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プロローグ 魔素の名前をもつ子ども

 ◆


 生まれて初めての記憶は顔でも、声でもなく、腕だった。


 自分の手を掴み、引っ張ってくれる腕。

 握られた手からは相手の体温と、じわりとした汗の感触が伝わってきていて、決して離さまいとしたその懸命な力強さが、少年が覚えている最初の思い出だった。


 その時の自分は恐らく襲われていたのだろうと、少年は思っている。

 何故そう思ったのかは簡単だ。

 その後、何度も追われている記憶があるからだ。誰かに。あるいは、なにかに。


 そして、少年は今も追われている。



「――――!」


 背後から甲高い叫び声が轟いた。


 人やエルフを始めとする、多くの生き物が使う精霊語ではない、まったく意味のわからない奇声に全身が強張る。

 そのまま、後ろから襲い掛かられるような気がした。怖い。振り返りたい。振り返ったところで意味がないことはわかっていたが、それでも後ろを見ずにはいられなかった。


 肩越しに振り返る。

 誰もいなかった。

 いや、いる。


 鬱蒼と生い茂った森の暗がりに、なにかが怪しく光っていた。

 ギラギラとした真っ赤な輝き。それは一つではなかった。一対。違う、もっとある。


 ――そちらに気を取られ過ぎていた。

 地面のでっぱりに躓いて、少年は思い切り転がった。したたかに頬からぶつかり、痛みが擦る。濃い緑と土の匂いがつんと鼻の奥についた。


 涙目で立ち上がる。

 身体のあちこちが痛かった。声を出して叫びたかった。助けて欲しかった。


 けれど助けてくれる相手がいないことを少年はわかっていた。自分の腕を引っ張ってくれる人も、いない。あの手は失われてしまった。


 涙が出てくる。

 手の甲でそれを拭い、よろめきながら走り出す。膝がズキズキする。血だって出ているに違いない。とても全力では走れないが、それでも走る。


 走ってどうなる。そんなことを考えている余裕はなかった。

 走れと言われた。だから少年は走っている。


 それは約束だ。

 走る、と別れ際に約束したのだ。


 だから走ろう。

 走らないと。いつか息が切れて、腕が持ち上がらず、足がぴくりとも動かなくなるまで。

 それがそう遠いことではないことも、少年にはわかっていた。


「――――!」


 また、声。さっきよりずっと近い。

 今度は後ろを振り返らず、少年は代わりにはっと頭上に目をやった。


 大量の枝葉が蓋をするように四方八方へ腕を伸ばした先に、バサバサとなにかが激しく翼を打つような音が響いた。と思った次の瞬間、叩きつけるような突風が吹き荒れた。


「あう……!」


 暴風に巻き込まれ、悲鳴も上げられずに吹き飛ばされる。

 近くの大木でしたたかに背中を打って、うっと息が止まった。咳さえ出ない。

 なのに身体のどこかからは早急になにかを吐き出せという命令が出ていて、自身の矛盾した動作の合間で少年は何度もえずいた。


 なんとか顔だけを持ち上げる。


 そこに、とても大きな怪鳥が羽ばたいていた。

 全身が真っ黒い羽毛に覆われた、ちょっとした家くらいはありそうな相手だった。初めて見る魔物だった。


「――!」


 周囲の木々を薙ぎ倒しながら、大音声をあげる。

 猛禽類の巨大な眼差しがひたりとこちらを捉えていた。嘴が歪む。――笑った、と少年は思った。


 がばりと怪鳥が口を開ける。

 そのまま、一気に翼を畳むように急降下してくる。地面の獲物を捕食しようとする相手の行動に、少年はそれを避けようとすることさえできなかった。

 身体が動かない。

 恐怖に身をすくめさせ、目さえ閉じられないのでは、その嘴に呑み込まれる自分を見守ることしかできなかったが、そうはならなかった。



「やあああああああ!」



 あわや嘴が届くかというその寸前、横合いから繰り出された拳が、思い切り魔物を殴りつけていたからだ。


 ごん、という鈍い音。

 少年に向かっていた勢いを数倍したような速度で、怪鳥が明後日の方向へ吹き飛んでいく。そこで初めてぶわりと風圧が届いて、それが少年の目に染みた。

 反射的に目を閉じてしまい、あわてて開ける。


 怪鳥は大きな樹にぶつかって止まらず、それを薙ぎ倒し、その背後の大木にぶつかってその大木ごとさらに遠くまで吹っ飛んでいったところでようやくその動きを止めた。

 巻き添えになった何本の樹が倒れ、悲鳴か文句のような音を立てながら横倒しになる。もうもうとした土煙に、ずぅん、という地響きが重なった。


 少年は、ぽかんと目の前に現れた相手を見つめた。

 女性だった。

 大人の――少なくとも、少年からはそう見える相手。茶色がかった髪は短めで、ただし耳のあたりから左右に伸びている部分だけがやけに長い。ひどく身軽な格好をしているが、顔はわからなかった。相手は少年に背を向けていたからだ。


