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七話 侵入者の正体

「……ああ、そうだ。人数はわからない。今のところ、確認できた足跡は一つだ。しかもそいつは長期間、下層に潜伏していた可能性がある」


 結晶石の向こうに伝えながら、俺は近くの壁棚からいくつかの冊子を引き抜いた。

 『作業報告』と書かれた一つを選んで、急いでページをめくっていく。


 ダンジョン内部で行われる防衛や修復作業。

 それらの詳細については、毎日、報告書の形で上がってくることになっている。


 これは、ダンジョンに関わる人数が増えてきたことを受けて、今のうちから効率的な組織化を志向しておくべきだというルクレティアの勧めで始まったものだった。


 結果として、俺の部屋には毎日のように報告書の山ができあがり、俺は常にその整理に追われる羽目になったが、こういうときにはそれが役立つことになる。


 最近の報告から時間をさかのぼるように辿っていくと、目当ての箇所はすぐに見つかった。


「――あったぞ。二週間前、下層域の定期巡回をしてる。結果、問題なしってあるな。巡回したのは三人……トーグル。ウセロ。それに、フェンディ」

『蜥蜴人さん二人に、最後の一人はエリアルさんとこの人魚さんっすね。直接、お話になりますか?』

「ああ。こっちに呼んでくれ」


 この三人が最後に下層を見たとき、すでに異常の兆候があったかもしれない。

 報告では問題なしとなっているが、見落としていただけということもありえる。本人たちに確認をとってみるべきだ。


『了解っす。あ、でも、誰か通訳できる相手も必要じゃないっすかね?』


 洞窟に精霊語を自在に扱える蜥蜴人はまだ少なかった。


「リーザは、今日は外だったか?」

『いえ、今日はこちらにいらっしゃいますぜー。んじゃ、さっきのお三方、リーザさんに連れていってもらいますんで』

『――マギ、少しいいか?』


 会話の切れ目を狙っていたらしいエリアルの声が届いた。


『下層に向かわせるメンバーだが、何組分で編成する? こちらからのサポートを万全にするなら、結晶石の数があるからどうしても上限はあるが』


 遠隔にいる相手との連絡を可能にする「月の結晶石」はとても便利な代物だが、その利便性にも限界はある。

 俺たちの手元にある数も決して多くはなかった。


 結晶石はその大きさで連絡可能な距離が変化する。

 中層と下層間での使用が可能なサイズの数だと、俺たちが所有しているのは十数個というところだ。


「とりあえず、結晶石の上限に合わせてくれ。なにかあったときの予備に二つ、三つ残して……戦闘があるって決まってるわけじゃないから、連絡手とのセット運用まではしないでいいだろう」

『ということは、都合、八班はつくれるな』

「ああ。情報はこっちで一元管理する。補佐がほしいから、連絡手の担当を何人かこっちに回してもらえないか」

『了解だ。お前の私室に向かわせればいいか?』

「あー。いや、そうだな」


 それが一番手っ取り早くはあるが――報告書の山に埋もれた自室の有様を眺めて、俺は息を吐いた。


「……食堂で頼む。いつもみたいに、あそこに指揮所をおこう」

『了解だ』

「とりあえず、スラ子たちに地盤の安全は確認させておく。崩落することが絶対にないってわけじゃないから、そのあたりは踏まえたうえで編成してくれ」

『ああ、わかったよ』


 二人とのやりとりがすんで、あらためて一息つく。


 ちゃぷん、という音にそちらを見れば、水槽の縁に手をかけたドラ子がなにか言いたそうな表情でこちらに両腕を伸ばしていた。

 いつもはシィの頭のうえを定位置にしている小人を拾い上げると、ドラ子はにっこり笑って俺の頭のうえまでよじ登ってきて、そこにぺたんと腰をおろす。


 まあいいか、と思いながら、俺はテーブルの上のミニスライムに視線をうつした。


「――聞いてたな、スラ子。編成が終わり次第、そっちに人を送る。それまでに先行して二人の捜索と、周囲の安全確認をたのむ」


 返事がかえってこない。

 あれ、と思っていると、テーブルのミニスライムがぶるりと震えた。


「スラ子? おい、どうした」


 まさか、向こうでなにかあったか?


