シティ2015年
さいしょ、自分の理解が足りないのだ、と早合点した。世界と運命についてである。このまま都市化が進み、グローバル経済が伸長してゆけば、荘園が戦国時代を通じて藩に取って代わられたように、その藩も維新の嵐に遭遇して国民国家に結合されたように、私達がこだわり愛したり憎んだりしたこの現代国家も、やがては世界連邦へ統合され、あらゆる岳陵は平らに均され、沖合の浅瀬はその土砂で埋め立てられ、人心の好奇心が赴くままに、全ては理性によって統御され、荒々しい野望や、激しい怒りは海の底へ沈殿し、存在しないことにされるのだ、といつの間にか了解していた。熱狂から冷却期間を経て、むかしの考えと距離をとってみて、そういう考えもやっぱりアリだと思い出しもするが、世界で一体何が起こっているのか、自分の理解が及ばないのではなく、もともと世界は理解をされたがらないのではないか、と懐疑を抱く初夏の夜だった。このまま都市化が進み、グローバル経済が伸長する途上で、その勢いに同調しさえすれば、挫折も愁嘆場も抱くことなく、人生の王道を光の速さでダッシュできるとの信心は、穏やかな言い方をすれば、やけ酒を飲んで寝込んでいる。二日酔いにはシジミのオルニチン効くそうだが、浜辺をすべて埋め立てないでよかった、と安堵のため息を漏らした。濃厚なエキスを胃に押し流し、自分のアイデンティティも押し流され、それでもひたすら働く日々は続いた。世界情勢は刻々と変化し、社会は日進月歩で進化し、会社の業績も右肩上がりで、万事はうまくゆくはずだと、統計から導いた表計算のグラフは説得的に迫るのだが、みな擦れっ枯らしの面持ちで斜に構えた。休憩室で同僚は意味深長につぶやいた。「私達はいま道を歩いている。道は幾多にも分岐し、迷子も行き倒れもいる。人は多数派を形成したがるものだが、多数派が常に正しい終着点にたどり着くわけではない。だが少数派を気取っていると明らかに不利だ。しかし世はたびたび、終着点のない旅へ人を誘うものだし、人に過大な運命の打撃を与えようとする。もしも盲人が誰のケアも受けられず、一人で生活をしなければならなくなったとき、たとえばなにか入用で外出しなければならなくなり、手探りで目的地へゆかなければならなくなったとする。たいへん哀れなことであるが、自分がいつ、そのような目に合うことになるのか、自分にそのような運命が振りかかることはない、とは誰も言い切れない。それはたった今のことであるかもしれないのに。」「しかしあらゆることが客観的に分析され、ビッグデータの蓄積で簡単な未来予測が可能となった昨今、日輪と月輪が巨大都市を観照し、黄道12宮の星座に込められた運命が詳らかに解析され、IPS細胞で網膜の組織が再生される時代に、君のように慎重な態度は、まるでカブトガニの運命に例えられるよ。」同僚は口を閉ざし沈黙した。ガツンと言ってやれて清々しい気持ちになったが、爽やかな感慨はたしかにクールなのだが、冷たい沈黙を押し殺し、そろそろ仕事に戻ろうと促した。同僚は信頼できるやつだ。しかし自分はどうだろうか。同僚の良い影響を受けて、彼の黒いところや闊達な性質を受け入れ、日々に増す労働から得られる富や、困難を解決してきた自信を手にはするが、何もかもが作為でうめつくされ、天蓋を物質で覆い、過去現在未来のあらゆることが詳らかにされる時代に、あらゆる問題を解決してきたとする傲岸なまでの誇りを脇に、たったひとつの覆い隠された恐れを前に、真夜中に鏡を覗いて老け始めた顔を眺め、昼日中に努力を国際都市のビルデイングのように積み上げていると、どうしてもテトリスを連想するのだが、すべての問題を解いてしまったら、もう人類は必要ないのではないか。
経済力と自由は入り組んで、もはや解きほぐす糸口を見つけることすら困難だ。自由を得るために働くのだと理解はするが、なんらかの組織に従属し、働き詰めに働いて、ちょっとした隙間で安豆のコーヒーを淹れ、少しばかりの自由時間を寿ぎ、鼻先にぶら下げられた人参を追い、えんえんと走り続ける毎日に、どれほどの自由があるのだろうか。カップを満たす褐色の液体が、仄かな香りをたなびかせているが、遠いアフリカの原産地で、我々よりももっと原初に近い生活を送る者達が、心中に鋭い正義と濃厚な悪意を交錯させて、栽培したコーヒー豆をたくましく頑丈な指先で取り込んでいるんだ、と想像力を膨らました。なにもかもが作為で満ち溢れたこの都市の一角で、自然状態に近い環境で生きる人民と、こうしてなんらかの縁でつながっているのだと考えると、くさくさとした心が少しばかり癒やされる。