「令嬢と妖精の秘め事」
「それでは、すぐに出立いたします」
「よろしくお願いします。道中にお気をつけなさい」
「はっ――!」
畏まって一礼した男がそそくさと部屋を出ていった。
辺境の田舎町メジハでは、町長の屋敷は小高い岡の上に位置する。
正面の玄関を出た男が、護衛の男達に声をかけてすぐさま馬車が出発するのを確かめてから、ルクレティアは窓の外に向けていた視線を戻した。
ふう、と息を吐く。
机の上に置かれた香時計に目をやれば、とうに正午を過ぎていた。
抹香を木枠に落として火を灯しただけの簡単な代物だが、おおまかな時間を知るなら充分に事足りる。
その隣には今朝方に用意された茶器が置かれていて、しかし、中身はとうに無くなり、陶磁の椀は底まで乾いてしまっていた。
……替えが欲しくなかったわけではないが、それを頼む暇がなかった。
それで昼食のことも思い出すが、特に空腹は感じていない。
もともとが少食な上、この半日、ひたすらに座って過ごしていたということもあった。
とはいえ疲労はある。
まだ日も昇らない早朝から、朝食の時間を挟んだ以外、彼女は自室の椅子から一歩も動いていなかった。
その間、彼女の部屋を訪れた者は六名。渡された書類は十七通。渡した書類は十通。ざっとでも目を通した数になると、彼女の記憶力でも容易には覚え切れない程になる。
この数ヶ月、彼女の元に届く書類や手紙は日を追うごとに数が増した。
その種類も様々で、たとえば今日のものであれば、町関係が二つ。組合関係が五つ、商会関係が三つ。調査報告に関わる物が四つあって、残り三通の内の二つは他愛のない脅しや強請りの類のそれだった。そして……私信が一つ。
山のように重ねられた書類の、一番上に丁寧に封切られた手紙を取る。
宛名には「マギ」。
中身は、これまでの経過や今の状況について書かれており、最後にこう記されていた。
――そろそろ帰る。帰ります。
よほど急いでいたのか、インクが乾かないうちに閉じたせいで少し字が滲んでいる。
そのことよりもむしろ末尾の方が気に入らず、彼女は小さく鼻を鳴らした。
「……我を通したのであれば、いっそ堂々としていればよろしいでしょうに」
最初は強気に出ておいて、後から弱気になるところも気に入らなければ、それを書き直しもせず、そのまま出してくるところにも腹が立つ。
なにより彼女が一番に腹立たしいのは、その文字を見て幾らか安堵している自分がいることに対してだった。
旧友から助けを求める手紙を受け、彼女の主人が自ら出向こうとした際、それにもっとも強硬に反対したのは彼女だった。
無論、身の危険を案じたからである。
現在、彼女の主人である男は、世界でもっとも有名な人間といっていい。
黄金竜の“告白”。そして、その後に世界中へとばら撒かれた“金貨”に、詳細な顔絵が彫られていたことが決定的だった。
竜という生命は、他のどの種族よりも遥かな高みに君臨する。
その竜の想い人というだけで前代未聞には違いない。その上、彫られた金貨がとんでもない代物だったから、文字通り歴史の終わりにまで残る珍事だろう。
だが、話はそれだけでは終わらなかった。
大陸中に撒かれた“竜金貨”は、世界に劇的な変化をもたらした。
「完全無壊」。
言葉も種族の壁も超えて万人に共通するその価値は、今まで関わりのなかった種族同士の在り方を易々と覆してみせた。
現在、大陸でもっとも繁栄している種は人間種族で間違いない。
しかし、その生息範囲は、精々が大陸の四分の一にも満たなかった。
残り四分の三には生態も習慣も異なる無数の魔物たちが蠢いており、そうした魑魅魍魎をも巻き込んで、“竜の金貨”という価値が一気に共有された。
生態も習慣も異なる両者のあいだに共通するなんらかの価値があった場合、それを巡って起こるものは概して決まっている。
