッドなる組織が立ち上がった。地球を自然豊かな星にするために、二〇〇〇年ごろから国単位で取り組んできた諸問題を、国境を越えて地球全体で考えようと彼らは第一次文化革命を起こして、世界統一を成し遂げた。
実は、オレの親父はその文化革命に寄与した科学者のひとりだった。普段は、東京・吉祥寺でジャズ喫茶の店を営んでいて、母とともに趣味の延長線上のような雰囲気で、若者を中心にジャズをブリブリ聴かせていた。が、しかし、それは表向きの顔で、グリーン・ユナイテッドから派遣された科学者として、夜な夜な環境問題に取り組んでいた。
「地球を救うぞ、ハッハッ」親父は、まだ子どもだったオレの頭に大きな手を乗せて笑った。
もともと、吉祥寺のお店を祖父から受け継ぐ前、親父はアフリカで数年間暮らしていたらしい。その辺の事情はよく知らない。母の話によると、一九九〇年後半、自分の夢を実現させようと母ととともにアフリカへ渡り、自身の研究に没頭した。そして、二一世紀になって日本へ戻り、祖父のジャズ喫茶を受け継ぐことに決めたらしいのだ。
ところが、親父が開発した研究書類はいつしか行方不明になって消えた。一体、どうしたのか子どもの自分にはよく分からなかったけれど、想像するに、敵側のスパイが盗んだか、グリーン・ユナイテッドが何らかしらの事情で手放してしまったのだろう。当然のことながら、親父は怒り狂い、途方に暮れていた。なにせ、それは親父だけの個人的な問題ではなく、地球全体の大事件だったから。そのときの親父のことは、今でもオレは忘れはしない。ただ、子どものオレには一大事だということ以外、何をどうすればいいのか、まったく手立てがなかった。ひとつだけ分かっていたことは、親父にはとてつもない財産が舞い込んでいたということ。それこそ、一夜にして大富豪となったわけだ。果たしてそれが良かったのか、どうか。親父はそれ以来、どこかへ消えていなくなってしまった。さらに、追い討ちをかけるように、オレに不幸が訪れた。母の死……。
第一次グリーン文化革命の覇者、グリーン・ユナイテッドによって地球温暖化の危機は解消された。緑豊かできれいな花々が咲き乱れる地上は、平和の楽園となった。自然を守るために必要なことは、我慢と忍耐。それが美徳とされた。ちなみに、この革命の呼び名は、第二次フラワームーブメント(※最初は、一九六八年頃にサンフランシスコを中心に世界中へ広まった)とも称されている。
しかし、低レベルの生活に我慢できない改革派の一部が世界中の不満分子を集めて新たな統一軍を組織し、グリーン・ユナイテッドの自然回帰軍に挑んできた。二〇〇〇年レベルにまで、もういちど世界の生活水準を引き上げようというのが主たる目的だった。それが第二次グリーン文化革命の始まりだ。我慢することに人々は限界を感じていたのだ。
快適な生活。
それが改革派のスローガンとなった。
世界は第三次世界大戦前夜といった何だか物騒な雰囲気に包まれることになってしまった。
その二年後には、国際協議機関グラン・ブルーの調停によって、グリーン・ユナイテッドと改革派の二つの組織の代表らが集まって、今後の地球をどうするか、話し合いによる和平協定に乗り出した。もしかすると、一部の人々は地球を捨て、宇宙へと旅立つことを余儀なくされるかもしれない。
残念ながら、この調停は不調に終わった。既にヨーロッパの大都市でテロが起き、中東では内戦が、また中南米では政治家や企業関係者らが誘拐されたり、暗殺されるといった事件が多発していた。なかでも深刻だったのは、原発を狙ったテロが起きたことだ。(一部ではテロではなく、事故という説もある)
そうして、地球環境はどんどん悪化していった。
「一体、何がどうしたっていうんだ」
三十歳の誕生日。オレは過去の謎を解き明かすため、地球を救うため、無人島で秘密基地を作ることに決めた。もうひとりの自分、老人子とともに。
それから、もうひとつ別に大きな理由があった。
オレは、タイムマシンを作りたかった。時空を超え自由に旅ができるというやつだ。こんなことをみんなに言ったら、タイムマシンなんてくだらない夢の乗り物だときっと笑われたに違いない。だから、秘密にしておきたかった。
東京の半分くらいの面積しかない小さな島だけれど、ひとりで住むには十分な広さだった。亜熱帯の植物に覆われ、島の中央には巨大なヤシの木が一本。それが島の目印になっていて、少し遠くからでもここに島があることに気がつくだろう。ただ、周囲は断崖絶壁で、海流がぶつかり合う場所。波が荒くて船で接岸することは不可能に近い。まさに孤島。誰ひとり近づくことはできない。秘密基地を作るにはうってつけの場所だ。およそ一年分の食料と生活物資、基地を造るための資材を乗せて自家用ヘリでここへやって来たとき、東京の生活では体験できないような人生を送れると夢心地になったものだ。ここはオレにとっての天国なのかもしれない、と。
ヘリの操縦士には「ここの話は一切しないでほしい。オレを迎えに来ることはもうない」と告げ、それなりの報酬を与えて帰した。彼は何も言わずにニッコリと微笑むと、そのまま大空へ消えていった。
オレは本気だ。自分の人生をもういちど見直すため、そして、自然環境が破壊されてしまった地球を昔のように、グリーン・ユナイテッドが成し遂げたように、再び元へ戻すためにこの無人島へやって来た。親父のためにも、自分の夢を実現させようと心に決めたのだ。
深夜、仮設テントの中で眠りにつくと、夢の中にもうひとりの自分が出てきて励ましてくれた。
「がんばるのじゃ。みんなのためにもオマエがやらなきゃ、地球はおしまいじゃ。ワシも何か協力できることがあればしよう」
老人子の声を聞きながら、あのパーティーのことが夢に出てきた。カウンター越しに立っていた彼女もこう言っていた。
「シューくんならできるわ。あなた、やってごらんなさいよ」
夢の中では、彼女は酔いからさめているようで、ハッキリしっかりした口調になっていた。が、その姿はおぼろげでちゃんと思い出すことができず、やがて東京の夜景の中へどんどん溶け込んでいくのをただ見送るだけ。イメージに残っていたのは、グラスに映る虹だけだった。