そんな感慨に導かれ、仕事に没入した。どこかで誰かが、憎悪を滾らせて晴らす日を待っている。ターゲットは誰か、いまはわからない。耳を澄ましても耳鳴りがするばかりだが、南海の民族は浜辺で波音よりか弱い声色で、それからの幸福を祈るということだが、仕事につかれた現代人は、PCの排気音にかき消される声色で、戦争になれとつぶやき、己の破壊欲の解消がいつか果たされるはずであるという信仰を打ち立てるのである。全ては焦土から始まったのなら、母胎に回帰するが如く、破壊が一を産み、一が二を産み、二が三を産み、三が万物を生むのだ。たった一枚の辞令であらゆる困難を克服しなければならない社会に生を受け、日々新たに生まれ変わる都市の巨大な生命力にすべてを捧げた青春を思い出す。友情や恋心をコンビニ袋に詰め込んで、自室の冷暗所にしまい込み、毎日を綱渡りで過ごす心労がアンバランスな感覚を産み、アンバランスな感覚がタナトスを揺り動かし、目覚めたタナトスが心の中で生存条件と膝を突き合わせて人生の案件をすり合わせ、破壊を計画的な目的に昇格させるのだ。自室のせんべい布団に倒れこんで、作戦が成功した暁には、有給休暇をタップリと消化し、なんらかの再生と創造に勤しもう、と妄想した。時空が量子もつれのために生まれたのなら、この宇宙も、太陽系も、地球も、そして物質的な富に満たされた都市生活も、なにか誤解から生まれた妄想のようなものだ。だから、なにか問題が起こっても、特におたつく必要はない。Wind&Fire「SEPTEMBER」を口ずさみながらそんなことを考えた。
どこかに残る昭和時代の匂いをたたえて、コンクリートの柔肌はメタルカラーに支えられ、これから形作られるチタニウムの干渉色が、さあ従順に仕えなさいと誰かの立場を代弁している。それに逆らうという壮大な夢は、公園の立枯れた木のように、一人ぼっちになっている。人が孤独なのは、寂しいことだ。なにからなにまで機械化されて、タクアンとキムチをおかずに真空パックの白ご飯を平らげて、夢を見ることのできた時代を懐かしんだ。朝は希望と共に目が覚め、夜は幸福を枕に横たわった。日月は人の夢を見る姿を照らして、黒い影をひたすら引き伸ばし、時計の針のような正確さで周回した。巨大な岩石をタンタロスの山頂まで転がし、生命の木の木陰で一休みし、知恵の実を醸してアルコールにし、離別する友の玉杯に注いだところで夢から覚めた。古代の聖人は飲酒で国家が衰運に向かうと悟ったというが、明晰な意識で世界を割り切ると皆が不幸になるというのが20世紀の歴史だから、酔って酩酊した気分で、窓の外の広がりを眺めた。都市の作為はすべてあやされ、霊気も瘴気もイワシの一夜干しのように乾燥し、明かりを消してすっかり寝る準備をしている。それでも国際都市というものは、何事か仕組みが働いて物音を立てている。気まぐれで夜風を当たりに外へ出てみると、真夜中だというのに人は賢しげに活動している。畑を耕して得られる富は10倍、宝石を商って稼げる富は100倍、有望な若者を出世させて報いは限りない。燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや。しかし、鷦鷯森林に巣くうも一枝に過ぎずともいい、緡蛮たる黄鳥、丘隅に止まるともいう。労働を尊ぶ意味で、働けば自由になるといい、朝は朝星夜はまた夜星昼は野畑の水を汲む、というらしい。己に課せられた身分を受け入れ、慎重に生きるのか、それともよりいっそう大きく働いて富を築くべきなのか、若者の煩悶にやがて納得できる結果が与えられることをお祈りする。奥様方にはアンニュイな午後2時に、給湯室の冷蔵庫で冷やした水道水をカップに満たし、めでためでたの若松様よ枝も栄える葉も茂る、と歌って一気飲みした。都市は喧騒と悪意でごった返しし、嘲笑と腐臭をたなびかせてモノクロームにきらめいた。哲学者のキルケゴールが言うには、むかし、どこかの都市で舞台が上演された。一幕が終わり、次は道化の茶番劇だった。しかし誰かが悪意で劇場に火をつけた。それを知った道化は扮装のまま舞台に上がり、火事になったからみなさん避難してくださいと観客を避難誘導した。観客は冗談だと思い有頂天になって大笑いした。道化はひるまず、冗談で言っているのではないくて、本当に火事なんだから口を閉ざして早く劇場から逃げろ、と訴えた。その必死な姿がおかしいと観客はいっそう大笑いした。彼らは帰らぬ人となった。防災意識が未発達な時代の、悲しい一幕だった。朝には紅顔ありて夕には白骨となりぬ。天網恢恢疎にして漏らさず。その犠牲を乗り越え、都市文明は顕著に発達したのだ。DeepPuple「Smoke on the Water」を口ずさみながらそんなことを思い出した。