 ちらりと振り返る。

 優しげな瞳が、にこりと微笑んだ。


「――大丈夫?」


 とても綺麗な人で、とても優しい声だった。

 少年は慌てて返事をしようとしたが、さっきの驚きとかとっさの動揺とか、とにかく色んなものが喉に引っかかってしまっていて言葉が出なかった。

 結果的に、無言でこくこくと首を縦にするだけになってしまう。


「よかった」


 微笑んだ女性の、その両手につけられているものに今さらのように少年の目がいった。

 暗い森のなかでも燦然と輝く、白銀色の手甲。

 その輝きが手甲それ自体のものではないと、すぐに気づく。輝いているのは手甲に纏う魔力だった。魔素。この世界中に満ちる、神秘の源。


「――――!」


 恐ろしげな咆哮が響く。一つではなかった。

 それを聞いて表情を引き締めた目の前の女性が、


「逃げて!」


 言ったその時には、女性の姿はそこにはなかった。

 突然、茂みから飛び出してきた頭に角の生えた魔物が、雄叫びを上げながら女性に襲い掛かっていた。

 それに対して、女性は身を屈めるように膝を曲げて相手の拳を躱すと、そのまま身体の流れた魔物の顎を拳で打ち上げた。

 ばこぉん、と威勢のいい音をたてて、魔物が空高く吹き飛んでいく。


「なにしてるの、早く――」

「あっち!」


 こちらを振り向きかけた女性に、少年は真っ青な顔で明後日の方向を指し示した。

 どすん、どすん、と地響きを鳴らしながら、巨大な牛の姿をした魔物が現れる。


 牛のような魔物は牛のように吠えながら、女性に向かって猛烈な勢いで突進した。

 女性は避けようとしない。心持ち、腰を落としてみせたその姿勢に、少年は女性がなにをしようとしているのか理解した。


 ――無茶だ! 悲鳴を上げかける。


 女性と魔物の大きさは倍以上に違う。

 体重となるとどれだけの差があるかとなると、見当もつかなかった。

 そんな体格差を「受け止める」だなんて出来るわけがない。


 女性と魔物が激突した。

 ひどく生々しい音がして、少年は思わず目を背けてしまう。

 自分を助けてくれた相手が、無残に轢き潰されるところなど見たくなかった。


 だが、


「え、」


 恐る恐る目線を戻した先にあった光景に目を見開く。


「っ……!」


 自分の何倍もある相手の体当たりを、女性はその場で受け止めていた。


「ッ!!」


 牛の魔物が巨体にまかせて上から押し込もうとするが、女性は目の前に突き出された双角を握り、なんとか堪えている。

 ずずず、と地面を踏みしめた足が、押し負けるようにわずかに下がった。


 ――どうして避けようとしないんだろう。


 少年の、自問自答の結果はすぐに出た。

 自分の間抜けさを呪いたくなる。

 女性の後ろに自分がいるからだ。あの女性は避けなかったんじゃない。自分がいるから、避けられなかったのだ。


「ご、ごめんなさ――」

「早く。逃げ、て……っ」


 食いしばった歯から洩れるような、苦しそうな声。魔物の巨体を抑えたまま目線だけを少年に向けて、


「逃げなさい!」


 その声とその横顔に、誰かの面影が重なった。


 飛び跳ねるように、少年は女性に背中を向けて駆けだした。

 嗚咽ごと唇を噛みつぶす。

 涙が勝手に後から後から盛り上がり、それを乱暴に拭い捨てながら、走った。


 背後では魔物の叫び声が連鎖している。

 それに混じって女性の声も聞こえたような気がしたが、少年は振り返らなかった。


 自分のせいで死んでしまったかもしれない誰か。

 その姿が目に入るかもしれないと思うと、恐ろしくてたまらなかった。



 辺りはいっそう暗がりを増して、少年は何度も足をとられながら先に進んだ。

 いつの間にか周囲はほとんど真っ暗になってしまっていて、光を探し求めるように少しでも明るい方へと足を向ける。

 自分より背丈のある藪を掻き分けて、腕に無数の切り傷をつくりながら歩く。


 やがて目の前に光が見えて、少年はそちらに向かって飛び込んだ。

 と思った途端、目の前が真っ暗になった。


「!」


 悲鳴をあげるが、なぜか声にならない。

 なにか無形の塊が喉につまっていて、一切の音がそれに吸収されてしまっているようだった。


 異変が起きたのは声だけではなかった。


 地面の感覚が、ない。

 腕も足も、自分がどんな体勢かさえわからなかった。

 まるで暗闇の穴に捉われてしまったような全身の感覚の無さに、少年は一瞬で恐慌を起こしかけた。


