06
訊かない方がいいことをさっきから訊いてしまっているようなので、私は黙ってスープを啜っていたが、やはり食事中の沈黙には耐えられない。
「そういえばティシールさんは何で今日会ったばかりの私にあんなにたくさんクリームとかをくれたんですか?いくらお客さんが来なくて売れないっていっても高いものですよね」
再びティシールは怪訝そうな顔をする。これはまた訊いてしまってはいけないことを訊いてしまったのだろうか。なんとなく、とか、この人のことだからそんな返事を期待したのに。
「私が昔できなかった分」
「できなかった分?」
「十代って人生である意味一番輝いてる時間だろ。今まさにあんたがいる時代。自分を磨くことに夢中になって、恋愛についてあれこれ悩む時代だよ。私にできなかった分をあんたにやってもらおうってだけさ。私と同じ思いをさせたくない。華の十代が終わって私みたいに後悔すんなってこと」
……いったいティシールはどんな十代を過ごしていたのだろう。訊くのが恐い。少なくとも普通の十代の少女の暮らしはしなかったってことか。
私は慌てて話題を変える。
「ティシールさんってずっと手袋してますよね。お気に入りですか?」
ティシールは風呂に入った後なのになぜだか指なし手袋をしていた。指を出してるのは作業のためとかなのかな。
「ああ、食事中だし気になったか。これが気に入ってるってわけじゃないが手を見せたくないんでな」
すみませんでした!さっきから訊いちゃだめなことしか言ってない。
ティシールはちょっとおかしいところがあるけど一応女なんだから、秘密の一つや二つあってもおかしくないよね。
「さっきから私としては触れてほしくないとこに的確に触れてくるな」
「す、すみません」
ここは謝るしかない、会話の糸口を掴もうにも言うことがそれくらいしかなかったんだもん。
「おかげで私を見てどこを変に思うかわかった。だから気にするな」
「はぁ……」
世間話をしようにもティシールと話が合わなかったらだめだし。そもそもティシールって浮世離れしてそうだしな。
そうこうしているうちに一足速くスープを飲み終えたティシールが立ち上がる。黙って台所へ行ってしまった。
私は急いでスープを飲む。きれいにしたばかりの台所に新たな汚れが増やされないか心配になったから。
台所のシンクにはティシールが使った食器が無造作に置かれている。確か明日一度に掃除する予定だったとか言ってたし、明日まで放置する気だろう。
ティシールはぼんやりと様変わりした台所を眺めている。
私はその横で黙って皿を洗う。ついでに水につけておいた皿も一緒に。汚れが少し浮いて洗いやすくなっていた。
「風呂の場所、わかるか?」
私が皿を洗い終えるのを確認したのかティシールが呟く。
「あっ、どこですか?」
「階段のすぐ横、昼に渡したのもそこに置いてあるから使え」
言いたいことはそれだけだったのか、私の返事も待たずティシールは去っていく。
とはいえすることも特にないので、私は下の階におりて、一度お店の方に向かう。荷物をカウンターの下に置きっぱなしにしていたから。
光魔術を使って暗くなった店内を照らす。仕事が見つかるまでとはいえ、しばらくお世話になる職場、ちょっぴり感慨深い。
カウンターの下から荷物を取り出して再び作業場へ、ふと机に目をやるとあのカタカタ揺れていた悪魔のビンがなくなっていて、窓から月光がちょうど射し込んでいるところに悪魔書が置かれていた。
力の弱まった悪魔書は月光のもとに置いておくといいということを聞いたことがある。
何でも悪魔は月神の眷属だからだそう。
この世界には二大神、太陽神レイフィア、月神ナルフィアがいて、その下にさらに多くの水や火、木などの神々がいる。
ちなみに太陽神レイフィアは太陽と生命の象徴、月神ナルフィアはその反対、月と死の象徴だ。
少しさわってみたいな、と思ったけどあれは個人のものだし、修復中だから何が起こるかわかんないよね。
とりあえずお風呂にいこう。まさか掃除で疲れるなんて思ってもいなかった。
洗面所の扉を開けようとして、ふと手が止まった。
台所があの有り様だ、作業場第一主義のティシールがはたしてここをきれいにしているのだろうか。
いや、でもさすがに体をきれいにするところを汚いままにはしておかないだろう。そうだと信じたい。
迷っていても仕方ないので、意を決して扉を開けた。恐る恐る中を覗く。
ホッと安堵の息が漏れる。よかった、普通だ。ここも掃除しなきゃいけないのかと不安だったよ。
洗面所に目をやると、昼間にティシールがくれた洗髪料やらが置いてあった。しかも一緒にタオルと泡立て用のスポンジまで置いてある。
置いてあるということは使ってもいいということだろう。ありがたく使わせてもらう。
浴室に入り、風呂を見た私は言葉を失う。
浴槽がでっかい。私が中で転がって寝られるくらい広い、寝返りもうてそうである。お湯もたっぷりで少し熱めくらいか。
これだけのお湯を沸かすには魔術を使うにせよ魔道具を使うにせよ、物凄く魔力を消費するはずだ。だから普通の家はあってもシャワーだけ、お風呂に浸かりたかったら公衆浴場に行くのが当たり前である。どこの貴族ですかっていうくらい立派な風呂場だ。
ふとシャンプーやリンス、洗顔料を置く棚に目が止まった。立派な棚に不釣り合いなほどものが少ない。シャンプーと石鹸とカミソリだけ、これはいくらなんでもひどい、女性の浴室とは思えない。
貰ったものを空いた段に乗せていくと、いくらかはまともな棚になった。
身体をざっと流して湯船に浸かる。始めは熱く感じられるけど、しばらくするとそれが心地よくなるのだ。
ゆったりと足を伸ばしてお風呂に入れるなんていつ以来だろう。私の家にも一応小さい浴槽があるけど足は折らなきゃいけないし、熱いお湯なんてあり得ない。ティシールの経済状況は謎に包まれている。
身体がだいぶ熱くなってきたので、私は髪と身体を洗うために湯船から出た。