みな張り切って働き、労働を天に捧げた。女性の部下が深刻な顔色で仕事にとりかかっている。「根を詰めてるね。調子はどうだい?」「自由になろうと働いていますが、経済力は別の切り口で見るとシガラミのことなのだから、まるで蜘蛛の巣にかかった蝶です。このまままっすぐ道をゆくと、いったいどこへたどり着きますか?」陽気な口調で冗談めかし、「そりゃ栄光に向かって走っているわけだから、乳とはちみつが川になって流れる土地へ辿り着くはずさ。」部下は深刻そうな態度を崩さず、「観察ではそのぶどうはまだ未成熟だから、すっぱそうに見えます。」それでも陽気で冗談めかした態度を崩さず、「熟れたぶどうは自ら搾取されることを望むというけれど、どうしても気に入らないのなら、無理には勧めないよ。」「資本家の求める労働力を再生できなくなった労働者は、いったいどうなりますか?」「ブレーメンの音楽隊のように、どこかに辿り着くさ。」「お話をして。」「むかしむかし、織姫という働き者の機織りがいました。夜っぴきで働いて、錦の反物をこしらえました。それをご覧になった天の神様はお喜びになり、織姫にお似合いの花婿を差し向けました。牛飼いの彦星と気の合った織姫は、それからというもの遊びに夢中になり、仕事のことは忘れてしまったんだって。めでたしめでたし。」そうして二人の人生が始まり、生活を一緒に送り、愛の讃歌が降り注ぐ毎日になった。きらびやかな結婚式でお披露目し、華やかなハネムーン旅行で幸福にすると誓った。新居は都心にほど近い賃貸アパートを選んだ。しかし生活がぬか味噌のかほりを漂わせ、舞い上がった心がカレンダー通りの習慣に落ち着いた頃、妻は憂いげにつぶやいた。「もしも私達の美しい生活を誰かが妬み、その急所は汗を流して稼ぐあなたとターゲットを絞り、荒んだ魂があなたを傷つけようと企むとなると、誰にでも優しいあなたは、無防備な笑顔を崩さず、暗礁に乗り上げることでしょう。そのような悲劇に見舞われたら、私はどう生きてゆけばいいのかしら?」「察するにいまは低金利だから不動産がほしい、ということだね?」魔像の憂いがひとつほどけ、かすかな微笑みが宿った。「じゃー次の休みの日、不動産屋へいってみようか。」日月はめぐり、約束の日になった。街道をゆく。晴れた空。「君は駅チカのマンションと郊外の一戸建てのどちらがいい?」「子供が生まれたらのびのび育てたいから、郊外の白い一戸建て。真っ赤なバラと白いパンジーと子犬とあなたがいてほしい。」「部屋にはワイシャツと君がいるわけだ。通勤しやすいというと、どこらへんなんだろう。郊外って言うけど、都内じゃなければダメ?」そんな話をしながら不動産屋を目指した。街も人も美しかった。
新居で時代性に思いを馳せれば、自分の職業がなんであるのか、問われない季節に生きている。フランツ・カフカ「城」をパラパラめくっていると、ブルジョアの父を目指すが、その仲間には入れてもらえないということだと理解した。この時代の城は城壁はないが、市民が形作る経済発展の力のことだ。その力を養うために若者の半分は大学の教育を受けるが、高等教育の大衆化というのは、口笛を吹きながら一杯やることと同義だから、みな力のこもった技工を凝らして人生を彩らせている。シラフではない仲間を大いに集め、奸雄佞臣は群雄割拠し、霊鬼異類は跳梁跋扈し、魑魅魍魎は神出鬼没し、百鬼夜行は役職を着飾って序列を綾なし、その行軍は一糸乱れず、知の武装闘争は旧癖を圧倒し、文の機動戦は激越な争いに常勝し、真なる民族自決を勝利に導き、戦いが終わって滅ぼした敵を懐かしむのだ。鐘の音は凱旋する部隊を高らかに言祝ぎ、笛の音は人民の心をとらえた。都市の昂りはビルデイングの高みとなって現れ、みな頂上を目指すルートを血なまこになって探している。なにはともあれ稼げる身分を勝ち取り、敵が容易に近づけない階層で生活を送った。労働上の失敗は国民国家が請け負い、経営上の利益は独り占めできた。実に乳とはちみつの流れる土地に、ぶどうは熟れてたわわと枝ぶりを誇っているのだ。なにかが足りないと思い悩む怯懦な精神は生ゴミの日に所定のゴミ捨て場に捨て去り、勝利者は身の万腔を震わせて咆哮した。李徴は勝利の記録を克明に記し、流星はその名残を虚空に示して武蔵野の地平線に没した。虎よ虎よ、真夜中の水辺に遊び、不死身の姿が水鏡に映り、爛爛と狂気に輝くその眼が、野生の輪郭を捉えて驚くことがありませんように。もんたよしのり「ダンシング・オールナイト」を口ずさみながらそんなことを連想した。