平和的に言うなら分配や交換、違う言い方であれば独占や略奪。
それはすなわち、形だけの貨幣であったはずの“記念硬貨”が本来の意味を持って基軸となり、いわば大陸全てをまとめた混沌とした経済圏が構築されたことを意味していた。
それからわずか数ヶ月のあいだに、その影響は様々な場所に現れつつある。
魔物たちの活発化。人間国家同士における思想的対立。
確実なことは、この世界が混沌としてきているということ。それを象徴するものこそが、あの“金貨”であり、――そこに描かれた男の姿でもあった。
――混沌の呼び手。
最近、巷で様々に噂されている彼女の主人について、そのような徒名が広がりつつある。
その呼び名は、まるでこの世界で起こりつつある物事の全ての因果が、男にあるのだと言わんとしているかのようだった。
……だから申し上げましたのに。
彼女は美しい顔をしかめた。嘆息する。自分がそれを言える立場ではないことをすぐに自覚したからだった。
いわゆる“黄金竜ストロフライの魔王災”。
突如、空から降ってきた金貨がもたらした影響は、彼女の町であるメジハ、そして近くの街であるギーツにも及んだ。
降って湧いた“金貨”に市場は混乱し、たちまちに物価が高騰した。
既存の貨幣は著しくその価値を落とし、特に王権が衰退したレスルートでは、その混乱度合いはさらに大きかった。
王家の施政に期待ができない状況で、その対処に主導的な役割を果たしたのが彼女だった。
彼女は自らギーツに赴き、様々な組合の代表者を交えて事態の収拾を図った。
具体的には、通貨としての価値を失いつつある現通貨に代わり、商取引を行う為替制度の活用と、それを担保する機関の設立が主張された。
それと同時、既存の貨幣に代わって新たな通貨を用意することも進められ、件の“竜金貨”を模したその通貨は「ストロフライ銀貨」と名付けられた。
銀貨幣の組合。“銀行”という発想は、決して彼女の独創ではない。
先進的な他国ではすでに例があった。彼女の尋常ではないのは、既にあるその制度を自国の状況にあわせて落とし込み、最大限に応用したことだった。
レスルートには「冒険者」が存在する。
元々は、町や街が自らを防衛する戦力として認められた「冒険者」という立場が生まれて百年近く。その存在はすでにレスルートの経済活動の枠のなかに組み込まれている。
冒険者は依頼を受けて活動し、報酬を得る。
そのために様々な場所に出向くことも多い彼らは、大量の貨幣を持ち運ぶわけにはいかなかったが、かといって宝石や貴金属にして携帯することにも危険が大きかった。
逆に、彼らが店のツケや借金を踏み倒すことも多く、もちろん命を落としてしまうことも少なくないため、冒険者の金銭トラブルは常に頭の痛い問題だった。
彼女はそうした冒険者へ対して“銀行”の利用を勧めた。
今まで冒険者たちが自分で、あるいは個人的な知り合いに頼むしかなかった金銭の保管や保証を、大々的に業務として始めたのである。
レスルートに存在する大量の冒険者。彼らが有する資産や資金は馬鹿にできない額になる。
あらゆる意味で、「レスルート」と「冒険者」はもはや切っても切れない間柄にあった。
彼女はその冒険者たちの不安定な資金を預かるのと同時、金銭が必要なものへの貸し付けも行っていくことを宣言した。金銭を融通する、つまり金融である。
今までそうした金融業は、精霊の教えに阻まれて発達してこなかった。
精霊は質素倹約を好み、貨幣を好まない。
遠い昔、精霊の使徒である賢人族に教えを習うことが多かった人間種族には、そうした古い常識が無数に残っていた。
彼女はその常識を平然と踏み越えた。
踏み越えたどころか、さらに推し進めた。
彼女は、その事業をギーツという街だけに留めず、レスルートの他の町や街にも手を伸ばした。
