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詩乃の目線の先には、
大きなバックを背負う父の姿と、
そのバックを般若のような形相で見詰める母の姿があった。
「何、それ」
私と詩乃は、2人から見えない場所へと移る。
「何って? ギターだよ、ギター」
努めて明るく返す父。
バックを下ろし、自分の胸のあたりで掲げてみせた。
続けて、
「この前、壊れちまったんだよ。
ギターのないジャズバンドなんて、締まらないだろう?
これでいい曲を作ってみせるからさ。
いつかの“大海原”みたいに。
だから――」
「ふざけるな!」
最後まで、言わせてくれる母じゃない。
「こんな高いものを買うお金があれば、
酒の1本でも買ってこいよ!」
…予想通りだった。
父も、きっとそうだっただろう。
でも、買ったのだ。
「俺は…俺は…!」
顔を真っ赤にし、必死に声を絞り出している。
目尻がうっすらと光っていた。
下に置いていたギターを持ち上げ、
まるで自分の子供のように大事そうに抱き締めると、
自分の部屋へと駆け込んでいった。
母の舌打ちが玄関に響く。
父の部屋の扉は大きな音をたてながら勢いよく閉まり、
即座に部屋の鍵がかけられた。