03
ティシールは天井からぶら下がっている紐を引っ張る。
「あの、さっきから思っていたんですけどその紐ってなんですか?」
「これか、これは魔道具に繋がってる。さっきみたいな万引き防止用の警告、店の照明、店内の温度と湿度の調整用とか。一応全て私が作った」
「すごいですね」
思わず天井からぶら下がっている紐を眺めた。数十本のそれぞれ色や模様の違う紐、これ全部魔道具と繋がってるのかな。
「これは後で覚えるとして……まず会計の仕方だが、売れた商品の番号と個数をこれに記入してくれればいい。後は私がする」
「計算はどうすれば……」
まさか暗算でやれと、無理なんですが。
「はあ?合計の計算くらいできるだろ」
「計算ができないわけではないんですけど、遅くて」
ティシールはため息をつくと、カウンターの引き出しを開けて番号のかかれた箱を取り出す。
「計算機だ。壊れやすいから丁寧に扱えよ」
そう言って使い方を教えてくれた。
これならなんとかなる、試しに簡単な数字で計算してみる。おお、正解。面白くなってきたので他にもやってみる。
「修理依頼や魔道具の魔力補給の客が来たら私を呼んでくれ。私は奥で作業してるから」
そう言ってさっさと奥に行ってしまった。
「えっ?そんなに……」
あっさり信用していいんですか、と言おうとしたけどもう姿は見えない。
仕方ないのでカウンターの下にある椅子を引っ張り出して座る。
通りを眺めようとしたが、棚が邪魔でほとんど見えない。
……よく考えてみたらここって結構周り何もない、言い方を変えれば人通り少ない。来たときも日中なのにほとんど人がいなかった。
ここってお客さん来てるのか?
しばらくして、暇なのでカウンターの上に乗っていたビン詰めのハーブやらドライフラワーを見る。
全てきれいな花や葉を使っているのか、ただのビン詰めのはずなのにこれだけで1つのインテリアになりそうだ。
その横にはさらにビン。クリームらしい何かが入っている。
手に取っても大丈夫なのだろうか。
私はさっきのガラガラという大きな音を思い出す。触ったら鳴った。
万引き防止用って言ってたな、私は一応店員だし大丈夫だよね。そう自分を納得させて指先でほんのちょっと触ってみる。すぐ離したけど。
同じ動作を繰り返すこと数回、
「……何してる?」
「へっ!?」
変な声が出た、声のした方を振り向く。
「いつからそこにっ?」
「いや、ちょっと様子を見に来たら商品に変なことしてるからどうしたのかと思っただけだ」
不思議そうに私が触ろうとしていたビンを見るティシール。
「さっきのガラガラっていう万引き防止の……」
「あれ?ああ、あれはカウンターに人がいれば作動しない仕組みになってる。だから別に触っても何も起きない。まあ未精算の商品を持って出ようとしたら別のが作動するけど」
そう言ってティシールは私が触ろうとしていたビンを取ってラベルを見せてくれた。
「これはウチのオリジナルのシャンプーだ。まあ、見ての通り客は全然来ないし、私の髪は荒れてるから誰も買おうとしないだろ」
……確かにティシールの髪はぼさぼさしていて、お世辞にも手入れができているとは言えない。まあ店主がこんな髪だったら目に入っても買おうとは思わないだろう。なぜなら説得力がないから。
「使わないんですか?」
「作って数日は使うけど、だんだんめんどくさくなってね。でも効果は確か。数回使って実感できた」
ティシールはビンの蓋を開けて匂いを嗅がせてくれた。ふわりとした花の香りがして、色も不純物が一切混じっていないような自然な黄色をしている。
「そうだ、ミリエットがこれを使えばいい。私の代わりにこれを使って宣伝してくれ。綺麗な髪してるしな。それにシャンプーとかリンスは持ってきてないだろ」
ティシールはそう言ってビンを売り場に戻し、別のビンを手に取って渡してくれた。
「これは……?さっきのビンのものでも十分なのに」
「あれは普通のやつ。これは一番いいやつだ」
私は思わず商品置き場の値札を見た。こっちはさっきの『普通の』の4倍以上の値段だ。
「えっ……いいんですか?滅茶苦茶高いじゃないですか」
これを買うお金があれば超がつくほど高級レストランで食事ができるんじゃないだろうか。とにかく、これは私のような貧乏貴族には使いたくても絶対買えないお値段がする。
「どうせ売れないから。記念だと思って貰ってくれ。あとこれも。何があったにせよあんたは一応女の子なんだから、美容には気を使いな」
ティシールにそう言われたくない、と思いつつ、誘惑に負け受け取る。
「それは石鹸、で、これはハンドクリームと洗顔料。あと保湿クリーム。化粧水は……まだ若いから必要ないな、化粧しなくても十分いい肌してる。夏だしおまけに日焼け止めもつけるか」
こっ、こんなに頂いていいのか?すでに両手に収まりきらなくなっててカウンターに並べてるくらいなんだけど。しかも全部店で一番いいシリーズらしい。
「こんなにたくさん……」
「女の子なら多少綺麗な方が仕事も見付けやすいだろ。慣れないことして溜まったストレスは肌に現れる。しっかりケアしな」
「ティシールさんはいいんですか?」
思わず本音が漏れる。今完全に私は無防備です。
「私はどこぞに行くあてもないから必要ない。それともなんだ、いらないなら返してくれ」
「嫌です」
素直にそう答えると、ティシールは愉快そうに笑って「冗談だ」とだけ言った。
ティシールさんが笑ったの初めて見た。顔立ちは整ってるから、それこそ自慢のクリームとか使えばモテそうなのに。あと仏頂面をしなければ。
「このへんはいったん洗面所に置いとく。後で部屋は案内するから夕方までカウンターは頼んだ」
手近にあったカゴにそれらを入れて、ティシールさんはまた店の奥に行ってしまう。
「あんなにもらっちゃっていいのかな……」
普通に働いたら何ヵ月かかるだろうか。それほどのをポンとくれるティシールの豪快さに驚きながら、いい人なんだろうな、口は悪いけど、と心の中だけでそう思った。