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改正  作者: 工場長
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第五話 反応

 午前零時を過ぎた頃、総理官邸に多数の人が集まっていた。

 上杉景正の呼びかけにより、今回の事件の被害者・警察上層部・閣僚を集め、緊急対策会議を開くことになったからである。

 報道陣は中に入るのを止められ、外で中継をしながら会社と連絡を取りながら会議の結果を待っていた。

「こちらです」

 色部が車から降りた田原夫妻を迎えた。何事だと報道陣がマイク片手に走るが、その前に色部は夫婦をさっさと官邸へ入れた。

「由起子……」

 廊下を歩きながら貴男がつぶやいた。

「俺が『少年法を守れ』とか言っていたから明美はさらわれたのかな……」

「……」

 昨年から凶悪化する少年犯罪に対し、少年法を改正しようかという動きが国会の中で現れていた。それに対し少年犯罪を主に扱っている弁護士たちは、「少年法を守る会」を結成し、改正反対を政党・国会に訴えてきた。結局少年法改正の件は彼らの行動と各党の意見不一致で立ち消えとなってしまった。その「守る会」のメンバーの中に田原貴男がいたのである。

 貴男の問いに由起子は肯定も否定もしなかった。ただ「自分が『守る会』の代表とみなされてしまったからだ」という認識が、夫婦の、そして娘・明美の中にあった。


 田原夫婦が入って間もなく、会議が始まった。それぞれかかってきた電話の内容を述べるだけで具体的な対策についての話し合いはほとんど見られなかった。事件に対するショックの整理がつかず、いまのところどのように対応してよいかどこも十分に考えられなかったためである。

 景正はこの事件の情報把握が出来ただけでもよしとして、各党には改正に対する党内での議論を、警察には事件解決をお願いして最後に一言、

「なんとしても私は、あなたたちのお子さんや、お孫さんを救います」

 と叫んだ。犯人に対しての対決姿勢を明確に示したのと、与野党の枠を超えての協力を呼びかけたのである。

 各人が退室する中、田原夫婦は景正に近づき、

「よろしくお願いします」

 と、景正の手を握り部屋を出た。

 二人を見送った景正は、直江に

「党内の議論は今日から始めるよう各派閥に伝えてくれ」

 そう指示して会見場に向かわせた。

 直江が退室すると、部屋には景正一人だけとなった。

(浩子……)

 家族をさらわれたのは景正も同じであった。景正は椅子に座ると急速に眠りへと落ちた。いちいち布団に入っている暇は無い。通常国会は、今日開会する。


「やはり田原夫婦を調べたほうかいいのでは……」

 警視庁捜査一課、事件の対策本部が置かれたここは眠る暇すら許されなかった。

「しかし、単純に怨恨による犯行と受け取れるか……」

 事件の対策会議が行われている。相手は総理の孫や各投手の家族を人質に法律改正を求めている。捜査しようにも規模が大きすぎてつかみ所が無いのだ。

 ただ一つの突破口といえる点が田原夫婦である。政党関係者ではない彼らの娘をさらうメリットが無い。そこで「犯人は田原夫婦に恨みを持つ者ではないか」という意見が出たのだ。

「確かに田原夫婦が狙われるのはおかしい」

 捜査一課課長の神取喜明かんどり よしあきが二人の写真を見て指で弾いた。

「田原は『少年法を守る会』の代表ではない。あの犯人が会を抑えるなら代表の家族をさらうはずだ。それに犯人は田原にも『守る会』にも具体的な要求をしていない……」

「では田原夫婦の身辺調査をしましょうか」

 一課に配属されて間もない刑事が気合とともに机に乗り出した。

「そうだな、それしかないだろう。今できるところを全力でやろう」

 いっせいに各人が動き出した。神取は窓の外を流れる車の列を見て呟いた。

「俺の『長年の勘』が今回も当たるか」


 夜が明けた。各テレビ局は朝からこの事件のニュースで持ちきりだった。どこぞの犯罪学者を呼んでは「これは快楽犯だ」とか、「国家テロ組織だ」と言わせていたり、昨日の記者会見等の映像を繰り返し流しているところもあった。

(この人が国家テロねぇ……)

 昨日のしっかりした彼女とはうって変わってボーっとした表情でコーヒーをすする里美。頭の寝癖も、肩までずれたパジャマも直そうとしない。こんな里美を真面目腐った顔で「国家テロです。」と言っている犯罪学者がおかしく見える。

(朝の弱いテロリストもいるか……)

「ふぁ、おはよう」

 不意に里美が振り向いた。パジャマの乱れも直そうともしない。

「おはようございます」

 浩子はつい「それでもテロリストなの?」叫びそうになった。

「……そのパジャマなんとかならないのですか?」

 浩子はせめてパジャマだけでも注意しようと思った。

「ああ、これ?女同士だからいいじゃない」

 もういいと、浩子は彼女の隣に座ってともにテレビを見る。

「おはようございます!」

 二人よりも元気な声で明美が入ってきた。この三人の様子を当然知らないテレビのおじさんたちは相変わらず勝手なことを言っていた。

「これは国家に対する犯罪です。あどけない少年少女たちを危険な目に合わせるなど、卑劣な行為です! テロです!! 我々は断じて彼らのような人間を許してはいけません!!!」

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