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二十一話 創世話の再現

 “十番目”。


 この世界が精霊たちによって創造された際、最後に現れたとされる力。


 魔素という溢れる創造性の暴走を抑え、世界の在り方を安定されたその存在には名前がない。

 何故なら、それは目視できないからだ。


 見えないのだから、名前をつけることができない。

 感じられないのだから、信じることも難しい。


 だが、この世界をつくったとされる精霊たちは、その存在を広く信じられている。

 精霊たちは――少なくとも、そのなかのいくらかの精霊については、実際に見ることができるし、感じることもできる。


 その精霊たちが言うのだから、まあ嘘ではないだろう、というのが、“十番目”の存在についての一般的な感想だろう。エルフ連中はともかく。


 現に、“十番目”の力を持つというマナと接して、そのマナが赤子の姿で発揮した不可思議な現象を目の当たりにした俺にしたところで、それがいったいどういう存在で、どういう力であるのか、いまだに理解できていなかった。


 全ての創造の反対、反創造。


 その“力”の発現を実際に目撃して、体感するというのは確かにとんでもないことだ。

 おそらくそれは、この世界が誕生した時以来。世界を創造した精霊以外には誰も経験のない、歴史的な出来事なのだから。


 今まさにその瞬間に相対して、俺の内心に沸き上がったものは歓喜ではなかった。

 恐怖でもない。いや、恐怖はあったが、それは傷を負ったカーラとルヴェの安否についてのほうが強かった。特にルヴェは胸を貫かれているから、すぐに傷を確認しなければならない。


「っ……!」


 ぞくりと全身の肌が泡立つ。

 その反射的な反応が、いったいなにを意味するのか自分でもわからなかった。


 目の前で起こっていることについて、身体が理解できないでいる。あるいは、戸惑っている。そんな感じだった。


 その激しい違和感の元には、一人の子ども。

 つんざくような叫びはぴたりと止まり、声を失くしたマナは立ち尽くしている。その表情はぼんやりと瞳は焦点を失い、手足はだらりと投げ出されるようだった。


 その身体がふわりと浮かび上がる。

 なんの力場も、そのための魔素の関与も視えないまま、なにかに導かれるように宙に持ち上がる。


「あ、待て!」

「やめろ、タイリン!」


 あわてて手を伸ばして捕まえようとした腕をとって制止する。

 不満げにこちらを見やるタイリンにかまわず、俺はマナの行方を目で追った。


 マナの全身はゆっくりと天井付近まで上昇して、天井に触れようとした瞬間。天井付近の土が掻き消えるように消失した。


 粉砕した、ではない。

 文字通りの意味での“消失”だ。


 ……反創造。その単語を口のなかで嚙み潰しながら、とりあえずマナの上昇がそのあたりで収まったのを確認して、俺はカーラとルヴェへと駆け寄った。


「カーラ、ルヴェ! 無事かっ」

「ボクは、大丈夫です……」


 至近距離からの攻撃を受けカーラは、それでも反射的に致命傷を避けたらしい。全身に裂傷は数あるが、深手はほとんど見えなかった。苦痛に顔を歪めて、それより、と表情を青ざめさせる。