屋根の雨だれが石畳に痕跡を残すように、毎日の習慣が脳に器質的な論理思考回路を形成し社会的な性格を形作るように、仕事ははかどり労務は順調だった。上司が働きかけてきた。「勇気があればあやかしを振り払えるが、元気がありすぎても厄介だな。」「なにぶん不調法者ゆえ、狼藉の角はお赦しください。」「19世紀の実存派の人生に学んで、我々が暴虎馮河の勇をなぜ慎むのか、考えてみなさい。」「はっ、率直に申し上げますと、積み重ねられた努力を前に、恐れとめまいを感じいります。」頼むよ、とおっしゃって上司は去っていった。夏を知らせる緑風がビルデイングの谷間を通り過ぎ、国際都市はいよいよ発展に向かった。斜陽の輝きが今日も一日よく務めたとねぎらい、野鳥がなにごとか高く声明している。仕事が引けると、この日は法事だった。事業経営を始めた関係者の13回忌だった。ロッカールームで喪服に着替え、上司とタクシーに乗って式場へ向かった。式場は大変な混雑だった。人徳があったのだろう。僧侶は梵語音で般若心経と法華経を唱え、順番になったら仏前でお祈りを捧げた。関係者のスピーチが始まり、上司もなにごとか挨拶をし、お清め代わりに夕食会の席になった。宴会のようなものだったが、上司は関係者と故人を偲ぶ話をしていた。「先生がお亡くなりになってだいぶたち、世の中も変わろうとしています。」「政党政治は後退し、民主主義の形も変わろうとしていますが、われわれも座して死を待つわけには参りません。」「理性が生きていれば・・・。」腹の中で、理性は若者のカップリングを妨害したのだから、周囲から疎まれ、体調を崩したのだ・・・。しかし言い出せない。胃も満ちアルコールも回り、しかし崩れることなく家路についた。風呂に入って一服した。妻が憂いげだ。「生ゴミの日は明日なんだけど、きょう勘違いして出してしまったの。そうしたら隣近所の方々がすごい剣幕で怒鳴り込みに来て、秩序を崩すつもりか、と発狂されてしまって・・・。」「つらかったんだね。でもそんなこと、なんでもないよ。市の公報をよく読もうね。」「人はあんな、怖い顔するのかしら・・・。私は恐ろしくなって、うろたえてしまって・・・。」「それじゃあ、今度プランターと苗を買って、トマトやキュウリを植えようじゃないか。それで育てた作物を捧げて、ご近所様のご機嫌を取ろう。」
出先でむかし習いごとをしていた時の、だいぶ年長の兄弟子に巡り会った。懐かしさがこみ上げてきてつい歓声を上げてしまった。街頭で話し込むのもみっともないから、すぐそこの立ち食いそば屋に入った。券売機でかけそばの食券を買った。話し込んだ。「第一次産業はエコシステムから収奪し第二次産業は鉱物や石油を加工しさえすればよかった。しかし第三次産業で収益を上げるにために各国各社様々な工夫を凝らすのだが、形のないものに愛を吹き込んで市場に回すという行為がいかに難しいことなのか、栄枯盛衰の激しさ、人の心の移り変わりの早さとは、なんたることなのかと大いに戸惑うよ。」「私はいろいろな人に学びましたが、ちょくせつ師のご指導を受けた兄弟子がうらやましくてなりません。ガントリークレーンや人工タンパク質といった取引で成功を収めた時代の息吹が、きょうは薫風となってあたりを包みます。あの時代があっていまがあるのですから、私は年少の怠け者ですが、この業界が末広がりに拡大してゆくことを願ってやみません。」「人はテクノロジーを脳天気に信奉しているように見えて、なかなか狷介だな。つい最近までバブルの華やかな夜の夢に恋々としていたのに、いまは夢想の構えで攻めるようにも守るようにも見える。」「むかし欧米諸国は個人主義で、アジアは自らが代表できない集団主義だという言説が流布されていました。でもメディア越しに確認する限り、彼我の立場は、微妙に変わってきていますね。特に日本人は自らが代表をするわけではないが、日本的な個人主義が顕著になりました。」「学生運動の時代の書物をひもとくと、理論や原理では決して欧米に劣っているわけではなかった。しかし表面に現れない組織や集団をオルガナイズする経験や知識が、やはり株式会社に比べて劣っていたのだ。学生運動に欠けて株式会社が長じていたのは、右翼的傾向における商売への肯定的関心だ。