01
「失礼します」
扉を開けると、扉につけられたベルが涼やかな音色を立て店内に響き渡った。
蒸し暑い夏に似合う、氷のように透明な音色だ。
『魔道具屋』
そう簡潔に書かれた看板、父の友人の紹介状に示されていた住所の通りにやって来たのだが、店内に人の気配はない。行くことは事前に知らせてあるらしいから、留守ということはないだろうに。
ちなみに魔道具というのは魔道式という魔術を内部に組み込んだ道具で、魔力さえ込めておけば魔術の使えない者でも使うことができる優れものだ。まあ便利なだけあってお高いから貧乏人にはなかなか手が届かないんだけど。
特にすることもないので、とりあえず店内を見回してみる。
様々な魔道具がきっちりと並べられた商品棚に、棚に置けない大きい魔道具、カウンターらしき机の上にはビンに詰められたハーブやドライフラワーが並び、天井からは何本ものカラフルな紐が垂れている。薄汚れているわけでもない、むしろ好印象なお店だ。
ベルが鳴ったから、いるなら気付いてるはずなのになぁ。
そう思いながら近くの棚に並んでいる魔道具、リボンを象った可愛らしいブローチを手に取ろうとして、指が触れた瞬間、ガラガラという音が鳴り響く、しかもガラガラといっても重い音ではなく、耳障りな嫌な音、思わず指先がブローチから離れ、耳を塞ぐ。
「店のもんに勝手に触るな!万引きかっ!」
ガラガラという音よりもさらに大きな声で怒鳴る店主らしき人。その人はカウンターに近寄り、ぶら下がっていた紐を引く。
とたんに音は止み、私は耳から手を離す。
「ん、客か?」
目を擦りながら店の奥から飛び出してきたのは、所々に染みの付いた作業着を着た一人の女性、手入れをしていないのかボサボサの金髪を背中で一つに括り、目を擦っていない方の手でカリカリと頭を掻いている。
「いっ、いえ」
寝惚けているのかぼんやりとこっちを睨むようにしているので、目を合わせづらい。
「なんにせよ、ウチの営業時間は昼からだ。昼になってから出直してくれ」
昼……もうすぐなんですけど。このお店を出てその辺りぐるっと一回りすれば昼の鐘が鳴るくらいなんですが。
「あの、これを見せればいいって……」
私は父の友人から渡された紹介状を女性に手渡した。
女性は胸ポケットから眼鏡を取り出してざっとそれを読む。
「ちっ、ローザスの野郎……」
ローザスというのは父の友人の名前だ。私、その人にここなら大丈夫って言われて来たのに。
私は魔術貴族という魔術で成功した貴族の出身で、そこそこの生活を送っていた。そして先日、私は許嫁の貴族の男と結婚する予定だった。婚約までしていたというのに、そいつときたらよりによって私の学院時代一番嫌いだった女と浮気していた。向こうは揉み消したがったが、こちらからお断りしてやった。
とはいえ、端から見れば破談でしかなく、体裁が悪い。こんなことがあり結婚やらはもうこりごりなので父の友人に半ば無理やり仕事先を紹介してもらうことになり、今に至る。
簡単に表現すると、婚約者に浮気され、自棄になって実家を飛び出した、という流れ。
「あんた、名前は?使える魔術は?あと家事できる?」
紹介状から顔をあげた女性は一気に質問、さっきの態度からしてあまりこの話には乗り気でないのだろうか。
「えっと、名前はミリエット・ランジールで、使える魔術は白術系全般と魔道式攻撃術、家事は……お料理と掃除だけならできます」
魔術は白術系と黒術系に別れていて白術系が回復や防御、黒術系が攻撃となっている。
魔道式は紙や布などに魔道式を書き、それに魔力を注ぐことで魔術を使う。普通の魔術と違うところは呪文の詠唱が不要で、魔力を注ぐだけであらかじめ組んでおいた魔術を使えるというところだろう。魔道具の原型でもある魔術だ。
「ふぅん、まあ魔術貴族だっただけあって魔術は得意と。家事は料理と掃除ね……」
もし不採用とか言われたらどうしよう。ローザスさんもここ以外は難しいって言ってたし。
「あの、私は採用ですか?それとも……」
堪えきれず聞いてしまう。こんな沈黙は耐えられない。ダメならダメで早いとこ仕事を探したいから。
「私、弟子とかそういうの取るつもりないんだよね」
「……そんなっ!」
仕事を探すって思ったけど、採っていただけるなら採っていただきたい。頼みの綱なんです!
呆然としていると、再び店内にあの涼やかなベルの音が響いた。
おぼろげに脳内に浮かんでいた二つの話を混ぜて出来上がりました(。-∀-)
補佐官の方とは一切関係がありません、世界観も違いますね(;・∀・)