昼と夜
「ストウさーん! 休憩しませんか?」
クラムの声がストウの耳に届く。今日のストウは朝から屋根に上り、補修作業をしていた。
「あ、ああ……。そうさせてもらおうかな」
空を見上げ、太陽が頂点まで来ている事を確認する。
階段を伝って地面に降りる。久しぶりに踏みしめる大地が妙な安心感を与えてくれる。
「はい! どうぞ」
クラムから手渡されたタオルを受け取り汗を拭きとる。次にパンを手渡される。昼御飯だ。
「あの……どうかしましたか?」
「え?」
調子の外れた声がでる。
「な、なんで?」
「なんだか……勘違いだと思うのですが、私のことを避けているような」
その言葉に息苦しさを覚える。確かに今日のストウはあまりクラムの顔を極力見ないように努めていた。昨晩ネリスに言われたことが頭をよぎってしまうからだ。
「そんなこと……ないよ」
そう答えることが精一杯だった。疑っている事はストウの心に少なくない動揺を与えていた。
パンを掻きこむように胃に納めた。
今日も太陽はギラギラと責め立てていた。
屋根の修理を終えたのは夕方になっていた。クラムのことを考えていたせいで作業の進みが遅かったのだ。
(俺にはクラムが悪魔だなんて思えない。悪魔があんなに純粋に人のことを考えるか?)
自問自答しても答えが出るはずもなく鬱々としながら教会の入り口を開ける。
「遅かったではないか。すでに夕餉の時間じゃぞ」
ネリスの言葉にあいまいに答えておく。
「貴様我を無視するとは随分な態度じゃな」
「……うるさい」
わずらわしそうに返事するストウにネリスは溜息をつく。
「全く。可能性を提示しただけでそんなに沈むとは思わなんだ。まるで人間のようだな。良いことを示されると実現していないにも喜び、悪いことを提示されると起きても居ないのにそれに怯える。愚かとしか言えんな」
その言葉にストウは頭に血がのぼるのを感じ、気がつくと怒鳴っていた。
「それが人間なんだよ! お前には分からないだろうけどそうやって人は毎日を生きてんだ! お前にそんなことを言われる言われはねぇ!」
「それが愚かなのだ。言ったであろう。貴様はもう人ではない。口をすっぱくして言っておるにも関わらず認めんのは貴様だ。それを我のせいにされても仕方のないことじゃ」
「俺は人間だ!」
ストウの叫びにしばらく静寂を守っていたネリスだが軽蔑した目でストウを見ると溜息をもらした。
「それならば、どこにでも行くがよい。だが、目をそらしたところで何も変わらんぞ」
「うるさい!」
ストウはネリスに叫び、先程入ってきた入口から外に飛びだした。
「認めた方が楽になれる。さもなければあやつは壊れてしまうというのにのぉ」
どこか他人事のように呟いて開いたままの扉から外を見る。
夜の帳が町に降り立とうとしていた。
(くそ……くそっ! 俺は人間だ! 誰が何と言おうと人間なんだ……!)
暗くなりつつある町を走り抜ける。目的地なんて決めてない。ただ、むしゃくしゃを発散させるために走る。
しばらく走っていると町の広場に出る。昼間はそれなりに人が集まってにぎわっている。だが、夜の事件のせいで人の姿は全く見えない。その変化に何か不気味なものを感じる。
「あれ……? あれは」
ストウの目にはクラムが写っていた。
「クラム! どうしたんだ」
今や夜に出歩かないことは町の人間はみんな知っているはずだ。わざわざ出歩く理由は無いはずだ。
「あ、ストウさん。ちょっと買い忘れたものがあって」
「今出歩くのは危険だよ。一緒に帰ろう」
「もしかして私を迎えに来てくれたんですか?」
実際には喧嘩をして飛びだしたのだが妙にばつが悪くて、頷く。
「わざわざ、すみません。じゃあ帰りましょうか」
「ああ」
このまま帰ってもネリスとは顔を合わせる気も無いのだが、クラムを連れて帰ってから考えることにしようと自己解決する。
帰路につくとクラムは先程までの快活さが消え、黙り込んでしまう。そんな様子に心配になったストウは声をかけた。
「どうかしたのかい?」
「い、いえ……なにも」
「その態度で信じろって言われても信じられないな」
少し威圧的だったかもしれないと思いながらクラムの返答を待つ。
「そう……ですよね……」
うつむきながらも返答を返す。
「すみません。ちょっと後ろ……向いてもらっても良いですか?」
「? ああ」
突然の言葉に疑問に感じたようだったが言われたように後ろを向く。
しばらくすると背中にわずかな重みをストウは感じる。ストウの背中にクラムはすがりつくように顔を埋めている。
「……すみません」
「え? 今なんて」
ストウの耳にクラムの言葉は届かなかったようだ。
だが、そんなことを気にする余裕は無かった。ストウの背中に肉が裂け、鋭利なものが自身の中に入っていくのを感じる。
顔から地面につっぷするように倒れたストウの背には銀色に光るナイフが刺さっていた。
少女は倒れる少年をただ、ただ感情の無い瞳で見つめていた。