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九話 魔物の罠

 ◆



 夢を見た。

 遠い、それでいて近いような記憶。


 記憶では、少年はいつものように腕を引かれていた。


 温かい手。

 決して緩めず、けれど痛くなるほどに引っ張るようなこともせず、自分を前へ前へと導いてくれるその手は、いつも少年の記憶のなかで、もっとも深いところにあった。


 逆に、手を繋いでいないとそれだけで不安になってしまう。

 特に夜、眠る時にはひどく心細かったから、少年はいつも赤髪の女性に自分の手を掴んでもらっていた。


 そうすれば、夢のなかでも一人ではないような気がした。



「仲がいい親子だね」


 旅の途中、出会った人からそんなふうに声をかけられることがよくあった。

 物の売買やその途中の世間話で、大人の上背から見下ろされるように投げかけられる言葉が、少年は嫌いではなかった。

 なぜかわからないけれどひどく恥ずかしく、同時にどこか誇らしい気分もあった。けれどそれは、嫌な心地ではなかった。


「二人で旅をしてるのかい。そりゃ大変だ」


 そう言って、同情してくれる大人もいた。

 なぜそんなふうに言われるのかわからなかったけれど、そういう時は大抵、売買でなにかをおまけしてくれることが多かったので、やはり嫌ではなかった。


 嫌なことを言われたこともあったと思う。あったはずだ。

 だが、少年はあまり覚えていない。


 ただ、赤髪の女性の表情が強張ることがあったことは覚えている。

 そんな時、自分の手を握る手にはいつもよりほんの少し力が込められて、だから少年はそのことを覚えていた。


 自分の手にぎゅっという力を感じる度に、少年は女性の顔を見上げた。


 その日もそうだった。

 恰幅のいい大人が、いくらか会話をやりとりしてから、目を細めるようにして最後に付け加えた言葉。


「本当に仲がいい姉弟だなあ」


 その時に感じた手のひらの力はほとんど痛いくらいで、だから少年はよく覚えていた。

 同時に、ふと思ったのだ。



 ――いつからだろう。


 あの人の目線が上からのものではなくなったのは。

 それを見る自分の眼差しが、見上げるものではなくなったのは。



 ◇◆◇



 翌朝、まだ早い時間に町長が宿にやってきた。

 ノックもなしに俺たちの部屋の扉を叩き開けると、部屋のなかをぐるりと見渡して苦々しく顔をしかめる。


「……出るのか」

「はい」


 俺は頷いた。

 元から多くない荷物をまとめる手を休めて、


「出発するなら、少しでも早いほうがいいでしょうから」


 それを聞いた長がうなり声をあげた。


「そんなに先を急いでいるのか」

「そういうわけでは。まあ、あんまりのんびりもしていられないかもしれませんが」

「なら。少しくらい留まってくれてもいいだろう……!」


 悲痛な声に、俺はあらためて長を振り返った。


「それじゃ、あの子が危ない」


 長は変な顔になった。

 不意をつかれたように言葉を喉に詰まらせ、まじまじとこちらを見つめる。まさか、とその目を見開いて、


「あの子? ……まさか、ジョルカのことか」


 昨日、魔物に攫われた女の子はそういう名前らしい。

 俺が頷くと、長はあんぐりと口を開けた。


「本気か? 馬鹿な、誰がそんなことをしてくれと頼んだ」


 大きく頭を振って、


「あの子のことは諦めたと言ったはずだ。善意のつもりかしらんが、余計なことをしてくれるな。ジョルカは死んだんだ。あの子の父親も、母親も、そう思い込んで少しでも自分たちを慰めようとしているところに、ぬか喜びさせるのか。お前たちは哀れな両親に、二度も自分の子どもを殺させるつもりか!」


