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七話 天井のある生活

 それから俺たちは町の人間や冒険者たちと協力して、町のなかに入り込んだ残りの魔物を掃討していった。


 全ての残党を町の外に叩き返した頃には、遠くで日が傾いていた。


 町総出で消火活動に励んだおかげで、ほとんどの場所で火事は収まっているが、瓦礫はもちろんそのままだ。寝る場所を失くした人も多いだろう。

 そうした人たちはひとまず講堂に避難することになって、広場では炊き出しなんかが始まっている。


 とりあえず怪我人の治療を手伝っていた俺たちもそちらの作業に目処がついて、さあどうするかと考えていたところに声がかかった。


 声をかけてきたのはこの町にあるギルドの人間で、町の防衛を手助けしてくれたお礼と、宿を用意したから、ぜひ一泊して行って欲しいという話だった。

 家を無くした町の人間は大勢いるだろうに、そんなことしてもらっていいものだろうかと思ったが、つまりは下心も込みで、という話なのだろう。


 その申し出をありがたく受けることにして、俺たちは町の宿屋へ向かった。

 町に宿屋は一つしかないらしく、そのなかはやはり今回の騒動で家を無くした町の人たちでごった返していた。


 とてもわかりやすく迷惑そうな顔をした宿屋の主人に案内されて、部屋に向かう。


 俺たちが連れていかれたのは二階の東角に面した、大きめの部屋だった。ベッドは二つある。


 俺たちの人数はスラ子をいれて七人。

 半数は子どもだとしても、全員でベッドに寝るのはさすがに無理があるが、それは俺がそこらへんに雑魚寝すればいいだけの話だった。旅じゃ、上に天井があるだけでありがたい。


 部屋に荷物を置いて一息ついてふと顔をあげると、扉のそばで、不安そうにマナが立ち尽くしていた。


「……ここに、泊まるの?」

「ああ。今からじゃ、野宿する場所を探しているうちに日が暮れちゃうだろ? せっかく、泊まっていってくれって言われてるんだしな」

「でも、」


 戸惑うような視線が部屋のなかを彷徨って、赤い髪の少女に向かう。


 ルヴェがこちらを見る。

 慎重な表情でじっとこちらを見据えて、


「――また魔物が来るかも」

「その時は、また追い払えばいいさ」


 という返答だけでは、二人はまったく納得できなかったらしい。

 不満と不安がまざったような眼差しを向けてくるマナとルヴェに、俺は肩をすくめてみせて、


「二人はここ最近、ずっと魔物に追われてんだよな?」


 ぎゅっと眉をしかめたマナが、


「うん。ほとんど、毎日」

「でも、俺たちとマナが会ってからは、まだ襲われてないよな」


 うん、と頷きかけたマナが、あ、と声を出した。


「まあ、まだ二日も経っちゃいないから、それはただの偶然かもしれない。で、だ。ルヴェ、俺たちと合流する時、誰かと戦ってたよな。襲われて、とか言ってなかったか?」

「うん。マナとはぐれちゃって、探し回ってるうちにね」


 だよな、と俺は頷いて、


「マナは襲われてないのに、ルヴェが襲われる。で、今度は俺たちがいる近くの町が襲われたわけだ。これって、ちょっとおかしな感じがしないか」


 二人が顔を見合わせた。

 俺たちの話を聞いていたカーラが眉をひそめて、


「マスター。それって、わざとそうしてるってことですか?」

「わざと?」


 ルヴェがはっと顔色を変えた。


「――マギたちと合流したマナを簡単に襲えなくなったから、代わりにあたしを狙ったってこと? でも、なんで」

「人質ってことかもな。マナに対する餌、ってわけだ。で、ルヴェを捕まえられなかったから、今度は町の人間だ」

「じゃあ、あの女の子は――」


 マナは顔を真っ青にしている。

 自分のせいで、見ず知らずの相手が襲われてしまったのかもしれないとなれば、それも当然かもしれない。俺は頭をかいて、


「さっきも言った通り、俺の考えすぎで、実際にはただの偶然かもしれないけどな。ただ、この町を襲ってきた連中は、なんとなく近くの集落を襲撃したって感じじゃなかった。なにか目的があったはずだ。……あの集団を率いてた相手なら、そのくらいの搦め手も使ってくるかもしれない」

「……どうして手前にそんなことがわかる?」


 探るような眼差しで、腕を組んだツィツェーリャが訊いてくる。

 スラ子は黙っている。


 俺は目つきの悪いエルフを見やって、


「なんとなくさ。さっきの不意打ち、ヤバかっただろ?」


 ツェツィーリャはじっとこちらを見据えてから、ふん、と鼻を鳴らした。


「まあいい。そういうことにしといてやる」


 エルフは耳がいい。

 それに加えて風精霊を供にしているツェツィーリャなら、さっきの俺とスラ子の会話だって耳に入っているかもしれないが、この場ではその話を持ち出さないでくれて助かった。


「……俺たちを罠に誘い込むために、町の人間を攫った。逆に考えれば、攫った以上、連中から襲ってくることはないんじゃないか? 待ち構えてなきゃ、罠の意味がないからな。だから今日一晩くらいはこの町に留まっても平気なんじゃないかと、俺は思う」