 血相を変えかける俺の目の前で、ミニスライムはみるみる形をかえていき――そして、小さなスラ子の姿をとった。

 上目遣いで頬をふくらませて、なぜか怒っている。


「……スラ子?」


 ミニスラ子は無言でこちらの腕に飛びつくと、こちらをよじ登ってきた。

 しばらくして、俺の頭上でなにかが、きーきーと争いあう気配。


 俺はため息をついた。


「……遊んでる場合か」

『ふふー。すいません。しかし、マスターの頭のうえは譲れませんっ』

「それで、そっちの状況は。二人が通った痕跡か、侵入者の痕跡とかは新しく見つからないか?」

『マナさんとルヴェさんのものと見られるものは、いくつか。今、それを追ってます。あの大きな足跡は、新しいのは見つかってないです』

「けっこう、昔の跡っぽかったよな。あれ以外の種類の足跡とかは?」

『今のところ、あれ一つですね』


 ということは、侵入者は一人か?

 痕跡が消えてるだけって可能性もあるが、


「……わかった。とりあえず、そのまま二人の痕跡を辿ってくれ」


 もしも下層のどこかに侵入者がいるなら、なおのこと二人をはやく保護しておきたい。


『了解しましたっ』


 いつの間にか、頭上の争いはおさまっていた。

 領土問題は仲良く半分こすることにしたらしい。


 やれやれと思いながら、あらためて思考する。


 現時点では、下層に侵入者がいると断定できるわけではない。

 あくまでその可能性が高い、というだけだ。


 もちろん、それじゃあの足跡はなんだ?という話になる。


 侵入者以外で考えられるのは、誰か俺たちの身内がつけただけという可能性だが――その場合、その「誰か」はスライムたちが異常湧きしているなかで、あの足跡をつけたということになる。

 スライムたちの異常な光景を目撃していてなんの報告もあがっていないのなら、それはそれで大問題だ。


 足跡そのものの問題もある。

 あの足跡は、あきらかに「靴底」だった。


 この世界には人間以外にも大勢の魔物が存在するが、そのなかで「靴を履く」という習慣を持つ生き物というのは、案外すくない。

 人間やエルフは靴を履く種族だが、妖精族や蜥蜴人族、魚人族などはその習慣をもたない。


 靴を履くことが文化的、種族的な高度さをしめすというわけでもなかった。

 たとえば、精霊形をとった竜も、わざわざ靴を履いたりはしない。――どんな小石や悪路が、竜の足裏を傷つけたりする?


 ということで、「靴の足跡」というだけでだいぶ相手が絞れる道理だったが――しかし、俺がスラ子の目を通してみたその足跡は、あまりにも大きかった。


 人間の成人。いや、それ以上だ。

 よほどの大男じゃなければ、あんなサイズの足跡を残せやしないだろう。


 「謎の侵入者」の正体はともかくとしても、仮にその侵入者がいた場合、いったいどこからやってきたのかという話になる。


 このダンジョンへの侵入口は、湖畔に面した正門や、秘密の出入り口や緊急的な用途のそれも含めていくつか存在する。

 だが、その全部に厳重な監視と警備を敷いてあった。自分たちの命に関わるのだから当たり前だ。


 その監視や警備をすべて搔い潜り、しかも上層や中層を一気に通り抜けて、秘密裏に下層域まで侵入するというのは、さすがに考えにくい。


 ――なら、掘削か?


 外から魔法なりなんなりで掘り進み、一気にダンジョン下層へ侵入する。

 というのなら一見ありえる。


 だが、これも実際にやるのは難しいはずだ。


 このダンジョンがあるのは山の麓だ。

 周囲は妖精族が縄張りにしている深い森に囲まれていて、唯一、正面だけが大きく開けているが、そこには湖が広がっている。


 秘密の出入り口がある妖精の森には、普段から注意を払っている。

 浸水の恐れがある湖周辺の掘削に高い危険性が伴うのは言わずもがな。


 いずれにしても、こちらから気づかれないよう掘削作業を完遂させるのは容易ではないだろう。


 なら、他にはどんな可能性がある……?


