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十話 大人の役割

 その晩、ダンジョン総出の大宴会がひらかれることになった。


 マナとルヴェの二人を連れて洞窟に戻ってきたのはもう三日も前になるが、マナは昨日までずっと眠っていたし、俺は俺で町のほうに顔をだしていたので、まだきちんと顔合わせもしていない。


 少なくとも、これからしばらく二人にはこの洞窟内で生活してもらうことになるのだから、先住の面子とはお互いにきちんと知り合っておいたほうがいい。

 加えて、今日は地下から自称ドワーフなんていう客人まであったもんだから、「これはもう、宴会するっきゃないっすよ! 宴会!」とノリノリに言い出したのだ。特に約一名、白いのがうるさかった。


 もっとも、俺がいないあいだもほとんど毎日のように、どんちゃん騒ぎをやっていたようではあるが――ともあれ、歓迎会というのはいいアイディアだった。


 大勢でワイワイやってる雰囲気にはあんまり(あくまで、あんまりだと強調しておく)馴染めないが、周囲が楽しげな様子っていうのはそれを見守っているだけでも十分に楽しいものだ。傍から見ているだけなら、コミュ障でも問題ないわけだし。


 問題は、一応、自分はここの主であるわけだし、開始の音頭やらその前に一席ぶってみせたりやらをする必要があるということだったが、それもどうやら杞憂だった。


 なぜなら、


「あー、みんなにはしばらく留守をあずかっていてもらって申し訳ない。今日から……正確には一昨日からだが、ダンジョンに新しい住人を迎えることになった」

「酒ー、酒どこっすかー」

「……今日は地下からも珍しいお客さんが来ている。日頃の疲れをいやし、ぜひ明日からの英気を――」

「ニク! ヤサイ!」

「じゅるっきゃ! じゅうるしゅらや! ぴっきら! ぷぎゃー!」

「今日は、無礼講なので……どんどん、気にせず……」

「あ、先輩~。こっちこっち! 席とっときましたぁ!」

「えー、こっち来てくださいよ!」

「お前ら、少しは声をだな……。ほら見ろ、マギが泣いてるじゃないか」

「あー、ホントだ! 大人なのに泣いてる!」

「泣き虫だ! 泣き虫だ!」

「きっしょ」


 ――最初っから、誰一人として俺の話なんて聞く気がなかったからだ。


 そんなノリの場に開始の音頭なんて必要があるはずもなく、すでに宴は最高潮に達してる感さえある。

 俺はちょちょぎれそうな涙を懸命にこらえながら、とってつけたように備えられた演台から我が身をおろした。


「……ちょっとスライム見にいってくる」

「開始早々、引きこもる宣言はやめてください」


 そのまま会場からひっそりといなくなろうとしたところを、頭をがしりと掴んだスラ子に引き留められ、強引に近くの円座に座らさせられる。


 両手に木製のジョッキをにぎったシィが、おずおずと手渡してくれたので、ありがとう、と礼をいって、シィをその頭上のドラ子ごと自分の膝のうえに手招いた。

 ぱっと顔を輝かせて、嬉しそうに座ってくるシィ。シィはかわいい。


 円座にはスラ子とシィの他に、メジハの町から呼んでおいたカーラやタイリンが囲んでいた。

 主役であるマナやルヴェ、それにアンテロの姿もある。

 近くの壁際では、ツェツィーリャが孤高を気取りながら黙ってジョッキを傾けていた。


 いきなり目の前ではじまった大宴会に、騒動にはアカデミーで慣れているルヴェはともかく、マナの方は驚いて声もでないようだった。

 目をまんまるくして、石のように固まってしまっている。


「――うわあ」


 しばらくしてからようやく、溜息と一緒にするような感嘆の声がもれた。


「こんなにたくさん――。なんか……、信じられない」


 そりゃ驚くよな、と思いながら、周囲の様子をあらためて見回してみる。


 大広間にあつまった種族は実に多種多様で、むしろ雑多といったほうがいいのかもしれない。

 このダンジョンに生活する主種族である魚人族や蜥蜴族だけでなく、近くの森を縄張りにしている妖精族。さらにはそれ以外の種族も――というか、俺まで見たことないような魔物の姿まであるんだが?


