2話-逃げるが勝ち-
ここから俺の航海が始まると思ったら末期だとおもう。
ガレー船がこちらに気がついて思いっきり速度を増してきた。
冗談じゃない。何が悲しくてバルシャでガレー船に挑まないといけないのか。
しかもこっちは一人だぞ!?
どうみてもあっちは数十人~百人前後くらいいるんじゃないか?
『スキル<操舵>を使用シマス』
『スキル<急加速>を使用シマス』
『スキル<回避>を使用シマス』
頭の中でメッセージが浮かんでから、俺はある事に気がついた。
まず、スキルってのはゲームと同じで一定時間が経つと効果が切れる。
次にスキルは連続使用扱いには出来るが、ゲームと同じでスキルを使うと心なしか疲れる。
多分これは、なんらかの『行動力』を使用してるとおもわれる。
ゲームの方だと『行動力』が切れるとそのままなにもできなくなるからな。
俺はガレー船から逃げながら再度自分の情報を頭で想像する。
名前:ヴァルガス
性別:男性
年齢:27/???
行動力:400/500
健康状態:良好
人種:ハイ・ヒューマン
現在の職業:交易商人
やっぱりあったか行動力!
スキル一回に付きどうやら10の消費らしい。
丁度今で、10回くらいつかってるしな。
残り使用回数は40回と思っておいたほうがいいな。
行動力の回復方法は、確か休憩するか、飲食を食えばいいはずだ。
今は忙しいから後で食料と水を探してみよう。
味はきっと何もないと思うが……。
しかし、恐ろしいかな。ゲームだとバルシャでガレー船から逃げるなんてのは無理に近かった。
それこそカスタマイズされた『俺の考えた最強のバルシャ』みたいな良く分からないモノを作らない限りは無理だ。
それがどんどんガレー船を突き放していっている。
向こうも大勢で漕いでるところをみると必死なのはわかる。
だが、俺も必死だ。俺はこんなところでゲームオーバーもとい、死にたくはない。
ちょっとだけ、白兵戦闘力が気になるところではあるが、武器になる様な物を現在持ってない。
多分、船のどっかに置いてあるとはおもうが……。調べてる余裕もない。
ああ、ゲーム開始時なら確か何も持ってないはずだ……。正気の沙汰じゃないな。
せめて、陸地にあがったときに木でも切って棒切れでも手に入れねば……。
そのまえに木を切る斧があるのかないのか……。あればそれだけでも十分武器だが。
かなり必死で逃げたおかげか、途中からガレー海賊達が追いかけてこなくなった。
どうやら諦めてくれたらしい。
今のところ他に追っかけてくる様な海賊は見ない。
ただ、安全は確保しておいて損はしないだろう。
俺は頭の中でゲームをやってたときにお世話になったスキルを浮かべる。
『スキル<隠蔽>を使用シマス』
『スキル<警戒>を使用シマス』
よしよし、無事に使われたな。
スキル<隠蔽>はそのままのスキルだ。
姿が見えにくくなるというか、存在を感知されにくくしてくれる。
スキル<警戒>も似た様なものだ。
近づいてくる船や生き物を感知しやすくしてくれる。
どちらも船を動かしてるときには必要なスキルだが、どちらも15分程度しか効果はない。
再度使うとなると、行動力が痛いかもしれない。
また、これらのスキルは、誰かに見つかってたら効果をなさない。
つまりいきなり消えるといったことは出来ないってわけだな。
あとはー……逆に怖いスキルだと、スキル<索敵>とかスキル<遠見>あたりだったかな。
これらは、容赦なく<隠蔽>を解除しやすくしてくる。
もちろん自分のスキルRが高ければ、そんなに見つけられることもないが……。
ああ、もう一つ怖いのがあった。スキル<強襲>か。
これは強い海賊が出てくる恐ろしい海域で、敵が無差別につかってくる敵専用スキルだ。
海上をスイスイ走っていたらいきなり<強襲>というメッセージが流れてきたとおもったら、いきなり白兵戦挑まれて一瞬で全滅しているなんてこともある。
気がついたら横に敵船がいる。
もちろんゲームオーバーの表示もすぐに追加されるわけだが……。
ふざけんな! ってぶちぎれたい気持ちも出てくるが、海では何が起こるかわからない。
っていうのもこのゲームの売り込みだったりする。
もう一度いう。ふざけんな!
****
航海二日目が経過した。
とくに景色がかわることもなく、海が変貌することもなく、俺は西へ西へと進む。
海鳥がたまにやってきてあざ笑っていく。
きっと何か魚でもよこせといっているに違いない。
そんなものはない!