 詰るような物言いに、俺は黙って相手の意見を聞き終えてから、


「ぬか喜びをさせるつもりはありません。実際、もう手遅れかもしれない。なんなら、両親には伝えないでいてくれてもいいですよ。こちらで勝手に探してみようってだけです」

「手遅れだと思って、なぜ探す!」

「かもしれない、とは言いました。……あの子どもだけを連れ去った理由がわからない。あとで餌にするつもりなら、子ども一人だけを攫ったりはしない。あれはまるで、」


 ――誰かをおびき寄せようとしているようだった、という台詞を、俺は口のなかに呑み込んだ。

 不審そうに眉をひそめた長が、


「……まるで? まるで、なんだ」

「さあ、どうでしょう。あまり愉快じゃない想像も含めて、色々と可能性はあります。――魔物が巣をつくろうとしているとか」

「巣?」

「巣というか、拠点です。魔物が新しく自分たちの巣穴をつくろうとする時には、もちろん周囲の環境のことも色々と条件にします。人間と同じだ」

「条件。なんのことだ」

「……たとえば、餌場が近い。だとか」


 怪訝そうな顔になった長の表情がはっとして、次には一瞬で引きつった。


「この町の人間たちを餌にしようというのか!?」

「可能性の話ですけどね」


 俺は肩をすくめて、


「そういう魔物の巣穴を、しっかり作られたあとに駆除するのは厄介だ。叩けるなら、早いうちがいい。だから、それも含めてこの周辺を探ってみたいんですよ」


 うん。

 自分でもけっこう上手い口実にできたんじゃないかと思う。


 俺は内心で自画自賛しかけたが、自分が確信したほどの説得力は長には与えられなかったらしかった。

 胡散臭そうに部屋の一人一人をねめつけてから、


「――そんなことを言って、逃げ出すんだろう」


 吐き捨てるように言った。


「それらしい理由をなんだかんだと作っておいて、町の外に出たあとはとっととずらかろうって魂胆じゃないのか! 冒険者のやりそうなことだ」


 部屋のなかの気配が変わった。

 カーラなんかは黙って眉をひそめただけだが、ツェツィーリャははっきりと不機嫌な顔になっていて、今にも弓矢を構えそうな気配だった。人間嫌いだけあって、そろそろ我慢も限界らしい。


「まあ、その可能性はありますけど」


 俺は苦笑して、


「なら、町長。その程度も信頼できない相手に、いったいこの町にいさせてなにを求めるんです? そんな連中なら、また魔物が襲ってきた時にだってさっさとこの町を見捨てて逃げ出すに決まってるじゃないですか」


 ぐ、と長が言葉を詰まらせる。


 俺は続けた。


「この町のことは、ギルドを通してメジハに伝えておきます。手紙を書いたから、これが届いたら、すぐにメジハかギーツから救援が来るでしょう。多分、ギーツの方が早いかな。そっちのほうが近い」

