月下の出会い
月明かりが差し込む町をストウとネリスは歩いていた。夜の町といえども酒場から騒いだ声が聞こえるわけでもなく、静まり返っている。夜に集中して起こされている殺人事件のため人通りは極端に少なかった。
だからと言って人が全くいないわけではない。夜の仕事……主に娼婦を中心に街角には人が見えている。
こんな事件が起きていても、生活のために危険な夜に出なければいけないのに娼婦達にストウは同情していた。
「まったく人間というのは理解に苦しむな。なぜ金を払ってまで性行為をしたがるのか」
ネリスが呟いた言葉にストウは苦笑を返す。
「仕方ない部分もあるんだよ。奥さんが居てもしてくれないときとかな」
「そういうことを言っているのではない。したければ襲えばよかろう?」
ネリスの発言に頭をかかえるしかないストウだった。
二人が夜の町を歩いているのは当然娼婦を相手にするわけではなく、犯人を捜すためだ。しかし、二人は自由気ままに歩き回るしかなかった。どこで事件が起き、どんな人が標的になっているのかが一向に分からないのだからとにかく歩きまわるしかないのだ。
「こんなことで会えるのかね」
「知らん。会えたら僥倖であろう。それに我々には腐るほど時間があるのだ。急ぐ必要もあるまい」
ネリスの言葉に嫌な顔をする。
「ああ。そうだな。俺たちには時間はたっぷりあるさ。けれど、この町の人たちは違うだろう?」
「我には関係のないことだ」
一貫して変わらない意見に苛立ちを隠そうとはしない。ストウは頭を振りながら声を荒げた。
「この町の人たちがどれだけ犠牲になっても良いってのか? 結果的にこの町の人たちを助けることになるんだろう?」
「そうじゃのう。結果的にはその通りじゃ。だがのう、それはあくまで結果であって我らが率先して人を助ける過程は含まん。我の目的は人間の保護ではないからのぉ」
「だからって」
反論しようとしたストウだったが、口を閉じる。そう遠く無い場所で甲高い悲鳴が聞こえたからだ。
「ストウよ。行くぞ」
「ああ」
二人は声のした方へと走り出した。
少し走ると路地裏に少女を囲む男たちの姿だった。少女はシスター服を身につけており、教会で働いているというのは想像に難くない。
男の方は誰を見ても粗末なレザーアーマーやローブを身につけていて、下卑た笑みを浮かべながら少女に剣やナイフを向けている。一目で見ても粗暴な輩であることには間違えようがなかった。
「あ、あんたたちなんなの!」
気丈にも男たちに叫び返す少女。だが、男たちは意に介した様子もなく笑い続ける。
「へっ、こんな夜に一人で歩いてるってことは実は俺たちを誘ってんだろぉ?」
「ハハハ、まじめそうな顔をして実は淫乱シスターってか」
男たちの輪の中に笑いが広がる。少女は男たちを睨んではいるものの、噛みしめた唇は震えていた。
「これ。待たんか」
男たちに向かっていこうとしたストウは襟元をネリスに引っ張られる。その時に「ぐえっ」間抜けな声が出る。
「何すんだよ」
ネリスを睨みつけるがネリスはどこ吹く風であった。
「あれは悪魔ではあるまい? 今派手に動くわけにもいかんのだ。動きを悟られると厄介だろう?」
「目の前で女の子が襲われてるんだ。助けに行くのが当然だろう?」
ストウの意見に鼻で笑って返す。
「それは貴様ら人間の理論であろう」
「そうだよ。だから」
言葉を続けようとしたストウを身体から溢れる冷たい雰囲気で制す。
「忘れるな。貴様は……人間ではない」
ストウの顔が凍りつく。その姿はまるで嘘がばれた時の子供のような気まずさを持っていた。
「俺は……俺は……人間だ」
力なく呟いてストウはネリスの腕を払い、男に向かって行った。
「まぁ、いいや。早くやっちまおうぜ!」
そう言いながら少女の服に手をかけようとする男に向かってストウはまっすぐ拳を突き出した。
「ぐあぁ!」
悲鳴を上げながら地面に転がる男を見て、ストウは周りの男たちを見渡す。五、六人といったところだろうか。
唖然とした男たちであったが自分たちが抵抗されているとようやく分かったらしい。手に持った武器をストウへとまっすぐ向けた。
「て、てめぇ! 俺たちが誰だか分かって手を出してるのか!」
「女の子を襲うやつらなんか興味ないな」
そう答えると同時に目の前の男に向かって足を踏み込む。まさか、近づいてくるとは思ってなかった男は面を食らったまま顔面に拳を入れられる。
横にいた男には姿勢を低くして足払いをして、体勢を崩させる。足元を崩され地面に落下しようとしている男の顔を掴み地面に叩きつける。重力や慣性も手伝って男はそのまま気を失った。
「この野郎っ!」
武器を振りおろす男たちはストウの身体を目掛けて武器を振りおろす。その武器はストウの身体を見事に捕えた。
「え……」
思わず呆けたような声を男たちは発した。自分が傷つけたはずの傷からは血が流れていない。否、それどころか切り傷も入っていないのだ。
「ど、どういう」
混乱した男の鳩尾に容赦のない一撃を加える。残るは二人。だが、その二人はすでに逃げ出そうとしていた。
「あ、悪魔だ!」
「に、逃げねぇと殺される!」
そんな言葉を残して逃走する。
戦闘が終わったことに安堵して息を吐き出すと、
「う、動くな!」
最初に殴った男は意識を失ってはいたものの回復して少女の細い喉にナイフを突き付けている。
「動くと、こいつを殺すぞ!」
男の目は未知なるものへの怯えで埋められていた。ストウが動けば恐怖に駆られてすぐさまナイフを突き刺すだろう。
最初の男を忘れ去っていた自分のうかつさを呪いつつ、ストウは動きを止めた。
「よーし、素直だな。いいか。そのまま動くなよ」
ストウを牽制しながら少しずつ後ずさる男。このまま逃がしてしまったら少女は無事では済まされないだろう。
どうしたものかとストウが必死に思考を巡らせていると、突然男の身体から力が抜け、地面に少女と共に倒れ伏した。
「やれやれ。だから言ったであろう。派手に動くな、と」
振り向くと呆れ顔で立っているネリスの姿があった。
「それに、力を使わすなと言っておるだろうが。貴重な力を使わせるではない」
憎まれ口を叩いてはいるものの、助けてくれたことには違いない。
「ありがとう。助かった」
「ふん。貴様の礼などその辺に落ちている石ころ同然の価値じゃ。そんなもの嬉しくもなんともない」
変わらぬ口調に顔をひきつらせながら、少女の方へと近づく。男の下敷きになってしまっていたので男の身体をどかした。
「大丈夫か」
声をかけたストウに頷く。
「あ、ありがとうございます……。あの、その、なんとお礼を言ったらいいか……」
「気にしなくていいよ。それより帰れるかい? 良かったら送っていくよ」
ストウの提案に「おい、貴様!」と怒号が飛ぶが気にすることなくストウは続ける。
「いや、この町には悪魔もいるって噂だ。是非とも送らせて欲しい」
「え、ええと、良いんですか?」
不安を感じていたのだろう少女に対して柔らかく微笑む。
「もちろん。それじゃ、行こうか」
「あ、ありがとうございます!」
少女の隣を歩くストウにやれやれと首を振って、盛大に溜息をついてネリスは後をついて行った。