むしろお前の肉をよこせと俺は言いたい。
最初の島から離れて元の場所に戻れないのは痛いが、ガレー船に追いかけられるよりかははるかにマシだ。
一応、行動力に関しては飲食と睡眠でどうにかなった。
ただし、船の上で寝るという過酷な状況だが……。
軽く寝て起きてみると、全然違う所に流されかけていたり船の上ってのは結構怖い。
むしろ海が怖い。気温と透き通った海のなかは綺麗なんだけどな……。
そうそう、夜になるとたまに海からデッカイ魔物が出てきたりする。
朝には活動してないようだが……それはこの辺の海域の魔物がそういうサイクルで生きているだけだったはずだ。
今のところ基本的に襲っては来ない様だが、船がぶつかったりしたら大変だ。
なので、夜も朝も昼もしっかり寝ることができない。
十分な睡眠時間を確保したいところだ。
食料と水に関しては、硬いパンもどきと、しっかり塩っけのない水があった。
あと、パンの味はなかった。しかも硬いパンは本当に硬い。
お腹の具合的に、まさに天の助けともいいたいが、あいにくそれもつきかけてきている。
結構俺の航海はピンチだった。
辛いときにそこで思い出したのが、エイビサという島にあるエイビサ港だ。
始まりの島から西よりというか、南西にある島で、のどかで治安も良い。
実際は治安が良いというわけでもないが……。
というのも、このエイビサ島にはでっかい飛竜がいて、大きな武装船が近づくと腕試しにとばかりに襲ってくるのだ。勿論、襲われたほうは上空からのブレスでどうしようもなく轟沈する。
飛竜は火竜でもあるとかいう、ゲーム開発者の寒いギャグが垣間見えるが全然笑えない。
ただし、小型船や武装していない船には全く興味もないようなので、素通りができる。
ゲームでは後半でこの飛竜に挑めるが、倒せるプレイヤーがいたのかは謎だ。
自分は交易メインばっかりで挑んだことはない。
幽霊船でぶつければ倒せるのか気にはなった事があったが……。
なお、ストーリー次第では仲良くなる事も可能だ。
ただし、毎回毎回大量の家畜を与えないといけない……。
自由度が高いゲームということもあって、プレイヤーの希望に答える為のいわゆる餌付け作戦だ。
悲しい事に仲良くなっても特にいいことはない。
信頼の鱗がもらえるくらいだったか……な?
鱗がもらえても、武装船とかで進むと無差別に襲われるし……。全く意味が無い。
船の変わりに飛竜に乗れれば最高なのだが……。
船がメインのゲームなので、そういった自由度はなかった。
話がまたそれすぎた。
とにもかくもゲームと同じであって欲しいと切に願っている。
もう、ゲーム脳でもなんでもいいから、今は港に着きたい……。
スキルの使用過多で精神的にも行動力的にもヤバイ。
美味しいご飯に、ふかふかのベット。
ついでに汗臭い体もどうにかしたい。
熱い日差しが俺の体力を奪っていく。
辛いです。
しかし、港に入るのも問題がある。
はたして、入港ができるかどうか……。
一応、交易商人には見えなくもなく、みすぼらしい格好をしているわけでもない。
身長は一般的、体重も多分一般的。
顔面偏差値? まあ、これも一般的じゃないか?
むしろ一般的モブ顔みたいなもんだ。
髪は銀髪、いや白髪かな。日差しで反射してるだけだろう。
肌色は、若干焼けてて海の男ってかんじだな……。
そういえば、ゲームをやってたときに、キャラクターカスタマイズでそれっぽかったのを思い出した。
とりあえず、今は混乱する事はあれど、海の藻屑になるよりはマシだ。
自分=交易商人という事にしておこう。
ポジティブに考えれば、大海原をまたに駆けて交易が出来る。
旅行が出来るとでも思えば良い。
ネガティブに考えるなら……。
やめておこう。海の上だしな。恐怖指数しか増えない。
発狂もしたくない。
何かないかと、懐をあさってみれば、一応交易商人の許可証等はもってた。
これはゲームと同じであってほしい……。
これが駄目になると、いきなり捕まる。
無法者扱いにされるのは困るし、海賊扱いにされて縛り首とかたまったもんじゃない。
ちなみに許可証を持っていない交易商人は無法者の扱いになる。
闇商人の事でもあるが、一般的に無法者は危険海域にある港以外でうろちょろしてれば直ぐに捕まるし、縛り首か牢屋行き。良くて炭鉱とかで強制労働だ。
奴隷となんら変わりないのは困る。
まあ、信用第一の商人が身元分からんとか問題あるからな……。
手の上で許可証を凝視しながら悩む。
んー……。
まあ、ここまでゲームと同じだったのだからどうにかなるだろ。
あまりの自分の疲れに、俺はどうにでもなーれと、正常な判断がつかなかった。
****
航海四日目にして、どうにかエイビサ島が見えてきた。
入港まであと少しだ。
途中、飛竜が何度か上空を飛んでたのを見たが、襲われることもなかった。
良かった。あれに勝てる気がしない。
実際目にして、こんなに大きかったかと恐怖したぐらいだ。
ゲームと目で見るじゃ大違いだ。
襲われなくて良かったが……うまく入港できなければどうしたものか……。
俺の不安は募るばかりだった。胃が痛い。