「メジハ? ――『竜の町』かっ」


 少し前まで辺境の田舎町でしかなかったはずなのに、名前だけは随分と知れ渡ってしまっているらしい。

 まあ、生屍竜とはいえ竜殺しの舞台になったり、直近の“魔王災”が起きたり、果てには何十体も傷ついた竜が運ばれたりとしていれば仕方ないことではあるが。


 ……これもぜんぶストロフライのせいだ。


 それまでずっと渋い顔だった長の顔に、はじめて明るい色が差した。


「それはありがたいが。だが、」


 だが、すぐに疑念と懸念がそこに取って代わる。


「……メジハというのはここから遠いはずだろう。どのくらいかかる」

「そうですね。一週間くらいはかかります。準備のことも考えれば、もう少しかかるかもしれない」

「それでは遅すぎる!」


 悲鳴じみた文句に、俺はさすがにうんざりとしながら、


「それまで町を保たせるのが、あなたの仕事でしょう。近くの集落に助けを求めるとか、そこのギルドに連絡をするとか。この町にだって付き合いくらいあるはずだ」

「それはそうだが。なんとかならないのか。……お前は竜の情人なんだろう!」


 激しい舌打ちの音。

 と同時、それを追いかけるように一本の矢が部屋のなかを縫うように伸びて、町長の横の柱に突き刺さった。


 ひ、と息を呑む長に、弓矢を放った姿勢のツェツィーリャがドスの効いた声で口を開いた。


「うざってぇ。いい加減にしとけよ、ボケ」

「おい、ツェツィーリャ」


 制止の声を無視して、ガラの悪いエルフは長を睨みつけたまま、


「なんとかしろだァ? なら、オレがやってやろうか。この町を消し飛ばしてやれば済む話だ」

「な、なにを、」

「あ? 手前が言ってることは、そういうことだろうがよ。“竜に頼る”ってのは、そういうことだ。当然、わかってて言ってんだろうが」


 長が絶句した。


 蒼白になった視線をこちらに向ける。

 俺は黙って肩をすくめた。


 ツェツィーリャの言い方は大変に問題があるが、言ってることは間違ってない。

 竜というのはそういう存在だ。


「……くそ」


 ツェツィーリャの視線から逃れるように目線を逸らして、長はそのまま背中を向けた。

 去り際、ちらと肩越しに振り返って憎々しげに告げる。


「言っとくが、ジョルカのことはあんたらが勝手にやることだ。町から金はださんからな」


 ばたん、と扉が閉まる。


「ひっどい捨て台詞!」


 呆れた、というふうにルヴェが言った。


「あんなので町長できるのかなぁ。なんだかこの町のことが心配になってきたんだけど」


 俺は苦笑して、


「まあ、昨日の襲撃のあとで焦ってるんだろう。仕方ないさ」

「仕方ない、じゃねえ。ボケ」


 まだ腹の虫が治まらない様子で、ツェツィーリャの視線が俺に向かった。


「手前がそんな態度だから、あんな連中に舐められるんだろうが」

「って言っても、俺が凄んでみせたところでまるで迫力がないからなあ。それにほら、適材適所っていうだろ?」

「……そりゃどういう意味だ、おい」


 くすり、とカーラが笑う。


「確かに、そういうのはツェツィが一番かも」

「あァ?」

「宿代の値引きを頼む時とかにも、隣であの顔してくれたらいいんだけどなあ。形相だけで一割は固いんじゃないか」

「ふふー。弓矢を番えてもらえていたら、もう二、三割くらいイケるかもしれませんっ」

「いや、さすがにそれは追い出されるだろうけどな」

「ふざっ、けんな……!」


 わなわなと肩を振るわせたツェツィーリャが、はあっと息を吐いた。

 俺の隣でにこにこと微笑む不定形を見やって、


「……もういい。なんでオレが怒って、手前が平然としてやがるんだ。普通は逆だろうがよ」

「わたしですか?」


 スラ子は不思議そうに小首を傾げる。


「ああ、そうとも。手前の大好きなご主人様が難癖つけられてて、どうして突っかかりやがらねえ」


 それを聞いたスラ子はどこか妖艶に笑って、


「あんな小物さんの癇癪に、怒ってあげる理由なんかありません」


 はん、と銀髪のエルフが鼻を鳴らす。


「手前の主人だって小物だろうが」


 揶揄するような言葉にもスラ子はまるで動じず、むしろ、えへんっと胸を張った。


「マスターはただの小物ではありません」

「へえ、いったいなんだってんだ」

「――小物界の大物な小物ですっ」


 ツェツィーリャが沈黙した。呆れたらしい。


 相手を黙らせたことでご満悦な表情の不定形を俺は横睨みして、


「もしかして、それで褒め言葉になってると思ってるんじゃないだろうな」


 スラ子は即答した。


「思ってませんっ」


 せめて思えよ。


 はあ、と弛緩しかけた雰囲気に息を吐いて、俺は話をはじめた。


「と、いうわけで。準備ができ次第、出かけよう。ギルドで、この近くに魔物の巣穴になりそうな場所があるか聞いておかなくちゃな」


 さっきも言ったように、魔物の巣穴がつくられる場合、周囲の環境条件が関わってくることは多い。

 魔物の生態的な条件でつくられるケースも多いが、自然ではなく人工のものを利用される場合もあった。


 特にこのあたりはあまり人が栄えていない場所だから、百年前の魔王災以降、そのまま放置されている集落跡や砦の跡もあるはずだった。

 そうした残骸を利用して魔物が棲みつき、いつしか魔物の巣穴として周辺に大きな影響を与えるまでになってしまう――というのが、一番よくあるパターンだ。


 ……実は、この町に誰かを残すというのも考えたのだ。


 俺たちが町を出れば、この町がまた昨日のような魔物に襲われる可能性は、決して大きくないと思う。

 だが、もしかすると俺たちのためにとばっちりを受けただけかもしれないこの町に、若干の申し訳なさは感じていたから、全員とはいかないまでも誰か一人くらい護衛に残したほうがよいのかも、という考えが頭によぎった。


