善意の代償
目の前で倒れる少年だった物を見ながら、クラムは息を荒らげていた。
知り合いを刺したのは初めてだった。今までは娼婦や売春を目当てに近づいてきた男が標的だった。顔は見たことがあるが、関わりは無い人間を殺してきたのだ。
罪悪感が無かったわけではない。それでも、知り合いを殺すことはそれまで以上の罪悪感があった。
「ふむ……やはり貴様だったか……」
教会へと向かうさっきまで、横たわる少年と歩こうとしていた道から銀髪をなびかせながら歩く少女が呟いた。
「ネリスさん……」
クラムは力なく少女の名を呼んだ。この少年と共に行動をしていた少女。少年に突き刺したナイフを抜き、握る手に力を込めてネリスに視線を向ける。
「聞こえるか? ストウよ。だから言ったであろう。まったく愚かな奴だ」
呼びかけるもストウはピクリとも動かない。
そのことをクラムは分かっていた。頭ではネリスを殺すことを考えていた。いくら心が否定しようとも身体は動き出す。
「ふむ……悪魔と契約を交わしたということか。愚かな人間じゃ」
その言葉に身体が固まる。ネリスを見据えた目に一瞬迷いがよぎる。
普通ならば町に夜な夜な現れる殺人鬼だと思うはずだ。なのに目の前の少女ははっきりと口にした。
悪魔――と。
「なぜ……そう思うのですか?」
「我を甘く見るな。同胞の匂いなど鼻をつまんでも分かる」
「同胞……?」
ネリスの言葉に眉を寄せる。
「簡単なことだ。我も悪魔なのだ」
あっさりと自分の素性を明かしたネリスに呆気を取られる。
「そやつは我の契約のもと縛られている物にすぎない」
地面に倒れ伏しているストウを指さしながら告げる。
少年をあっさりと物と言い切ったネリスに信じられないという目を向ける。
そんなクラムを嘲るように一瞥して、言葉を紡ぐ。
「なぜ貴様がそんな目をする? 今まで人間を虫けらのように殺してきた貴様が」
その言葉にクラムの胸が痛む。だが同時に言いようのない怒りも湧いてくる。
「あなたに何が分かるんですか!? 私だって人を殺したくて殺してたわけではないんです!」
「だが、殺したことには変わりあるまい?」
「それは……」
ネリスの言葉に目をうつむかせる。
「だって……司祭様……ムーナさんが!」
「ふむ……。なるほど。人のため……か」
ネリスはクラムの言葉に頷くが、すぐにその顔には嘲笑が浮かぶ。
「人間というのは愚かなものだな。人のために何かをすると言えば聞こえが良くなる。本質も見ずに情にほだされる。貴様も所詮は他人のためという免罪符が欲しいだけなのだろう?」
「そんなこと」
「ない。言い切れるのならば司祭など関係が無かろう? 結局貴様は自分を正当化しているに過ぎん」
クラムは言葉を発することができなかった。その言葉が真実だと分かっていたから。
「それでも……私はこのまま終わるわけにはいかないんです」
クラムはナイフを構えたままネリスに向かって走る。
ナイフが肉を裂く感触が伝わって来る。悲しいことに慣れてしまった感触に目をつむりながら。
「もう……良いんじゃないか? これ以上苦しんでも良いことなんか無いと思う」
その声はクラムが自らの手で刺し、命を散らしたはずの少年の物だった。
「な、なんで……?」
その声にストウはクラムの顔を見ながらどこか儚げな微笑みを浮かべていた。
「実は俺、人間やめてるんだ」
「え……?」
そう言われて手に持ったナイフがストウの腹に深く突き刺さっている事に気づく。だが、その腹部からは人間の生命の証である赤い液体が流れていなかった。
「な、なんで……血が……?」
クラムの呟きにストウは声を返さなかった。代わりにそのままナイフの持ち手を握りナイフを叩き落とす。
「あ……」
呆けたような声を出してクラムはナイフを目で追う。ナイフを取りに行こうとした手をストウは強く握る。
「もうやめろ。もう……苦しまなくていいんだ」
目を見据えそう伝える。だが、クラムはかぶりを振り叫ぶ。
「もうどうしようもないんです! こうでもしないと司祭様が認められることは無いんです! 司祭様のためなら他の人の命なんか」
「司祭司祭と見苦しい。結局はお主が自分で選び行動したものだ。それを他人のせいにするなど下らぬな」
必死の叫びをあっさりと切り捨てる。
「さしずめこう言われたのだろう。『契約すれば貴様の願いを叶えてやろう』まったく陳腐な言葉だな。それを他人のためと言い訳して行うだけ性質が悪い」
「じゃあ、どうすれば良かったんですか!?」
「そんなこと我が知るはずもなかろう。勘違いするでない。我は貴様を救いに来たのではない。むしろ貴様を」
「黙れ!」
それまで口を開かなかったストウが口を開く。
目にははっきりと敵意を宿しネリスを睨みつける。
だが、そんなことでネリスは口を止める訳がない。そのまま蕾のような唇を震わせ言葉の続きを告げた。
「貴様を殺すために来たのだからな」
「!?」
クラムの目に恐怖の色が宿る。今までの狂気じみた思想を挫かれた今、一層色濃く死の色が襲いかかってきているのだ。
「ストウ。やれ」
感情の籠ってない声を聞き、ストウの拘束から逃れようと暴れる。ストウは苦しそうな顔のまま少女の細い首筋に手を伸ばす。
「ごめん……な」
ストウは泣きそうな顔のまま静かに手に力を込めた。
少女は二度と動くことは無かった。
月明かりに伸びた影が動き出した。
非常に私事なのですが進学のため生活ペースをつかむまで更新できない可能性もありますが続けていきますのでこれからもどうぞよしなにしてやってください。