この意識が日本的な個人主義を成長させたのではないか。」「相手をどう上品に食ってやろうか、という意識ですね。」「君、ハーモニカを吹くように焼きトウモロコシにかじりつくんだ。下品なやつは嫌われるけど、相手を仕留める力は必要だ。これを超克して、いまの株式会社があるんだな。」「しかし極論をすると、商品をマウスのクリック一つで製造できるようになり、紙幣もコピペするように印刷する時代に、若者は商売に対する肯定的関心を維持できるのでしょうか?」「それはこれからの問題だね。リフレ政策はたしかに泥棒と同義だが、それは利益を受ける若者が、裁判の席で弁護するしかないだろうね。金融緩和で紙幣を印刷し、銀行が企業に貸し出し、企業が国内に投資し、若者に仕事が行き渡るんだから。」「江戸時代にもリフレ政策はありましたが、260年続いた体制をどう評価するのか、未だに議論が紛糾します。」「俺は、この時代の方が、江戸時代よりも日本人の性格に適合していると思うんだがな。しかし近代国家80年寿命説の磁力も、だいぶ強力だ。ギリシャは人権と組合に守られた公務員を、リストラしないらしいな。」「伝聞ですが、投資家のあいだではもうヨーロッパはギリシャのユーロ離脱を織り込んで、ユーロはうまくゆくと見込まれ為替が上昇しているそうです。これは急進左派のチプラス政権がギリシャの国民に、自分たちは健闘したとうまくアピールでき、ギリシャの国民にもういいぞ、ナイスファイトだったぞと受け入れられたことを、ユーロの高官が確認したためのようです。」「彼らも必死に国家をオルガナイズしているんだな。」
社に戻ると部下がテレビに食い入っている。「どうした? ラドンでも飛んできたか?」「これは世紀の決戦ですが、茶化すのはやめてください。安保法制に反対する若者が都心に結集して反戦を訴えております。このポイントから、日本の左翼は反貧困ではなく反戦を選んだことがわかりました。」「どういうこと?」「反戦というのは、中国や朝鮮半島の国々に、かつての蛮行は繰り返さない意思を示す、ということです。しかし貧困というのは、中国や朝鮮半島の国々から搾取ができなくなって起こったことですから、反戦と反貧困は矛盾します。」「それじゃあ反戦とリフレ政策反対論は矛盾しないってことか。平成の歴史は貧困が昂進して若者が右傾化したということだけれど、より年下の若者は自分の選択と社会のすう勢が咬み合わないのではないか?」「社会的栄達よりも、戦後意識の保守本流として、人権感覚に適格する精神を選んだのでしょう。」「そうか。彼らの選択が、この国際都市にふさわしい選択として、後世に寿がれるようになることを、まずは祈るとしよう。貧困を苦にしない肉体に異議申し立ての精神が宿りますように。」「そして、平和と闘争の暁闇で、自分の存在がだれにも悟られていないと悟るものが、明日の創造を担当し、運命の打撃に胸を張って耐え切りますように。」「社会は観察すれば観察するほど混沌とした姿をあらわにする。天文学における大宇宙の観測と物理学における素粒子の研究とは、しばしば齟齬が起こるらしい。経済学でも国家を形成する視点に立ったマクロ経済学と個人における経済観念は、しばしば矛盾が起こる。大人になったつもりで若者を観察し、不遜にも規範として経済力の涵養を祝いできたが、当の若者が10年安保を形成するとは、意外な出来事だった。経済問題の当事者である若者のかような選択は、尊いことだ。」「ガス抜きだけで終わらなければいいですね。」「信用経済というのは国家が紙幣をトレーディングカードのように印刷し続けることであるから、帳簿の額面に対して実態を保証できなくなる運命にある。工場で努力して稼ぐより、資産運営のほうが多く実りをもたらす世界になった。だから、職務を遂行して労働の果実を得ようとしたが努力は対価として実らず、貧困の壁に人生が阻まれても、国民国家の誰かがそのような運命に必ず遭遇するのだから、自分の能力が友人に比べて劣っているのだと自身を責める必要はない。」「ヨーロッパの混乱は、ブレトン・ウッズ体制の基礎が緩んでいるのではないか、という観測があります。今回のリフレ政策はほどほどうまくゆきましたが、安保法制という右手で中韓を牽制し、戦後保守の平和主義という左手で握手し、東アジアの緊張的関係をコントロールすれば、ヨーロッパの混乱がこれ以上昂進しても、歯止めになるのではないか、と楽観します。」「ヨーロッパで生まれた政変の衝撃をアジアで吸収するのだ。」