「なあ。しばらくみないうちに、また増えてないか?」


 隣に座ったスラ子にたずねると、


「増えてるみたいですよ。わたしたちが出ているあいだに、他所からやってきた方もいらっしゃるみたいです」


 あっさり肯定される。


 ……やっぱり、気のせいじゃなかったか。


 まあ、別に新しい住人が増えることを制限してるわけじゃなし。

 人手的な意味でも、ダンジョンの人口が増えることはよいことではあるのだが。……防犯的な意味ではどうなんだ、これは。


「身元の確認とか大丈夫なのか?」

「そのあたりはさすがに、エリアルさんが気をつけてくださってると思いますけど……」

「一応、確認しといた方がよさそうだな」


 そのあたりをなあなあにすまていると、後から問題が起きかねない。

 そうなった時に、ルクレティアあたりから「危機管理がなってません」などと怒られるのは俺なのだ。


 容易に脳裏に浮かぶ未来予想図に俺が渋面になっていると、視界に信じられないものが入っって、思わず口にしたものを吹き出しかける。


「おい、サイクロプスまで来てるじゃないか。あんな巨体で、どうやってここまで入ってこられたんだ」


 ちょっと前、とある一件でシィたちと仲良くなった一つ目の巨人は、その巨体をかがめるように宴の輪のなかにまざっていた。

 大広間とはいえさすがに手狭そうではあるが、表情は穏やかだ。


「あれ。食料運搬用の通路を拡張するって話は、報告にあがってませんでした?」

「そりゃ知ってるが。ついでに、サイクロプスも通れるようにしたわけか?」

「ええ、外にある蜥蜴さんたちの居留地づくりでも色々とお手伝いしてもらってるみたいです。やっぱり、力持ちさんがいると色々とはかどるみたいですから」

「まあ、サイクロプス以上の力持ちなんてそうはいないだろうけどな……。言葉は喋れないはずなのに、よく意思伝達できるもんだ」


 サイクロプスは精霊語を介さない。

 ふと気になって、俺はジョッキをかたむけながら興味深そうに周囲をみやっているアンテロへと水をむけた。


「そういえば、ドワーフとサイクロプスってのは縁が深いって話を聞いたことがあるんだが、そうなのか?」


 ついさっきまで温泉につかっていたドワーフは、土や垢を落としてこざっぱりした様子だった。

 全身をおおう毛むくじゃらはそのままなので、表情はほとんどうかがえない。

 ただし、顔面の中央付近についた団子っ鼻が赤らんでいるから、天然の温泉を楽しんでくれた様子ではあった。


「おお、そうじゃの。ご先祖様は色々と教わったりしとったはずじゃ」

「……それって、やっぱり大昔の話だよな。何百年とか?」

「さあて、詳しくはわしも知らんが。少なくとも、数百年とかいう話ではないと思うがの」

「へえ。そいつは凄いな」


 なにが凄いって、人間の歴史が残っているのはせいぜいがその数百年程度ってことだ。


 それ以前の歴史が残されていないのには理由がある。

 人間という種族そのものが未熟だったということもあるが、それ以上に、百年前に起こった「魔王災」の影響がおおきかった。


 「黄金竜グゥイリエンの魔王災」。


 一匹の竜が、世界中の生きとし生けるものと争った――そして、実際には竜同士の壮大な夫婦喧嘩に過ぎなかったという傍迷惑すぎる理由で巻き起こった事件によって、この世界は一度、滅びかけた。