「――本当に? 僕がいても、襲われたりしない?」


 まだ不安を覚えている様子のマナに、


「多分だけどな。何度も言うが、俺の考えすぎかもしれない。仮にそうだとしたって、この町を出て行くわけにいくか? 俺たちとまったく関係ないとして、あの女の子が魔物に攫われたってことは変わらない。あの子をどうするんだよ」


 あっ、とマナとルヴェが同時に目を見開いた。


「そうだ。……助けなきゃ!」

「そういうことだ」


 俺はこくりと頷いて、


「町がこんな状況で余分な部屋なんてあるわけがない。町のほうでも、そういう話をこっちに持ち掛けたいから、わざわざこの部屋を用意してくれたんだろう。なら、その厚意は受けちゃっておいていいさ」

「でも、あの女の子のことは? 助けに行くなら、すぐに――」

「もう夜だぞ? だいたい、土地勘もないのにどこを探しに行こうってんだ。せめて魔物が身を隠せそうな場所くらいは当たりをつけてからじゃないと動きようがないさ。この町の人たちに話を聞かなきゃな。水や食糧だって用意しなくちゃならないしな」


 最悪、水ならスラ子の魔法でどうにかなるし、食糧だってツェツィーリャがいれば飢えることもないかもしれないが、情報ばかりはどうにもならない。


 ――それに。

 頭のなかで考える。


 わざわざ町の人間を誘拐したことになにか意図があるのなら、向こうから反応があるかもしれない。

 俺たち、というよりはマナをおびき寄せるための罠なら、なおさらだった。


「それに、」


 今度は声にだして、俺は目の前の二人を見比べて、


「今までずっと野宿だったんだろ? ベッドなんて久しぶりだろうし、風呂にも入れる。せっかくなんだから思いっきり休んでおけよ。明日からはまた野宿だぞ」


 それを聞いたルヴェが一気に目を輝かせた。


「お風呂! あたしの火魔法で簡単なやつは入ってたけど、ちゃんとしたのは久しぶり!」


 そんなことしてたのか。まあ、ルヴェらしいけど。

 俺は苦笑を浮かべて、


「じゃあ、さっそく入ってくるといいんじゃないか。カーラ、タイリン、お前らも一緒に行ってきたらどうだ?」

「わはっ。行く!」

「マスターはどうするんですか?」


 カーラから訊ねられて、俺は肩をすくめた。


「俺は、ギルドに頼む手紙を書いとくよ。それに、町の人間が話に来るかもしれないからな。部屋にいる」


 なにか言いたげな眼差しに、苦笑する。


「ちゃんと、俺もあとで入るから」

「……わかりました」


 渋々と頷いたカーラに連れられて、三人は風呂に向かっていった。

 マナ、ルヴェ、タイリンと全員が同い年くらいの背丈のせいで、完全にカーラが引率者みたいになっているのがちょっと面白い。


 俺は部屋に残ったもう一人に顔を向けて、


「ツェツィーリャ、お前も行ってくればどうだ?」

「いらねーよ」

「……匂うぞ?」

「匂わねえよ! 適当なこと言ってんじゃねえ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る。


「いや、匂う」

「匂わねえだろうが! 殺すぞ!」

「エルフっていい匂いするよな」

「マスター、セクハラです」


 スラ子から突っ込みがはいった。

 俺はむう、と頷いて、


「……あんまり匂わないけど、入ってきたらどうだ。風呂」

「ああっ、クソ! 行ってくりゃいいんだろうが! このボケ! 死ね!」


 悪態をつきながら、ツェツィーリャが部屋から出て行く。

 ばたん、と乱暴な音をたてて扉が閉まった。


 くすくすとスラ子が笑っている。


「マスター、ツェツィーリャさんの扱いが慣れてきましたね」

「しつこく言ってると、そのうちに射殺されそうだけどな」

「ギャグとボケには身体を張るべきだってスケルさんが言ってましたよ?」

「なにやっても不死身なやつと一緒にされてもなぁ」


 なんていうやりとりを交わしながら、俺は自分の手荷物から便箋を取り出す。

 布にくるまれた羽ペンとインク瓶も用意して、よし、と息を吐いた。


 シィやスケルといった、ダンジョンで留守番をしてくれている仲間たちの顔を思い浮かべる。

 きっと俺たちのことを心配してくれているだろう。……約一名、ひどく怒っていそうな相手もいるけれど。スケルが変なことをやってやしないだろうかというのも不安だけれども。


 自分たちの無事と、とりあえずルヴェたちと合流できたという現状報告。

 つらつらとそんな文章を書きながら、ふと思う。


 ――もしかして、俺も匂ってるだろうか。

 さっきのカーラはそれで俺に風呂を進めてくれたのかもしれない。


 自分の体臭なんてほとんど気づきようがない。

 それでもなんとか名残くらいは拾えないだろうかと鼻を鳴らしていると、隣から机を覗き込んでいたスラ子がすっと遠ざかった。


「……なんだよ」


 不安に思って訊ねる。


 ふむ?と腕を組んだ不定形は、すすすっと改めてこちらに顔を近づけてきてから。ふふーと笑った。


「――いい匂いがしますっ」

「セクハラじゃねえか」



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