帰路で閉店間際のホームセンターに寄り、プランターと腐葉土と、トマトとキュウリの苗木を買った。レジは長蛇の列だった。並んでいると、後ろのほうで年長の男性が理想の上司がどうの、と語り合っているのが聞こえた。話をまとめてみると、彼らにとって理想の上司とは、イエス・キリストのような救世主のことなのだ。茹で過ぎたパスタほどに、皆さんにはすくいあげるほどの価値はあるんですか、と心の中で毒づいた。翌日の早朝、プランターに腐葉土を入れトマトとキュウリの苗を植えた。妻の楽しそうな笑顔を見ることができた。「あと、育ったつるを支える支柱ね。水撒き、毎日しなくちゃね。」上からジョウロで水を撒くと、クタッとした葉に張りが出てきた。「肥料は何がいいんだろ? 図書館に行って調べてみよう。」「ああ、なんだか、目の前に緑があると、とてもいい気分だわ。この植物も、懸命に生きようとしているのね。」そんな会話をして、出社した。労働に身を尽くし、会社に忠誠を捧げる毎日は、戦場での争いのように矢継ぎ早に到来し、車窓に望む走馬灯のように去っていった。年を取るごとに体調の変化がわかり、親の繰言や上司の戒めを思い出した。くせ毛の上司が語りかけてきた。それにしてもこの会社は、部下よりも上司の方が多いのではないか。「いま中国の上海総合A株が下落して、それをどうも金融緩和で100兆円ほどトレーディングカードを刷って人為的に市場価値を上昇させているけど、実物に対して紙幣が希釈されるわけだからインフレになるはずだよね。だから、今のうちに月餅を買い占めておけば、社会の信用創造の一助になるのではないかという観測があるけど、どう思う?」「保存に一念が必要ですが、御用の向きというのであれば、骨を折って汗を流します。」「それと、こうして社会に組み込まれて経済取引をし、国際社会に打って出て飯を炊いでいるからには、君はもう山紫水明の魑魅魍魎ではなくて、国際都市の世界市民なんだから、月餅を保存するために冷暗所を確保するだけでなくて、世界連邦を基礎付ける国際潮流のために二念も三念も絞り出してもらわなければならないのだから、そのつもりでいてほしいね。」冷や汗が吹き出し、動悸とめまいがした。それでも言わなければならなかった。「この国際都市で生活していますと、鉄筋コンクリートのビルデイングやアスファルトの高規格道路を眺め、自分の肉体もああした何かしらの設計図通りに作られた製品のようなものではないか、と連想します。明晰な科学で参照しますと、労働の辛さや、人生の閉塞感と言った感情も、何らかの物理的化学的社会的現象なのではないか、と受け入れもします。しかし、現象の一片を取り出して、仮説を作り上げ実験をし実証するという一連の流れで、たとえばカマキリを捕獲して鉛筆で彼の行動を妨げようといたしますと、彼は自分が主で人が客だと思っておりますから、大変立腹して怒りの拳を振り上げます。そうした現象を取り上げて、消費者が生産者を確保しようとする振る舞いを、本当に数字とアルファベットの組み合わせだけで示すことができるとお思いですか?」「いまのところはまだ難しいが、私は可能だと思うね。あらゆることを、数理モデルで表現するとなると、うつ病患者と不眠病者を大量生産することになろうが、エネルギーを半分だけ充填したウォーシップは、徳山を出港し豊後水道を南下してしまったんだよ。」「仮にですよ、本当に自然科学で世界を数理モデルで示すことができ、社会科学で未来の出来事が予測されるようなことがあっても、人の心の中を解き明かすことは難しいのではありませんか? 正直に申し上げますと、これは能力の至らなさですが、私は人の心がよくわからない。胸の中では自由にならない風がただ吹き荒れているだけなのではないか。」「何とむなしいことか! すべてはむなしい。人が日の下で骨折って働くそのすべての骨折りになんの益があろう。伝道の書と言ったところだね。君の言い分もわかるけど、これだけの知的営みが蓄積され、この世界的閉塞感で満たされた国際都市で、自由にすることができるのは、息の吐き吸いと怒りの拳を振り上げることぐらいだよ。せめてそのくらいは尊重されなければ、我々だってやっていられないよ。」「我々は、怒りの拳を振り下ろされるポジションなのでは?」「この国際都市は不思議な都市だ。よその世界では、資本家と労働者で切り分ける社会科学が流通しているが、この国際都市にマル経をそのまま輸入してしまうと大変だ。なぜならば、この時代のこの国際都市の対立は、資本家と労働者だけではなくて、正規雇用と非正規雇用の対立も成り立つからね。君の言い分は最もだし、自分の矛盾もわかるんだけど、怒りの拳を振り上げて立身出世が成り立ち、社会資本の信用創造に一役買っている情勢で、今から引き返すというのも、大変なことだよ。君の言い分は時速300キロメートルで走行しているスポーツカーのギアを、とつぜんリアに入れてしまうようなことだ。前任者の立場から改めて申し付けるが、この世界は時速300キロメートルで進行しつづけなければ成り立たないんだ。月餅の購入と冷暗所の確保と共に、そうした問題を、どうか謹んで引き受けてくれ給え。」