 わからない。

 なにもわからなかった。

 息が苦しい。いったい、呼吸とはどういう風にすればよかっただろう。


「――うるさいなぁ」


 声。と同時に、闇が晴れていた。

 

 涙でぐしゃぐしゃになった視界の、目の前に女の子の顔があった。

 その相手は、自分と同じくらいの年頃のように少年には見えた。頭のてっぺんに、ぴょこんと括られた毛先が立っている。すごく変な髪型だった。


 女の子はなにかを確かめるようにじっとこちらを見つめてから、


「見つけたぞー!」


 大きな声で叫んだ。

 慌てて少年は跳ね起きて、相手の口を塞ごうとした。相手がもがく。


「なにする!」

「ダメだよ! そんな大声だしたら、見つかっちゃう!」

「変なとこ触るな! バカ、ヘンタイ! マギ!」


 ガサリ。近くの藪から音がした。


 いきなり現れた少女と取っ組み合った格好のまま、少年は恐怖に身をすくませた。

 恐る恐る、物音がしてきた方向に頭を巡らせる。

 隣では怒った少女にぽかぽかと頭を殴られていたが、気にしている余裕はなかった。


 ガサガサという物音が連続する。

 明らかに、それは足音だった。――こっちに近づいてきている。


「……逃げて」


 自分の腕に噛みつこうとしている少女に、少年は言った。

 相手はきょとんという顔になって、


「はあ? なに言ってるんだ、お前」

「ここは。僕がなんとかするから……。君は、逃げて!」


 精一杯、冷静に言ったつもりだったけれど、声が震えてしまっている。


「だから、なにを――おい、人の話を聞いてるか!?」


 もちろん聞いてなどいなかった。

 ぎゃあぎゃあとやかましい少女を自分の後ろに庇うようにして、少年は立ち上がった。


 がくがくと、足が震える。


 逃げなさい。

 誰かの声が耳元で叫んでいた。


 逃げたかった。

 けれど、こんな女の子を残して逃げていったりなんかしたら、きっとあの人は怒るだろうと思ったから、少年は逃げなかった。


 がささっというひときわ大きな音と共に、目の前の草藪が揺れた。息を呑む。


「――――!」


 そこから現れたのは、少年の予想とは違った。

 恐ろしげな牙や爪を持った魔物ではない。


 若い、人間の男だった。


 若いといっても随分と大人のその相手は、藪のなかを掻きわけてきたからか、頭にたくさんの枝や葉っぱがついていて、表情はどこかぐったりとしている。

 はあはあと全身で息をしてて、足元は今にも倒れそうだった。


「お、お前ら……俺はお前らと違って、か弱いんだぞ。もうちょっとくらい、気をつかってくれても、いいんじゃないか――?」


 顔を上げた男と目が合う。


 相手と見つめ合った少年の印象は、一つだった。

 ――なんて頼りなさそうな人だろう。


 じっとこちらを凝視する、その頼りなさそうな男の口が動いた。

 まさか、と形作って。それから、恐る恐るというふうに訊ねた。


「君は、……もしかして、マナか?」


 信じられない、というような表情。

 相手がどうしてそんな表情をするのか。そして、どうして自分の名前を知っているのか不思議に思いながら、少年は頷いた。


 ◇◆◇


 目の前の少年が顎を引いてみせる。

 それを見ても、俺はまだ目の前にいる相手のことが信じられなかった。


 よほど長いあいだ走り続けていたのだろう。

 顔も手も足も、服までボロボロになって泥に汚れたその子どもは、どう見ても十才程度の年頃に見えた。


 隣にいて、なぜか取っ組み合うような格好になっている相手とほとんど背丈は変わらない。

 近くの町で他の子どもたちと生活しているタイリンは何才だっただろうか。二人の年頃はまるで変わらないように思えた。


 嘘だろう、と呟く。

 ――前に会った時は、ほんの赤ん坊だったじゃないか。


 それだけ長い時間を経たうえでの再会というなら、それでいい。

 なにも問題ない。

 だが、俺の記憶が正しければ、それはほんの半年ほど前のことだったはずだ。


「本当に、マナなんだな? お母さんはルヴェ。間違いないか?」


 確認の意味を込めて訊ねると、相手――まだ確定できない――は、こっくりと頭を頷かせた。

 不審そうに眉をひそめて、


「どうして、僕の名前を? それに、お母さんのことまで……」


 ……本当に、あの赤ん坊なのか。


 じゃあなにか。たった半年で、十年分も成長したってことか?

