邂逅~人ならざるもの~
刺されて倒れたクラムの影が音もなく伸びていく。その影を見て、ストウは身構える。
「やっと、来おったか。全く手間を取らせよって」
ネリスの言葉に答えるように影から声が聞こえてくる。
「ハハハ、チカラヲウバワレタ、アワレナアクマ、ネリス=イミテウスカ」
「ほう、我のことを知っておるのか。随分と有名になった物だな」
「アタリマエダ、サタンサマにサカライ、ダラクスルアクマノハナシハ、ワレワレノ、ワライバナシダ」
影の言葉にクックッと声を漏らす。影は笑い声とも取れる、ネリスの声に反応を返す。
「キガクルッタカ」
「なに、この我にそのような舐めた口を聞いて生き残れると思っている事が愚かで仕方無い」
ネリスの挑発する言葉に、影の雰囲気が殺気を含んだ物に変わる。
「ナメテイルノハ、ソチラダ! チカラノナイゼイジャクナアクマメ!」
伸びていた影が立体的に立ち上がり、真っ直ぐネリスに襲いかかる。
「フン、ストウ来たぞ」
ネリスの前にストウはナイフを構えて攻撃に備える。だが、影はその姿を嘲笑して、速度を緩めない。
「ソノヨウナ、ブキで、ワレガヤラレルワケガアルマイ」
その言葉は嘘ではない。実際にストウの構えたナイフは錆ついており、人間相手にも勝てるかどうかは定かではない。
ストウは影から伸びた手がナイフに触れる寸前に呟く。
「デボーティオ」
影の伸びた手をナイフで受け止める。本来なら届かないナイフ。だが、影の手は真っ二つに切られていた。
「ナ、キサマ、ソレハ……」
ストウの手に握られていたのは錆ついたナイフではなく、反り身の剣。
カットラスと呼ばれる剣の刀身は、明るい紫色に輝いていた。
「なるほど、本当に効くんだな」
「なんだ? 疑っておったのか?」
「仕方ないだろ。実際に悪魔と戦うのは初めてなんだから」
自分の剣が効いたことを確認するように二、三回振る。
影からの声がそんな中で響く。
「ソウカ、マリョクヲキル、マホウヲカケタナ。マァイイ。ゼイジャクナニンゲンナドワレノテキデハナイ」
そう言い放つと、立体的になり、姿を作り出す。今までの不定形なものから、明らかに人の形を作っていく。
その姿は近くに倒れ伏している少女の姿になっていく。
「クラム……」
ストウがその手で殺した少女の姿が目の前に立ちふさがる。
「貴様の殺した少女だ。苦しいか? 苦しいだろう。人間の感情など全く」
「黙れよ」
ストウは剣を下から振り上げ、クラムの姿の悪魔の右手を斬り捨てる。その腕は地面に落ちると共に消え、斬られた腕が再び生えてくる。
「ははは、貴様がいくら攻撃しようと、我が死ぬことは無い」
その言葉の通り、痛くもかゆくも無いと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「……やってみるか?」
返事を待たずして、再び斬りつける。腕を斬り、足を潰し、頭を落とす。だが、悪魔は意に介した様子もなく、斬られた箇所を再生し、ストウの体を貫く。
どうやら、身体の柔らかくするのも、鋭利にするのも自在に操れるらしい。事実、ストウの体には無数の切り傷が出来上がる。
「遅い。遅いぞ」
悪魔の鋭利になった右手がストウの左腕を捉え、切り捨てる。ストウの左腕が宙を舞い、地面に着地する。だが、その断面図から命の証を流すことは無く、ストウも痛みを感じているようには思えない。ただ、悪魔を見据え、剣を突き刺す。
「そうか。貴様、この悪魔に奪われたのだな。人間を止め、絶望して生き続ける。憐れな運命だな」
「黙れ」
身体の中心に剣を突き刺されても、悪魔は余裕の笑みを浮かべてくる。
「ネリスの手先になろうとも、ここで全てを終えてやる。頭をはねれば、さすがに死ぬだろう」
「……そんなことさせねぇよ」
「ほざけ。そのまま首を」
悪魔の言葉はそこで止まる。なぜか、身体が動かない。異常な倦怠感、虚脱感。まるで、大切な何かが抜けてしまったかのような、そんな感覚を覚える。
「あ、もう限界か?」
「そやつは悪魔の中でも力を持たない部類に入る。その程度で限界を迎えるくらいにな」
悪魔の眼前でそのような会話が繰り広げられる。
「キ、キサマラ、ナニヲ」
「その剣は貴様の思っているようなものではない。確かに魔を裂くための魔法は存在する。だが、そんなちゃちなものではない」
流暢に話していた口調は、苦しそうな物に変わっていく。ネリスは侮蔑の表情を浮かべながら、話し続ける。
「その剣にかけた魔法は、我の生み出した魔法だ」
「マ、マホウヲ、ウミダシタ……ダト?」
「それが貴様らの限界だ。すでにある知識を全てだと信じ込み、新しいものを追求しようとしない。愚かなのはどちらかな」
ストウはその間も剣を握る手の力を緩めることは無い。
「ジャ、ジャア、コノマホウハ」
「魔力を喰らう魔法だ。すなわち、貴様のような悪魔を殺すためだけの魔法だ」
その言葉に悪魔は絶句する。悪魔が悪魔を殺すことに特化した魔法を生み出すなど、常識では考えられない。なぜなら、悪魔同士が戦うことなど滅多にありえない。そのわずかな機会のためにそのような魔法を生み出すなど、非生産的この上ない。
ストウの剣がより深く突き刺さる。
悪魔は慌てて声を上げる。
「マ、マテ。キサマヲ、カイホウシテヤル。ダカラ」
「……命乞いは終わったか? それじゃあ」
剣をグイッと捻り、言葉を呟く。
「魔を喰らえ。インテリフィア・ディアブロス」
悪魔殺しの名を持つ剣が、妖しく発光し始める。その光に吸い込まれるように悪魔は消えていく。
その後には片腕の悪魔殺しと、妖艶に笑う悪魔と、二度と動くことのない少女がたたずんでいた。
月明かりも照らすことなく。夜は更けていく。