その時に彼女が利用したのが、レスルートにおけるもう一つの特徴である「ギルド」だった。
各町が自衛戦力としての「冒険者」を取りまとめる組織として成立した「ギルド」は、今では専門的な分野へと分化しつつある。
商人ギルドや職人ギルドに代表されるそれらの専門ギルドでは、それぞれお抱えの冒険者を抱え込むことも始めており、そうした動きのなかで、本来の「ギルド」、冒険者ギルドとしての「ギルド」はその価値を徐々に失くしつつあった。
彼女はそうした「冒険者ギルド」に自身の銀行事業を持ちかけて次々に連携、統合していった。
これが全く一からの事業開拓であれば、それを成し遂げるのには年単位の歳月が必要だっただろう。
しかし、レスルート国内において、ギルドを持たない町は存在しない。冒険者がいない町も存在しない。
自国にしかない「冒険者」と「ギルド」という制度を利用することで、彼女が興した“銀行”事業は瞬く間にレスルート中に広がりつつあった。
今では、ルクレティア・イミテーゼルという彼女の名前も、彼女の主人や“黄金竜”にはさすがに及ばずながら、国の内外にまで知られ始めている。
有名になった結果、最近では彼女を狙う不審な輩が現れるようにもなっていた。
それも一度や二度ではない。
無論、そうした相手に隙を見せる彼女ではなかったが、彼女がそうである以上、彼女の主人である男の周りにはもっと多くの危険があって然るべきだった。
そんな状況で外を出歩くというのは、決して褒められたことではない。
たとえ同行する護衛がいたとしても、それで危険が無くなるわけではないのだ。
できれば。
胸のなかに浮かびかけた本音に、彼女は苦い笑みを浮かべた。
できれば、安全な洞窟の奥に引きこもっていて欲しい。
……これではまるで、自分の方が以前の“彼女”のようではないか。
彼女は再び息を吐いて――ふと、視界の端でなにか揺れているものに気づいた。
窓の外、半透明の羽に七色の鱗粉が淡く輝いている。
「……シィさん?」
声をかけると、ぴくりと揺れた羽が、さっと視界の外に隠れた。
令嬢は怪訝に思って席を立ち、窓に向かう。
外を窺えば、すぐそこでこちらを見上げている小さな妖精の姿があった。
「シィさん、どうしました」
ふんわりとした銀髪の妖精は、困ったような上目遣いで沈黙している。
なにか言いたそうな表情だが、まず窓を閉めたままでは声が届きそうになかった。
彼女は窓を開けて、
「とりあえず、中へどうぞ」
小柄な妖精は迷うような素振りを見せてから、こくり。小さく頷くと、背中の羽を輝かせてふわりと浮かび上がった。
体重のない動きで部屋のなかに着地する。
窓を閉め、令嬢は白地のカーテンを引いて外から部屋が見えないようにした。
妖精族は魔法が得意で、恐らく今も町に来るときに姿消しの魔法を使っているだろう。仮に誰かに覗かれても問題ないが、念には念を入れておくべきだった。
「どうぞ、あちらにお掛けになって。お茶を用意させますわ」
大人しい妖精を客用の椅子に腰かけさせて、彼女は家の者を呼ぶと二人分の紅茶と、お茶請けを用意させた。
二人という人数を聞いた家政婦は怪訝な表情になるが、すぐに取り繕って出ていく。その視線は、やはり一瞬も室内の妖精に留まることはなかった。
お茶はすぐに用意された。
彼女自身、喉が渇いていたからちょうどよい機会を得たことに感謝しつつ、令嬢は、両手で包み持つように紅茶に触れている妖精に問いかけた。
「それで、どうしました? 洞窟の方でなにか問題でも?」
妖精は紅茶にそっと口づけて、びくっと固まり――どうやら熱すぎたらしい――ちょっぴり涙目になりながら幼い顔をあげた。
囁くような声で告げる。
「……ルクレティアさんに、報告をって。昨日、侵入してきた人たちのことで。あの、……前。ルクレティアさんのこと、窺ってた人たちが」