 だが、よく考えた結果、やはりそれはするべきではないと判断した。


 もし昨日の襲撃が俺たちを巻き込むためのものだとすれば、それは当然、罠だ。

 今から罠がある場所に突撃しようとしているのに、自分たちの戦力を分散させるなんてそんな馬鹿な話もないだろう。


 マナを残すこともできない。

 それこそ、俺たちが不在のあいだにこの町が襲われかねない。


 結局、俺たち全員がこの町を出るのが、この町にとっても一番よいことのはずだった。

 魔物たちの注目を集めるという意味でも、だ。


「じゃあ、メジハのギルドに連絡をだすのは、誰も残れないからせめてっていうことですか?」

「それもあるけどな」


 カーラに訊ねられて、俺は肩をすくめた。


「単純に、いい機会でもあると思ったんだ。最近、ギルドのことでルクレティアが色々とやってるが、手を伸ばしてるのはほとんど都市部だからな。今後のことを考えれば、農村部にだって影響力を抑えときたいはずだから、こういう機会は逃さないだろ」


 あの令嬢のことだから、喜々として恩を売りに来るはずだ。

 いや、さすがに本人は来ないだろうが。


 なるほど、と素直に感心してくれるカーラの横で、ふふー、とスラ子が笑っている。


「なんだよ」

「マスターの本音は?」


 俺はそっと天井を見上げた。


「……帰ってルクレティアに会うまでに、少しでも怒らせた埋め合わせをしとかないと怖いなあって」

「マギは小物だなー」


 タイリンが言った。


 落ちもついたところで、さて、と一同を見渡して。

 俺はそこでマナが浮かない顔をしていることに気づいた。


「なんだ、マナ。なにかあるか?」


 訊ねるが、俯いて頭を振られる。

 ルヴェを見ると、こちらも黙って肩をすくめた。


「言っとくけどな、マナ。あの女の子も、昨日この町が襲われたのも、お前のせいって決まったわけじゃないからな」


 そう言ったのは決して気休めではなかったが、マナはそう捉えなかったらしい。

 顔もあげてこない相手に、俺は顔をしかめて、


「……本当だ。むしろ、お前は巻き込まれただけかもな」


 マナが顔を上げた。


 不思議そうにこちらを見るルヴェやカーラ。

 そして厳しい眼差しを向けてくるツェツィーリャの気配を感じながら、息を吐く。


「――連中の狙いは、俺とスラ子かもしれない」



 それから俺たちは、出発の準備を整えて宿を出た。


 ひとまずギルドへ向かう。

 昨日の襲撃であまり被害がなかったらしく、ほとんど無事の建物のなかには多くの冒険者の姿があった。


 仮の宿泊場所にもなっているらしい。

 町長の言い分では、昨日はあまり活躍できなかったらしいから、あまりよい待遇ではない様子だった。ほとんどは雑魚寝で、俺たちが入ってくると嫌そうな目線を向けてくる。


 俺は気にせず、ギルドの受付でこのあたりの地図を求めた。

 おおまかなやつは持っているが、詳しいのが欲しい。


 それと同時、


「古い遺跡や、砦ですか?」

「ああ。わかるだけでいいんだ。近くにないかな」


 受付の男は怪訝そうに俺を見てから、奥に引っ込み、周囲の人間に色々と話を聞いてから戻ってきた。


「ええと、この近くに、確かにあるみたいですね。百年前に使われてた砦跡で、今じゃ誰も近づかないって場所が」

「魔物の巣穴になってるのか?」

「そうかもしれませんね。あんまり被害が出たことはないので、放っておかれてるようですが」

「そうなのか?」

「そうですよ。もしそんな近場にとんでもない魔物が棲みついていたら、こんなところに町が残っているはずがないでしょう?」


 そりゃそうだ。


 俺は頷いて、


「場所は?」

「ここからそう遠くないですよ。森のなかで、古い街道でぐるりと回っても、今からなら昼前には着くでしょう」


 なるほど、と俺は頷いて、相手に情報料の小銭をいくらか渡そうとしたが、相手に頭を振られた。