 そりゃ、成長が早い生き物なんていくらでもいることは知ってはいたが。……それに、この世界には魔素が溢れている。


 なんでもありの魔素がある以上、どんなおかしなことだって起こっても不思議はない。

 確かにそうだ。

 だが、半年で十年分も成長する人間の赤ん坊だなんていう話は、今まで聞いたこともなかった。


 ――いや、とすぐに思い直す。

 苦々しく自分に訂正した。……人間かどうかは、わからないか。


 ともかく。

 今はそんなことよりもやるべきことがあるはずだった。

 自分自身の動揺を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いて、俺は目の前の相手に声をかけた。


「よし。俺はマギ。俺のことは、お母さんからなにか聞いてるかい」


 少年――マナが頭を振る。


「そうか。じゃあ、信用できないよな。無理もない。だが、俺たちは君の味方だ。君はお母さんと一緒にある場所へ向かっていた。君は生まれてからずっと魔物に追われてて、特に最近は連中の襲撃が多くなっていた。そうだろう?」

「……どうして知ってるんですか」


 ますます警戒を強める相手に頷いて、


「手紙をもらったからさ。君のお母さん――ルヴェとは、昔の知り合いでね。ルヴェは君を連れて、俺達のところに来ることになってたんだよ。少しでも君が安全に身を潜められるようにってね。それで、どうにも切羽詰まった感がしたから迎えに来たってわけだ」