ああ、と令嬢は頷いた。
確かにしばらく前、自分の周辺を嗅ぎまわっていた冒険者たちがいた。
どうやら目的はダンジョンの方だったらしいが、念のため、動向を注意するように洞窟の留守を預かる相手に伝えておいたのだった。
妖精族の縄張りである森に拠点を張ったらしいと聞いていたから、あまり心配はしていなかったが、
「その方たちが洞窟へやってきたのですね」
妖精はこくりと頷く。
「なるほど。首尾はいかがでしたか?」
「大丈夫、です。誰も怪我とか、してません」
妖精が答える。
なるほど、と令嬢は再び頷いて、
「その報告にわざわざ来ていただいたのですか。それはどうもありがとうございます」
いいえ、と妖精は頭を振る。
相手に焼き菓子を勧めながら、ふと令嬢は思った。
報告に来てくれたのはいいが、時間が昼というのは珍しい。
町に用事がある時は大抵、目の前の大人しい妖精が使いに来てくれるが、いつも訪れる時間帯は朝か夜のはずだった。
「シィさん、その方々が洞窟にやってきたのはいつになります?」
「昨日の……、夜、です」
まさか、と思い至る。
「――まさか。シィさん、貴女は今朝からずっと窓の外にいらっしゃったのですか」
びくり。ついばむように菓子を頬張っていた妖精が、怯えるように眉をひそめた。
自分が怒ったような口調になっていることに気づいて、令嬢は頭を振る。
「……なにも、ずっと外でお待ちになっていなくてもよいでしょう。声をかけてくださればよろしかったのに」
彼女が訊ねると、小柄な妖精はただでさえ小さな肩をさらに縮こませるようにして、
「……忙しそう、だったから。邪魔しちゃダメかなって、」
消え入るような声で言った。
意外な返答に令嬢は瞬きした。
軽い自己嫌悪に襲われ、嘆息する。外の気配に気づかなかったばかりか、そんな風に気を遣わせてしまっていたとは。
「あの、」
「……なんでもありません。少し、自分の至らなさに目眩がしただけです」
やはり疲れているのだろう。
令嬢は目を閉じて、こめかみに指を当てた。
軽く指圧してその心地良さを感じていると、頭にそっと触れる気配。
まぶたを持ち上げれば、目の前にやってきた妖精が心配そうに背伸びして、こちらの頭を撫でていた。
「……シィさん?」
「――大丈夫、ですか?」
また心配させてしまった。令嬢は苦笑して、
「大丈夫です。それに、私は子どもではありませんわ。大丈夫でなくとも、頭を撫でたりする必要はありません」
それを聞いた妖精は真面目な表情で、
「……わたしの方が。ルクレティアさんより、年上です」
言って、頭を撫で続ける。
確かに年齢で言えばそうだろうが、と苦笑しつつ、仕方なく令嬢はされるがままに任せた。
子どもの相手は苦手だった。
いったい何を話せばいいのやら、と彼女が考えているあいだも、小柄な妖精は真剣な表情で頭を撫で続けている。
なにかの儀式を執り行うような真剣さを不思議に思って、彼女は訊ねた。
「……そんなに疲れて見えましたかしら?」
妖精はしばらく黙ったまま頭を撫で続けてから、ぽつりと、
「マスターが、」
言った。
「ご主人様がどうかなさいまして?」
「……マスターが、ルクレティアさんのこと、頼むって。わたしに」
――そういうことか。
得心と共に呆れた思いが湧きあがり、彼女は主人の冴えない顔を脳裏に思い浮かべる。
……まったく。気が利いているのか、いないのか。
「ありがとうございます。気にかけてくださっていたのですね。――ご主人様から手紙が届いたのですが、お読みになりますか?」
妖精の表情がぱっと輝いた。
「――見たいっ、です」
令嬢は立ち上がり、執務机から手紙をとって妖精に手渡した。
熱心な表情で目を通し始める相手の隣に腰かけ、問いかける。
「読めますか?」