 多くの文明が打撃を受け、生命は死に瀕した。

 事実、滅亡した種族だってあるだろう。

 それまでこの世界を実質的に支配していたといってもいい、“賢人”エルフたちも衰退してしまった。


 人間という種もその御多分にもれず、多くの書物が焼け、たくさんの知識がそれを後進に残すことなく失伝してしまった。


 だから、それ以前のことは今ではほとんど知られていない。

 俺はアカデミーという特殊な環境に身をおいていたから、少しは知っているし、どうやらその時代、すでにドワーフの姿が地上になかったということは確からしいが、


「……地下から来たって言ってたよな。つまり、ドワーフたちは今でも生きてるのか? 地下で?」

「おお、そうじゃよ。わしらはもうずっと、地下で暮らしておる。それこそ、いつ頃からか思い出せんくらい昔っからのことだの」

「そいつは……大変だな」


 こっちも似たような生活をしているから、その苦労は十分に偲ばれる。


 だが、俺の台詞を聞いたアンテロは、不思議そうに眉を――顔面が毛むくじゃらだから区別つかないので、そのあたりの部位を――持ち上げて、


「大変? なにがじゃ?」

「いや、だって地下だと色々と大変だろ? 食料とか、光とかさ」


 ふむ、とアンテロは首をかしげた。


「食料はまあそうかもしれんが……光の方は意味がわからんの。どうして、地下に光がないと考える?」

「え?」

「そもそもが、じゃ。“光”とは、いったいなんのことを指しとるんかのう?」


 きょとんとする俺をみやって、アンテロはこちらの反応を面白がるように笑ってから、ぐびり。自分のジョッキをかたむけた。


「いい酒じゃあ」


 満足そうに曖気をはく。


 俺は腕をくんだ。

 ……光とは、なんのことか?


 どういう意味だ?

 よくある哲学問答の類かと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。


 うーん、とひとしきり考え込んでから、隣のスラ子に目をやって、


「……どういう意味かわかるか?」


 スラ子は、ふふーと妖しげに笑ってみせてから、


「教えてさしあげます? いいですよっ。ただし条件があります!」

「あ、やっぱりいいや。自分で考える」


 えー、と不満そうな声を隣に聞きながら、さらに考えこんでいると、隣から服を引っ張られた。


 見ると、こちらも温泉あがりでさっぱりした様子のルヴェが立っていた。

 後ろにはマナの姿もある。


 さっきのことがあるからだろう、ルヴェはちょっぴり気まずそうな表情で、ただし瞳にはうずうずとした好奇心を抑えきれない様子で、


「マギ。あたしたち、ちょっと、あっちに行ってきたいんだけど……」


 大騒動の一画をさして、うかがうように言ってくる。

 スケルたちが騒いでいる場所だった。


 ルヴェの性格なら、お伺いなんて立てずに興味がある場所にむかって然るべきだったが、それをしなかったのはこちらの頼みを聞こうとしてくれているからだろう。


 俺は、そのことに対するお礼の意味をかねて頭をなでてから、


「ああ、悪い。そうだな。きちんと自己紹介しといたほうがいいしな」


 とはいえ、誰か紹介者が一緒にいったほうがいいだろう。

 ここはやはり俺がいくべきか、と腰をあげかけたところで、膝の上で、シィがうつらうつらと舟をこいでいることに気づいた。


「マスター、ボクが」

「すまん。頼む」


 いいえ、と微笑んだカーラに連れられて、ルヴェとマナは歩いていった。


 ふと、酔っぱらい連中が二人に酒を飲ませるんじゃないだろうなと不安に思うが、まあ大丈夫だろう。ダンジョン一の良識派であるカーラが傍についているのだから。


「どれ、わしも古い知己に挨拶してくるかのう」


 と言って、アンテロも席をたった。


 種族的に長い付き合いがあるという、サイクロプスのところへいくのだろう。

 のっしのっしと歩み去っていく。


 さっきの会話が中途半端に終わってしまった。

 向こうにとっては、ただの世間話みたいなものだったのかもしれないが、なんとなく気になる問いかけだった。


 さっきのことについては、アンテロがこの洞窟を去る前にもう一度話をしてみよう。


 ……それにしても、“光”とは、ねえ。

 光といえば、九属性の一つ。世界を創ったとされる「天の三属性」の一つだ。


 そういえば、と俺は円座に残ったタイリンに目をやった。

 人間でありながら、珍しく“闇”の属性を扱う小さな元暗殺者は、ぶすっと座り込んでいる。


「タイリン、お前もマナたちと一緒についてったらどうだ?」


 ちらと不機嫌そうな目線がこっちをみて、


「行かない」


 硬い声で拒否してきて、俺は顔をしかめる。

 ツェツィーリャだけじゃなく、タイリンまで機嫌が悪いらしい。


「どうした? なんか嫌なことでもあったか?」

「ベツに」


 タイリンは一言だけいうと、ぷいっと顔を背けてしまう。

 そういえば、マナたちを迎えにいったときからずっと機嫌が悪かった気がする。


「マナのことが気にいらないのか?」


 返事はない。


 もしかして、相性が悪いのか?