「ルヴェちゃんが、」


 ――ルヴェは重傷だった。

 右胸のあたりを一突きされて、ひゅうひゅうとか細い息を漏らしている。肺をやられていた。横たわった幼い身体の下には血だまりができつつある。間違いなく、致命傷だ。


「……タイリン、少しでも出血を抑えられるか」

「延ばすくらいなら。けど、」


 闇属性の魔法に長けた元暗殺者の少女が口ごもる。

 その先は言わさず、俺は頷いてみせた。


「時間を稼いでくれるだけでいい」


 今、この場には治癒魔法が使える相手がいない。


「わかった」


 難しい顔で、タイリンはすぐに手当にはいる。

 おい、と声をひきつらせたツェツィーリャが、乱暴に俺の肩をひいた。


「やべえぞ……“ヤツ”が来る!」


 背後で、雪崩じみた轟音。


 狭い通路を怒涛の勢いで、こちらに向かってくる圧倒的な気配はすぐにその姿を現した。

 洞窟中の一切を飲み込んで、“不定形”が津波のように押し寄せてくる。


 まさにその勢いがこちらへと至ろうとその時。

 立ち上がり、俺はそれに向かって吠えた。


「スラ子!」


 ぴたり、と。

 面前で“不定形”が動きを止める。


 凍りついたように停止した“不定形”の一点がぶるりと震えた。

 かと思うと、捻れるように凝縮して。そして、無理矢理に引きちぎれるようにして、そこから一体の不定形が姿を現した。


「呼ばれて飛び出て、フフリフー!」


 すた、と着地する。


「大丈夫か?」

「ちょびっと齧られちゃいましたけど、問題ありませんっ」


 スラ子の身体は不定形性状だ。

 ちょっとした外傷くらいならすぐに再生できる。それはわかっていたが、なんとなく細部を確認してしまう俺に、スラ子がわざとらしく体を隠してみせた。


「マスターのえっち!」

「アホか。ルヴェを見てやってくれ」

「了解です!」


 ルヴェの元に屈みこむ。その手から生じた癒しの魔素がすぐに全身を包むのを見て、俺はほっと息を吐いた。スラ子が見てくれたなら、大丈夫だ。


 背後では、スラ子の干渉を受けて硬直していた“不定形”が再び活動を開始していた。

 しかしその奔流はこちらへと向かわず、別のある一点へ向かって殺到していく。


 その“不定形”が向かう先には、浮遊するマナの姿があった。


 半液状の“不定形”が頭をもたげる。

 そのまま、蛇が獲物にとびかかるように、“不定形”が襲いかかり――そして、消失した。


「――――」


 さっきの天井とまったく同じように、“不定形”はマナに触れることができない。


 だが、“不定形”はそれに怯むことなく、次々に自分自身をマナへと叩きつけていく。

 その度に“不定形”の一部は消失してしまうが、“不定形”には限りがなかった。


 無限のような体積で、自身を次々に増殖させながらマナの周囲を取り囲んでいく。

 一瞬ごとに自身を消失させながら、その光景はさながらマナを外敵から守って覆いつくそうとしているかのようにも見えた。


「ははははは! 素晴らしい! 無限の創造性と、その反対性。まさに相克! これこそが、この世界に在る究極の“力”だ!」


 マッドなエルフが目の前の光景に歓喜の狂声をあげている。

 その背後に佇んだフードの人物も、表情こそわからないが、さすがに唖然とした様子でそれを見上げていた。


「マ、ギ……」


 後ろから呼びかけられる声に振り返ると、うっすらと目をあけたルヴェが、懸命に右手をこちらに伸ばしていた。


 俺は屈みこんで、その手をとる。


「大丈夫か?」


 スラ子を見やると、大丈夫、と頷かれた。――よかった。


「マギ、」

「ああ、聞こえてる。なんだ?」

「あの、子を――」


 かすれた声で、小さなルヴェはささやく。


「あの子を、たすけて」


 俺は顔をしかめた。


 上を仰ぐ。

 そこでは、浮遊したマナの周囲を何重にも覆った“不定形”がとぐろを巻いて、一種の均衡状態のようなものが生まれていた。


 ――いや。注意深くしてみれば、その両者を中心に、互いに共鳴するような振動が生まれていた。

 周囲の空間を満たし、徐々に強まっていく。


 その意味するところはわからずとも、それがなにか決定的に不味いということは理解できた。


 “創造”と、“消失”。


 神話の時代にこの世界が生まれた時。

 そこで発現したなにかが、今この場でも起きようとしている。


 そうした事態を把握して、俺は黙って視線を戻した。


 ぽん、と横たわるルヴェの頭に手をおく。


「……ツェツィーリャ、タイリン。カーラとルヴェを連れて、お前たちは外に退避しとけ。――あとは、俺とスラ子でやる」


 ぎゅっと、小さな手を握りかえした。


 昔、共に学んだ友人の手は古い記憶の頃のまま。


 年をとったのはこちらだけ。

 だが、だからこそ、あの頃には出来なかったことが出来るだろう。


 きっと俺はその頃から、こう願っていたはずだ。

 ――子どもに頼まれたら、それを叶えてやれる。そういう自分でありたいと。


 それは見栄だ。

 そして、それが大人というものだと思うから、


「任せろ」


 俺はきっぱりと約束してみせる。


「俺たちが、マナを救ってみせる」

「ほんと……?」

「本当だとも」


 力強く頷いて、胸を張った。


「鼻歌まじりで助けてやるとも。このくらいの“世界の危機”なら、これまでに何回だって乗り越えてきてるんだ」


 ――主にベッドの上で。


 こちらの言っている意味がわからなかったのだろう。

 ルヴェはきょとんと瞬きして、それから弱々しく笑った。


「……お願い、ね」

「ああ。行くぞ、スラ子」

「ふふー。はいっ、マスター!」


 そして俺はスラ子と共に、創造と消失が渦を巻く創世神話の空間へと一歩を踏み出す。



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