向こう側の人員と連絡を取り月餅のカタログを送ってもらい、冷暗所として港近くの倉庫を確保した。そんなこんなで労働し生活していた。トマトとキュウリの苗がだいぶ育った。収穫の喜びを、なんとたとえよう。「いろいろ紆余曲折があったけど、こうして君と収穫できるまでに、トマトやキュウリと共に僕自身も成長したんだね。それじゃあ半分はこのまえ失礼したお方に捧げよう。」平たいかごに野菜を取り揃えて外出した。自治会長の自宅へ辿り着いた。インターホンを押す。自治会長は在宅中だった。「突然おじゃまして申し訳ありません。先日生ごみで失礼した件を謝罪しにお伺いしました。お時間はよろしいですか?」「時間はあります。お話を伺いしましょう。」「私共は、つい先日結婚し、この地に奇遇を得て転居してきましたが、まだ若く、この地の習わしに詳しくありません。若いからといって無理をしていいわけでもありませんし、その地に慣れていないからといって無法が許されるわけでもありませんが、最初から何から何まで知るほどの知恵は持ち合わせていませんので、国際都市の世界市民の立場であっても、この地の習わしに準拠する努力を、これからしてまいりますので、どうかこの供物をお取り置き下さいませ。」「世界市民の方々には、この社会が戦争で焦土となり、自然状態から社会化が始まった経緯を後知恵でご存知のはずです。あのとき、様々な事件事故がありましたが、こうして懸命に生きてまいりました。この時代になってわかりましたが、人には個性があり、また、自然状態から社会化が促される過程で、労働に身を尽くす者もいれば、家庭の小さな池の中で泳ぐ金魚として生きるに越したことのない者もいますが、生活の形式に一定の枠があることに気付かされます。この時代に、人生の自己決定論が盛んに流布されていますが、一定の枠というのは、天から受け取った持ち前と陰陽の理に従うという私達の価値なのですが、私達の価値は、みなさんのあまりにも自由な振る舞いに、震えて揺れてしまうありさまです。皆さんの一挙一動でGDPが上昇しており、ネーションステイツやエスニックの帳簿上における発展の一助とも摩滅の一撃とも承りますが、その強い光を、どうか和らげて見せてはくれませんか。」「この国が焦土になったことは、そのような教育を受けてまいりましたので存じ上げておりますが、国際都市を取り巻く周縁の農地は、焦土にはなりませんでした。国際都市の世界市民は、みな無政府主義になればうまくゆくとアルコールに浸りながら考えたものですが、農地の生活者は、三世一身の法を経て墾田永年私財法で農地での生活が約束された高貴な身分ですから、そうした経緯をよくかみふくんで、後世につながる我々が、よくよくそのような秩序に準拠し、現況に従うことを誓います。」
仕事でアクシデントがあった。向こうの人員には、月餅の取引をしようと持ちかけ、カタログを送るように申し入れしたのだが、やりとりに齟齬があって、月餅のカタログが大量に送られてきたのだ。色々応答があったが、向うは頑なに間違いを認めない。倉庫いっぱいのカタログの責任を取らなくてはならなくなった。社内では左遷かリストラか、色々噂されている。トイレに駆け込んで、涙にむせんばかりになって妻に連絡した。「僕はどうやらスポーツカーの操作を誤ったようだ。ガードレールにぶつかって、大破してしまった。」「こんな話があるわ。人類はアフリカの谷間で生まれ、道具で火の制御を覚え、言葉で共同体の統御を学び、意識を生産の場から消費の場へと移すと国際都市が生まれ、額に汗を流して仕事をするよりも金融資産で利息を取ったほうが有利になると、女性側の圧力で性淘汰が進み、入り混じったカップルから一組のカップルが生まれ、一組のカップルから一人の子孫しか生まれなくなると、80億の人類は1000年かけて約一名の相続人へと収斂するの。