妖精族は精霊語を話すが、文字の読み書きはしない。
だが、目の前の相手は少し前から精霊文字を習い始めているはずだった。
「……あんまり、」
妖精は恥ずかしそうに肩をすくめて、でも、と嬉しそうに続けた。
「最後は。読めます。――そろそろ戻るって」
語尾が弾んでいる。
「ええ、そうですわね。そう書いてあります。……どうしました?」
たった今まで嬉しそうだった表情がもう沈んでいた。
妖精はふるふると頭を振る。
膝を抱えて俯いた。
相手の反応の意味がわからず、令嬢は顔をしかめた。
――これだから、子どもの相手をするのは好きではない。
カーラなら、もっと上手く相手をしてやれるのだろうか、と思ったところでふと思い至った。
「……ご主人様やスラ子さんがいなくて、寂しいのですか?」
もうすぐ帰ってくるという手紙が、かえって相手の不在を思いださせてしまったのかもしれない。
そう思って問いかけると、妖精は俯いたまま、
「……少し」
今にも泣きそうな声で言った。
小さな肩をしょぼくらせてしまっている相手を見下ろして、令嬢はどうしたものかと困惑した。
少し考えてから、銀髪の頭に手を伸ばす。
びくり、と妖精が震えた。
令嬢はそのまま、ゆっくりと頭を撫で始める。
ふわりとして柔らかい頭髪の感触にふれながら、彼女は囁くように告げた。
「寂しいのなら、泣いてしまっていいのです。シィさんは、子どもなんですから」
「……わたし、年上です」
その言い方がまさに子どものそれだったから、令嬢は小さく笑った。
妖精を引き寄せる。
小さな身体を胸元に抱くと、日向のような香りが鼻腔に触れた。
「年齢と、子どもか大人かは関係ありませんわ」
「……なにが関係するんですか?」
妖精の問いに令嬢は答えず、胸のなかで震える相手の頭を抱きかかえた。
耳元に、そっと囁く。
「いいことを教えてさしあげましょう」
なにを、という表情で妖精が顔をあげる。
その濡れた瞳のなかに映る自分自身の顔を見つめながら、令嬢は微笑む。
――子どもと大人の違いなど簡単だ。
子どもは率直であっていい。だが、大人がそうあろうとすることは大変な苦労を伴う、それだけのことだ。
「……実は、私も少し寂しいのです」
驚いたように、妖精が目を見開いた。
「ルクレティアさんも、ですか……?」
「ええ。ですから、ご主人様がお戻りになったら、私とシィさんとでしばらく独占してしまいましょう。留守を護ったのですから、そのくらいの権利はありますわ」
その提案に、嬉しそうに頷きかけた妖精の表情が、でも、と曇った。
「なんです?」
「……スケルさんも。他にも、待ってる人が、」
令嬢は笑って、
「そうですわね。では、その方々も含めてきちんと等分いたしましょう。八人まででしたら問題はありませんわ」
あの主人には、八つ裂きにされるくらいのことは甘んじて受け入れてもらってよいだろう。
――なにしろ、自分にこんなにも似合わないことを口走らせたのだから。
「ご主人様が帰ってくるまでは、二人で寂しさを紛らわせておくことにいたしましょう。シィさんとご主人様の話をすることはあまりありませんから、よければお付き合いいただけますか?」
「はいっ」
彼女の言葉に、妖精は嬉しそうに頷いた。
◇
それからしばらく、二人はゆっくりとお茶を楽しんだ。
妖精が洞窟へ帰ったのは日も暮れそうな夕刻頃。
その間のほとんど半日、仕事が止まっていたことになるが、令嬢はそのことを気にも留めなかった。
いつの間にか、溜まっていたはずの疲れがとれている。
もちろん、そんなものは気分の問題でしかないことを彼女は知っていたが、そう思わせるだけの穏やかな時間があったことは確かだった。
では、そこでどのような会話がされたのか――
それについては、令嬢と妖精の二人だけの秘密である。
おわり