 一人での思考に限界を覚えて、俺は無意識に室内に視線を巡らせた。

 いつもはスラ子やカーラがそこにいて助言してくれるのだが、今はどちらも不在で、傍にいるのはつまらなそうにあくびをかみ殺している銀髪のエルフが一人だけ。


 その一人はこちらの視線に気づくと、ぎろりと睨みつけるように、


「あ? なんだ、ぼんくら」

「いや。ヴァルトルーテがいてくれたら、ちょっと相談にのってもらいたかっただけだ」


 ヴァルトルーテはツェツィーリャの姉で、妹と違って思慮深い。

 エルフらしく、いくらか以上に頭が固いところもあるが、助言者としては優秀だった。少し前にエルフの里へ向かってからまだ戻って来ていない。


 ふん、とツェツィーリャが鼻を鳴らした。


「さっきの足跡で悩んでやがんのか?」

「ああ。正体とか、なにか思い当たらないか?」


 言いながら、そこまで期待して聞いたわけではなかったので、


「心当たりならあるぜ」


 という返事がかえってきたのには、逆にこっちのほうが驚いてしまった。


「本当か?」


 俺が目を丸くすると、ツェツィーリャはにやりと人の悪い笑みを浮かべて、


「たりめーだ。教えてやろうか? あれはな――“地底の化け物”だよ」


 俺は顔をしかめた。


「地底の化け物? なんだそりゃ」

「知らねぇか? まあ、無理もねえな」


 ツェツィーリャは肩をすくめて、


「オレたちエルフのあいだじゃ、有名な話だ。夜、早く眠らないエルフがいると、地の底からそいつが現れて、襲われるのさ。そいつは残忍で血を見るのが大好き。全身が毛むくじゃらで、夜な夜なエルフたちを攫っていくんだよ。手にはでっかい斧を持って、首からはエルフの耳をつづった飾りをさげてる、って話だ」

「……本当に、そんなのがエルフのあいだで有名な話なのか?」


 “賢人”エルフが信じているにしては、随分と子供騙しというか――その割に、変なところが具体的だったりするのも奇妙に思える。


 疑わしさを隠そうともせずに俺が言うのに、けけけ、と意地悪く笑う。


「――ホントだヨ」


 ぽん、っと音がしたかと思うと、姿を現した風精霊が呆れ顔で俺に答えた。


「お行儀のワルい子供に聞かせる寝物語として、だけどネ。ドワーフって種族のことは知ってるデショ」

「ああ、知ってる。……なんだ。ドワーフのことか」


 ドワーフというのは、数ある種族のなかでももっとも有名な一つだ。


 「精霊に選ばれた種」の一つで、高い知能と社会性をもち、特に武器道具の製造に長けていた。

 種族的に強い探求心を持ち、様々な発明や発見をしたことで知られていて、一時、その繁栄ぶりはエルフ族と並ぶほどだったと言われている。


 そして――とうに死滅した種族でもある。


 今現在、ドワーフの生存は確認されていない。

 百年前にあった魔王災のもっと昔に、彼らは死に絶えてしまったと言われていた。


 そんな大昔の記録はほとんど残っていないから、なぜドワーフが絶滅したかは知られていない。

 その頃の人間種族は文明的に未熟だったこともあるし、もしも記録がされていたとしても、きっと魔王災で失われてしまっていただろう。


 だが、一つだけ人間種族にもよく知られていることがある。

 それは、エルフとドワーフはとても仲が悪かった、という伝承だ。


 だから、こんな俗説がまことしやかに囁かれていたりする。


「ドワーフを滅ぼしたのはエルフじゃないのか? てっきり、そう思ってたんだけどな」


 俺が言うと、ツェツィーリャは面白くもなさそうに唇の端を持ち上げて、


「さぁな。オレが滅ぼしたわけでもねえし、そんな昔のことなんざ知りもしねぇよ」

「へえ。エルフのなかじゃ記録とか、そういうのは残ってないのか?」

「興味もねぇし、知らねえな」

「別に俺だって、興味があるわけじゃないけどな」


 じゃあなんで、ツェツィーリャはそんな子供相手の脅かせ話なんて持ち出したんだ?と考えて、すぐに自分のなかで答えがでた。

 馬鹿馬鹿しい。からかわれただけだ。


『あのー』


 と、スラ子の声。


「ああ、悪い。どうした?」

『いえ、マナさんたちが見つかりまして』


 俺はぽかんとして、あわてて頭の上のミニスラ子を掴み上げた。


 顔の前に持ってきて、その青い瞳のなかを覗き込む。

 そこには、スラ子から見える視界ではなく、困惑した表情のスラ子の顔が映っていた。


「本当か? 二人とも無事か?」

『はい、マナさんも、ルヴェさんも、どちらも無事ではいらっしゃるんですが、』

「そうか。よかった」


 まずはそのことにほっとして、ふと、答えるスラ子の口調に戸惑うような響きがまじっていることに気づく。


「どうした? なにか問題か?」

『ええっとですね』


 スラ子はなぜか言いにくそうに、


『実はもうお一人、一緒の方がいて。――その方が、今、マスターたちがお話されていた“ドワーフ”だって、ご自分でおっしゃっているんです』


 それを聞いた俺とツェツィーリャは、思わず顔を見合わせていた。



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