「お金はけっこうです。……それより、あなたが“あの”マギさんだって、本当ですか?」


 俺は渋面になった。


 酒場やギルドで噂されるような大人物になるというのは、男なら大抵が一度は胸に抱く類の夢や妄想ではあるだろうけれど、まったく嬉しくない。

 なぜなら――


 俺が黙って頷くと、相手はおおっと目を輝かせて、


「では、あなたが――“小枝のスライム使い”!」


 まるで意味がわからなかったので、俺はなにも反論しなかった。


 ざわり、と周囲が騒ぎ出す。


「あいつが?」

「あの“初恋竜”の想い人……?」

「いや、下っ端だと聞いたぞ。なんでも、ガキみたいな黄金竜にさんざこき使われているって」

「ガキ? 俺が聞いたのはドえらい別嬪の、そりゃもうスタイル抜群の竜だって話だったがな」

「竜のスタイルなんざ知るかよ」

「アホか。精霊形の話だろうが」

「だが、枝がないぞ。二つ名にある小枝はどうした。枝にまとわりつかせたスライムをいつも口にしてるんじゃなかったのかよ」

「水飴じゃねーか」


 俺が突っ込むと、さっと顔を背けてしまう。

 ちなみにマナたちは全員が俺と微妙に距離をとって、入り口のあたりで我関せずという顔でそっぽを向いていた。


「あの……」


 頬を赤くした受付の男が、おずおずとなにかを差し出してくる。


 紙だった。

 なにも書かれていない白紙に、羽ペンを添えて、


「お代のかわりと言ってはなんですが、よければ、なにか一筆お願いできませんか」


 俺は後ろを見た。


 マナたちは全員がこちらと目を合わそうとしない。

 何人か、笑いを噛み殺しているのがはっきりとわかった。


 俺は黙って視線を戻すと、期待に満ちた眼差しを向けてくる男から羽ペンを受け取り、拝むように差し出されたインク便に先を浸してから、大書した。



 「貧乳だっていいじゃない。竜だもの マギ」



 うおおおおお、と周囲から唸るような歓声が沸く。


 俺はしかめ面のまま、ギルドの建物から出た。

 マナたちも慌ててついてくる。


 ひょい、と隣に現れたスラ子が、


「マスター、大丈夫です?」

「なにがだ?」

「あんなこと書いて、ストロフライさんに怒られません?」

「大丈夫だろ。……もし怒ったら、あのギルドの連中のせいにしよう」

「最低ですねっ」



 ……町を出て、砦跡に向かう。

 ギルドの男から聞いていた通り、目的の場所まではすぐに着いた。


 街道を回り込むより森を突っ切る方が早そうなので、さっさとそちらの道で向かう。

 そのおかげで、まだ太陽が天頂に至る前に、俺たちは目的地に到着できていた。


 だが、目の前にあったのは想像していたものとは違った。


 百年以上前につくられた砦だというその場所は、風化してほとんどその痕跡は失われてしまっていた。

 石積みの建物は崩れ、あちこちに壁らしきものが残っている程度。

 土台となる場所にも方々に草木が生えて、ほとんど野原との違いを見分けることも困難だった。


 その中央。

 敷地の真ん中に、ぽっかりととても大きな穴が開いていた。


 なだらかな傾斜をもったその窪みは、外からは見通せないほどの深みを持っている。

 つまりは洞窟だった。


 明らかに天然のものではない。

 ちょっとした大きさの小屋なら呑み込んでしまいそうな大穴、よほどの天変地異でもなければたった百年で出来るはずがない。


 俺はライトの魔法を唱えて、洞窟の暗闇に向かって白い灯りを飛ばす。

 そこで明らかになった光景に、ため息を吐いた。


「……ここまで来れば、ほとんど確定だな。ったく、嫌がらせかよ」

「というより、明らかに挑戦ですね」

「そうだな」


 スラ子の声に苦々しく頷く。


 ――その洞窟の内部には、多くの不定形が蠢いていた。



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