 あるいは、同じ年頃の異性ということで、意識してしまっているのかもしれない。


 タイリンは、自分の様子をうかがう視線に気づくと、うざったそうに頭を振って立ち上がり、どこかにいってしまった。

 その背中を見送りながら、俺はぽつりと、


「思春期ってやつか……?」

「マスターにはなかったやつですね!」


 ほっとけ。


「思春期ならちゃんとあったわい」

「真っ黒いやつですねっ!」

「人の落ちを勝手に取るな」


 そういえば、シルフィリアは姿を見せたのだろうか、とツェツィーリャに訊ねようと壁際をみやれば、銀髪エルフの姿はなかった。


 ――この世界を、敵にまわす覚悟だよ。


 吐き捨てるように言われた、さっきの台詞を思い出す。


「なあ、スラ子。世界を敵にまわすってのは、どういうことだと思う?」

「世界を敵に、ですか?」


 薄青い不定形は不思議そうに小首をかしげてから、


「マスターのお話です?」


 俺はぎょっとして、


「よくわかったな」

「なに言ってるんですか、わかるに決まってますっ」


 スラ子は断言した。


「そ、そうか? いや、俺がもしも世界を敵にまわすってなったら、」

「なに言ってるんですか」


 同じ言葉をくりかえしたスラ子は、くすくすと可笑しそうに微笑みながら、


「マスターは、とっくの昔に“世界の敵”じゃないですか!」


 え?


「え?」

「大量の竜金貨をばらまいて世界経済を混乱させた張本人、ではないですけどその当事者! その性癖は幼女から竜に至るまで幅広く業も深く、美醜どころか性別さえ問わず! 夜な夜なスライムをつかって相手を辱め、悦にはいるはまさに鬼畜の所業! 人非ざる外道のなかの外道、外道の王! なーんて街で噂されてるマスターが、世界の敵じゃないはずないじゃありません?」


 言い切るスラ子の表情は、いっそ爽やかだった。


 俺は目を閉じる。

 様々な感情が胸に渦をまくが、暴れだしたりはしない。


 俺は大人なのだ。

 ……大人は、このくらいで暴れたりしない。


 そして、こんな時にどうすればいいのかも、大人の俺はよくわかっていた。


「スケルー!」


 大声で呼ばわる。


「はいなー!」


 遠くから、即座にかえってきた威勢のいい反応にむかって、


「酒だ! 酒もってこーい!」


 告げた。


「おおっ!? ご主人、今日はいつになくヤる気っすか!」

「いいからさっさと持ってこーい! 呑まなきゃやってられるかー!」

「あいあいさー! すぐに樽ごと持っていきまさあ!」


 声がうるさかったからだろう。

 俺の胸にしがみついて眠ったシィが、ううん、とむずがるような声をだした。



 ……翌日。


 俺はひどい二日酔いで一日中、ベッドで寝込んだ。


 昨夜のことはあまり覚えてない。

 覚えてないが、周囲の目はおおかた冷ややかだった。


 特にルヴェとマナの二人は、どちらもほとんど軽蔑するような眼差しを浮かべていて、どうやらよほどひどい醜態を二人の前でさらしてしまったらしい。


 終わりの止まない吐き気に苛まれながら、まあいいさ、と自虐的に考える。


 あの二人には、反面教師になったことだろう。

 すなわち――こんな大人にだけは絶対になってはいけないと。


 それが伝わってくれたなら、それでいい。

 それでいいのだ。


 俺は心の涙をながし、ついでに胃液をもどした。



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