神の言葉も技術革新も、ネイションステイツもエスニックも、コングロマリットも56京ドルの金融資本も、たった一人の専有資産となって、不信と軽蔑の怪物に鍛えられた種子は選りすぐられた霊に満たされ、さざなみを従えた時間は満ちた月を眺望するの。階級闘争が終わり、人類は成熟し、これを滅亡と呼ぶのか、それとも進化の始まりと捉えるのか、その先の物語は、その子の意のままよ。」妻のねぎらいと情けが、携帯電話越しに伝わってきた。それからずっと良くなった気分で、家路についた。列車は国際都市を貫いて進行した。夕闇に人為の肢体があらわになり、みなの一挙一動が感じ取られた。ただ人が人に尽くそうとする姿が、こうして鉄筋コンクリートのビルデイングとアスファルトの高規格道路となって現出しているに過ぎない。しかし、国際都市の世界市民としての立場が危うくなると、国民国家の人員として身をやつすしかない。客観的に見て、一人でも多くの国民国家の一員が、国際都市の世界市民に出世できる世界が、よりいい世界だ。しかし、国際都市の世界市民として生きるということは、国民国家から収奪するということと同義だ。矛盾に悩んだが、一つの結論を出した。これは物質界の限界なのだ。この世はウロボロスのように、蛇が自分の尾に噛み付き、十全としているようで、不満が渦巻いている。意識が因果を含んで物質に痛みを与え、業となって悶えている。その働きが万物を揺り動かし、波となってハビタブル・ゾーンに伝達し、自然淘汰の世界で個性が凝縮され、意味や役割が生命力となって生体に顕現し、ヒトザルに本能から一歩距離を取るよう知恵や勇気を与え、登場人物が歴史の中で躍動し、妻との出会いにつながったのだ。無力なものの言葉が、ややもすれば自然状態の無気力な底で暮れかかる我々に、社会化を促すのだ。そんなささやかな幻想を胸三寸に畳んで、日々感想を漏らし、健気に生きている。吊り革に片手を預けて、妻の先ほどの言葉にどう対句するものか、思案を重ねた。国際都市は生きている。
<了・20150827 ネット投稿・20151020>
現代社会で否定されがちな言葉で、虫の知らせというのがあります。筆者の幼年時代にはまだ草っぱらが残されていて、トノサマバッタやアゲハチョウなんかを捕虫網で捕まえて遊んだものですが、ああした昆虫には意識がなく、本能の赴くままにその人生ならぬ虫生を全うしているのだという教育を受けてまいりましたが、本当にそうでしょうか。意識というと、言葉を用いだして意志や考えを伝え合い、合議の上で社会を運営してゆく、という思想がかたわらにあるわけですが、この社会では機能しなくなりました。資本主義の腐海が広がるほとりで、始終どう生活を送ろうか悩む我々は、己のハダエを超えて相手に心緒が伝わるには、だいぶお金と手間暇をかけねばなりません。ときおり気まぐれで街へ出向き、インドネシア産のコーヒー粉やチリ産の塩サケを買い込んで、ビル風の吹きすさぶ街角でますます顔色の悪くなる風向きを感じ取りますが、それもひとえに社会が成長しきって人民がアトム化し、砂丘の砂粒のように根拠がなくなったためではないか。人と心がつながっている、ということに微温的な不快感を感じる向きもあります。悪よりも偽善を憎む時代ですが、孤独の深みに嵌り込む苦痛の回避とどちらが優先事項であるのか、悩ましい判断であります。個人の事情に連なる出来事ですが、むかし家族が夢を見て、夢の中である知人の死に立ち会った。そんな他愛のない話題が会話の上に登ったことを覚えていますが、一週間後、その知人が他界したことを伝聞で知った。学も身分もない一族ですが、偶然の一致に合理的な説明を求めがちになります。その知人とは地理的に遠く隔たっており、しばらく面識もありませんでした。そうなると、あれは虫の知らせだったのではないか、という結論になります。そういうオカルト話をすると、あの男もついに・・・と憐憫の情をお受けするやもしれませんが、国民国家という歯車の連なりがうまく駆動しなくなった時代に、ルソーやマルクスが泥酔して横になって休憩している時間に、かつて放擲したはずの世界観が、白昼夢として現れ出るという物語に、なにがしかの価値を感じる年頃になったという認識を告白します。やらなければならない仕事をするために、そう認識するという立場を取るというだけの話ですから、ローリスクローリターンのポジションが安泰な時代ではありますが、あえて焚き火の中へ踏み込むものであります。焼け残った灰の中から、芋の切れっ端でも回収できれば、儲けものではありませんか。




