教会のシスター
「あ、ここです」
少女は町の片隅に立っている教会の前で立ち止まった。
「そうか。じゃあ、俺たちは」
去ろうとしたストウの袖を少女が掴み引きとめる。
「良ければお茶でも飲んで頂きませんか?」
頷こうとしたストウを咳払いをしてネリスが戒める。
「さすがにそこまで世話になるわけでは」
「いいえ。せっかく助けて頂いたのにお礼をしないようでは私が神に叱責を浴びてしまいます」
その後再三断ったものの、結局根負けして教会に入った。
ネリスは溜息すらつかなかった。
「しばらく待っていて下さいね。お茶を入れますから」
客間にストウとネリスを通してその場を離れる少女。ストウはネリスの冷たい視線を感じながら周りを見渡す。
装飾品はかなり古く、ところどころ壊れかている物もある。
あまり裕福とは言えなさそうだ。
「おい! 聞いておるのか!」
ネリスの声に我に返る。顔を向けるとかなりご立腹のようだった。
「まったく。あれやこれやと流されおって。余計なことをするなと言っておるだろうが」
「しょうがないだろ。あんなに熱心に誘われたらさすがに断りづらいって」
その言葉にネリスは大きくため息をつく。今日だけでかなりの数をついているに違いない。
「そんな人間らしい感情は早々に捨ててしまえ。さっきも言ったであろう貴様は人間ではないのだから」
ネリスは言葉を途中で止めた。少女がお茶を持って部屋に入ってきたからだ。
「お待たせしました。どうぞ」
何かを言いたそうなネリスを無視してカップに口を付ける。
「うまい……」
視線を移してネリスの方を見ると、満足そうに飲んでいるのが映った。
「あ、申し遅れました。私クラムと申します。改めて先程はありがとうございました」
頭を下げる少女に笑って応じる。
「構わないよ。さすがにあれを見逃したら後味悪いだろうし」
「いえいえ、皆最近ギスギスしてて……助けて貰えてよかったです」
「そもそも、悪魔が出るというのに夜に出歩く時点で襲われても文句は言えないだろう」
ネリスの顔を睨みつけるストウだが、クラムが首を振りながら答える。
「いいんです。その通りなんですから」
「あら? お客様かしら?」
入口の方から声が聞こえ、目を向けるとクラムのようなシスター服を着てはいるものの、隠しきれてない豊満な肉体が目を引く女性が立っていた。
「司祭さま!」
司祭。教会の中ではそれなりの地位の人間だろう。
「あら、こちらの方は?」
「ええとですね……」
クラムが事の顛末を全て話し終わると、司祭は悲しそうな顔をしてうつむいた。
「それは怖い思いをしましたね……わたくしの力が及ばないばかりに……」
「そ、そんなことないです! 司祭様は頑張っておられます! 今回は私の不注意で」
クラムの言葉を遮るように、ネリスが咳払いする。
「ぶしつけなようだが、そちらの司祭様はこの教会の責任者か?」
「ええ。神の教えを皆様に広めるべく活動しております」
突然聞き始めたネリスに訝しげな眼を向ける。ネリスは何かを探るような目を司祭に向けていた。
「実はこやつは敬虔な信者でな。この教会の手伝いをさせようと話しておったのだ」
突然話を振られて困惑するしかないストウ。だが、表情に出さないように言葉を返す。
「ええ。そうなんです。実は僭越ながら各地の教会を回っていまして。ボランティアみたいなもんです」
少女は顔を明るくしたが、司祭は逆に顔を曇らせた。
「お気持ちは嬉しいのですが、そこまでお世話になるわけには」
「気に病むことはない。こやつは教会のために尽くすことだけを生きがいにしておってな。こき使ってやってくれ」
好き放題言われているストウだが、相槌を打って話を合わせる。我ながらよく出来たものだと思っていた。
「司祭様! せっかくおっしゃって頂いているのですから手伝ってもらいましょうよ」
「でも……」
煮え切らない様子の司祭を見てから、ネリスは二人に見えないようにストウの袖を短く二回引っ張る。もう一押ししろということだろう。
「気になさらないでください。神の教えにもある通り、隣人に手を差し伸べるだけなのですから」
ストウの言葉に納得したのか、戸惑いながらも司祭は手を差し出す。
「それではよろしくお願いしますね……ストウさん」
柔らかい手を握り返した。
「どういうつもりなんだ」
教会に備え付けてある寝室に通され、部屋にネリスと二人になって開口一番に問いかける。
「なに。ちとやな予感がしてな。あの司祭から妙なにおいがしてな」
「俺には妙なにおいなんかしなかったぞ」
ストウの言葉に首を振る。
「そのような意味ではない。悪魔のにおい……言うならば、魔力の残り香、そういったものがな」
その言葉に衝撃を覚えざるを得なかった。あの司祭とは出会ったばかりだが、そんな残虐なことができるとは思えない。
「貴様の言わんとすることは分からんでもない。だが、あくまで残り香だ。悪魔に近しいのかもしれん。それにあやつらが人間にとりつくのはさほど珍しいことではない。何かあった時には近くの方が何かと都合がよいのでな」
「理屈は分かるが……」
感情では理解ができていない。いや、司祭が悪魔と関わりがあるといったことではなく、別のことで頭を埋め尽くされていた。
「分かっておるだろうな? あの司祭に悪魔がとりついていた場合」
ネリスの言葉を引き継いで言葉を重々しく発する。
「……殺せば……良いんだろ……あの、司祭ごと」
呟いたような言葉はまるで自分の発した言葉ではなく、どこか遠く聞こえていた。
結局その日も眠ることは出来ないのだった。