 言いながら、腰から下げた皮袋から手紙を取り出してみせる。

 そこに書かれた文字を見たマナがあっと声をあげた。


「お母さんの字だっ」

「これで信用してもらえるかい」


 手紙を食い入るように見ていた眼差しが、こちらを向きなおる。

 その目からはさっきよりも警戒心が薄れていたようだったが、


「……この手紙は、お母さんの出したものだと思います。でも、この手紙を受け取った人と、あなたたちが同じだっていう証拠は、あるんですか」


 訊ねてくる声はあくまで慎重だった。

 年齢に――“外見”に似合わない冷静さに、俺は思わず苦笑してしまう。


「そうだな。証拠にならないな。ええと、それじゃあどうしようか。ルヴェの見た目とか、性格とか、そのあたりを話せばいいかな。でもそれだって証拠にはならないか」


 むう、と腕を組む。


 しまった。

 ルヴェとのあいだに合言葉でも決めとけばよかったか。

 とりあえず、出来るだけ早くこの場所を離れておきたいんだが――


 俺が、どうやって目の前の相手を説得したものかと考えていると、


「いたっ」


 ぽかりと、横合いから伸びた拳骨がマナの頭を叩いた。


「さっきからなんだお前。せっかく助けにきてやったのに、何様だっ」


 腕を組んだタイリンがふんぞりかえって言うと、マナもむっとしたように顔をしかめて、


「なんだよ! 僕が言ってるのはそういうことじゃなくて、」


 はっとなにかを思い出したように、


「そうだ! さっき、僕のことを助けてくれた女の人! あの人も、あなたたちの仲間なんですか!?」

「ああ、カーラのことか? そうだよ、俺たちの仲間だ」

「大変だ! はやく助けにいかないと――」


 また、ぽかりとタイリンが頭を叩く。


「なに言ってんだ。助けてもらったくせに!」

「もうっ、さっきからなんだよ! そんなに何度もぽかぽか叩かないでよ!」


 憤慨した様子で睨みあう、見た目は同じくらいの年頃に見える二人に俺は溜息をついて、


「タイリン、やめろ。ああ、マナ。カーラのことなら大丈夫だ」

「なにが大丈夫なんですか!」

「だから、大丈夫なんだよ。カーラをどうにか出来る魔物なんて、そうはいないさ。それに」


 ふと周囲の気配に気づいて、肩をすくめた。


「そんなことより、まずは自分たちの心配だ」


 いつの間にか、俺たちのまわりにはたくさんの魔物が集まっていた。


 赤いの、白いの、緑のと様々な色合いの、身体のサイズから角や翼など特徴まで様々な、いかにも雑多な魔物達の群れ。

 空には翼をもった連中が取り囲んでいる。数は十や二十じゃそこらじゃきかないだろう。


 まるで統一感のないその集団をざっと見渡して、


「誰か精霊語をわかる奴はいるか。いたら、出てきてくれ。話がしたい」


 俺が声をかけると、集団のなかから一体の魔物が進み出てきた。

 有角有翼のその魔物は、全身が赤色だった。

 眼差しには知性の輝きがあり、開いた口から落ち着いた声の精霊語がつむがれる。


「話すことなどない。その子どもを渡せ。――お前のことを知っているぞ」


 びしりと指をこちらに向かって突きつけて、


「黄金竜ストロフライの右肢――のつま先にひっかかった小枝! マギ!」

「……長いうえによくわからん二つ名だなぁ。誰が言いだしたんだか」

「なら、スライムプレイでいくかー?」

「それはやめろ」


 横から茶々を入れてくるタイリンを睨みつけてから、俺は息を吐いた。


「まあ、ともかく。俺のことを知ってくれてるなら話は早い。この子、知り合いの子どもなんだよ。見逃してやってもらえると助かる」

「ふざけたことを」


 魔物がせせら笑う。

 背中の翼を羽ばたかせて、


「そんな美味そうな獲物を逃がしてやる理由があるか。随分と余裕の様子だがな、小枝のマギ」

「その呼び方はやめてくれ」

「……なら、スライムプレイのマギ」

「すみませんさっきのでお願いします」

「――とにかく。我々は他のことだって知っているぞ」


 にやりと頬を歪めて、


「お前は、俺たちがお前の背後にいる相手を恐れて手を出さないと思っているかもしれないがな。残念だが、俺たちは知っている。――お前が頼りにしている相手、“あの黄金竜”は今、この世界にはいないということをな。そうだろう?」


 相手の確信に満ちた断言に、俺は眉を持ち上げた。


「よく知ってるな」

「我々の情報網を馬鹿にするな」

「へえ、そいつは詳しい話を聞きたいもんだ。なら、そのストロフライがどこに行ってるかも知ってるか?」


 魔物が眉をひそめた。


「いや、それは知らないが」


 そうか、と俺は頷いて、


「実家に帰省してるんだよ。ついでに、親子ゲンカしてくるとか言ってたな。世界の二つや三つは余裕で巻き添えになりそうだから、なるべく迷惑にならないとこでやってて欲しいもんだが」


 それを聞いた魔物が困ったように顔をしかめた。


「それはなにかの冗談のつもりか?」

「いや、本当。別にそっちの情報網に載せてくれたっていいぞ」

「……そうか。――ええい、そんなことはどうでもいい!」


 場の流れが変な方向に傾きかけていることに気づいたのか、魔物はやおら大きく腕を振り回して、


「重要なのは、今この場に黄金竜が不在ということだ! 助けは入らない! あの黄金竜の加護さえなければ、ひ弱な人間でしかないお前など一瞬で殺してくれるわ!」


 いきり立つ魔物の咆哮に応えるように、その他の魔物達も雄たけびをあげる。


 今にも襲い掛かってきそうな気配に、隣でマナが怯えた様子で震えていることに気づいて、俺はぽんとその頭の上に手をおいた。

 不安そうにこちらを見上げてくる視線を感じながら、


「ああ、そうか。じゃあ、最後に一つだけ聞かせてくれ」

「なんだ? 言ってみろ」

「……随分と、俺たちのことに詳しいみたいだけどな。そういう情報、どこから回ってくるんだ?」


 魔物はにやりとして、


「馬鹿が。そんなものはどこからでも手に入るとも。知らないわけではあるまい? いまや、貴様は世界中の魔物から狙われているんだからな。俺たちは運がいい。まさかこんな偶然にお前を殺せる機会とめぐりあえるとはな」

「なるほど。じゃあ、実際の情報源とかは知らないんだな」

「ああ、そうだ。恨むなら、大人しく巣にこもっていなかった自分の不覚を――」


 得意絶頂のまま、さらに語ろうとする相手を遮るように、俺は頭を振って。


 言った。


「――やってやれ、スラ子」


 次の瞬間、




「いえす、あいあーーーーーーーーーむ!」




 地中から勢いよく現れた不定形と共に膨大な力が溢れ、その奔流がこの場にいる全ての魔物を遥か彼方まで吹き飛ばしていた。



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