第二十七話 六人の犯行
時間は四時を過ぎた辺りだろうか。名古屋西警察署に一人の男が現れた。その男は入り口を守る警察官に一礼をすると、
「これを総理官邸に届けてもらえませんか」
と数枚の原稿用紙を渡した。渡された警察官はいぶかしげにその文面を眺めていたが、さっと表情が青ざめ上司の名を叫びながら中に入った。それから数分後彼は大勢の警察官に取り押さえられるがなんら抵抗もしなかった。
男の名は、後藤隆という。
奇しくも時刻は彼が事件の発生を伝えた午後九時であった。
直江信太郎総理代行は報道陣を官邸に呼び出し、口を開いた。
「本日午後四時八分、名古屋西警察署に今回の誘拐事件の犯人の一人と見られる男が出頭しました」
報道陣にどよめきが起こった。直江に呼ばれこの席にいた神取も思わず目を見張った。
「男は十八歳の無職の少年であり、彼は犯人グループのリーダーの男からの伝言、原稿用紙にして数枚、を持って出頭してきました」
再びのどよめき。直江代理をカメラのフラッシュが激しく襲った。彼は間を置くと、その伝言を読み上げた。
「我々は、少年法改正を目論んで今回の犯行におよんだわけであるが、警察の追及厳しく、既に我々の身元は判明され、仲間の二人が本日昼近くに警察に捕らえられたのを考えると、到底少年法改正案の成立までに我々は逃げ切れぬと判断した」
三度のどよめきは悲鳴も混じっていた。これには直江も神取も驚いた。二人は岡部夫婦の出頭など知らされていなかったのである。事実岡部夫婦は隼人と別れた直後、警察に出頭した。
しかし、捜査官が何時間追及しても事件について何一つ語らなかったため、地元の警察署は人違いの疑いもあるとして県警や警視庁に連絡をしなかった。
「人質の命はどうなるんですか!?」
記者の一人が絶叫する。直江の口が止まった。神取は顔を青ざめ頭を抱えた。警察の追及と、自らの計画の失敗を犯人に悟られたと言う事は、人質の死を意味する。
(この私の勘も、すでに老いたということか……)
神取は全身を震わせながらも意を決した。カメラの前で自ら名乗り出て土下座し、捜査の不手際を謝罪する。彼は立ち上がろうと両膝を大きく叩いた。
「人質の処遇についてはー」
と一言置いて直江は一瞬、神取を見た。
(早まるな)
直江の無言の言葉が通じ、神取は浮かしかけた腰を元に戻す。
「一時は全員の殺害を思い立ったが、それではこの国の国民全員の批難を買い、この事件をきっかけに私たちが国内に起こした少年法改正の機運を失うことになると判断。我々は断腸の思いで明日の夕方、国会議事堂前にて全員を解放することに決定した」
読むにつれて、直江の声と表情に驚きと喜びがそのまま現れた。記者たちもそれぞれ思い思いの声を上げる。神取にとっては地獄から天国へ上れる糸を見つけた気分であった。
直後に直江の顔が再び緊張する。
「しかし、解放に際していくつかの注意点を伝える。これが守られない場合は人質の解放は無い、即刻殺害する」
報道陣や神取に緊張が戻った。天国へはそう簡単に上れない。
「一つ、明日の一日中、中央高速自動車道の上下線とも甲府南インターチェンジより東京側と首都高の全線は、通行止めとすること」
「二つ、我々の車は高速道路を通り、国会議事堂にいたる。我々の車はインターチェンジに近づいたら発炎筒を用いてそれを知らせるため、警備の者はすみやかに通すこと。車は二台、それ以外は警護の車を除いては入れてはならない」
「我々マスコミの車もですか?」
記者の一人が手を上げる。直江は続きを読むことでこれに回答を与えた。
「三つ、国会議事堂にいたるまで、警察・マスコミはこれを妨害しないこと」
「四つ、解放の様子を各マスコミは生放送で公開すること。移動中の様子に関しては、ヘリコプターでの中継のみとし、車での中継は許されない」
記者たちはほっと胸をなでおろした。車ではなくても中継はできる。
「五つ、政府はこの伝言を本日午後十一時五十九分までに全国に全て報告すること」
「最後に……」
と読み上げる直江の口が再び止まり、手が震えた。神取の方を一瞬見た直江は、気を取り直して口を動かす。
「最後に一部のマスコミでテロ組織や巨大な犯罪組織の犯行と伝えられているが、犯行グループは既に捕らえられた者を含めて全部で六名、全国に貼り出されたポスターに顔を載せている六名全てである。明日、この残りの三名が全員出頭するので、政府、議員、マスコミ、弁護士団体、国民の皆さんは安心してほしい。以上、二月七日、藤田隼人」
記者たちが全員立ち上がり、質問を直江にぶつける。彼はこれを大声で静めた。
「これが伝言の全てです。皆様の質問、疑問等は私は一言もお答えする事ができません、一切受け付けません、ただ今お伝えした事が、全てです」
直江が部屋を出ると、記者たちは一斉に動き出した。マイクを持ってカメラの前に立つ者。上司へ電話をかけ、大声で会見の内容を伝える者。ペンを折らんばかりの勢いで手帳に書きなぐる者。
それらの全てがいなくなった後で、ただ一人残された神取はやっと腰を上げた。
「六人だけか……。岡部さん……、あなたがいたから人質の解放の決断ができたのでしょうな……」
一人つぶやいて少し笑みを浮かべると、彼は職場へと戻った。




