第二話 高速道路
ハンドルを握りながら藤田隼人は歌を歌っていた。この高速道路を通ると必ず口ずさむ歌である。しかし、サビの僅か一小節を歌うだけでその後は黙ってしまう。
「それで、その後は」
と、助手席にいる加藤里美がその沈黙をとがめる。
「忘れた」
あっさりと自分の記憶不足を彼は認めた。
「はい、知らないなら歌わない」
「じゃあお前はこの続きを覚えているのか?」
「……えーっと……」
しばらく考える里美であったがやがて悔しそうにうつむいた。
「そらみろ。覚えてないじゃないか」
隼人は得意気にちらりと里美を見る。
「よく昔は歌っていたのにね……」
里美の表情がやや少し暗くなった。
「そうだな……」
隼人の表情も暗くなった。しばらくの無言の後それを破るように里美が、
「しかしそれにしても私たちって運がいいよね」
「何が?」
「だって六人とも一人で歩いていたなんて、目撃者はゼロじゃん」
彼らの運転するワゴンの後部座席には、二人の少女が一列に一人ずつ気を失っていた。目隠しをされて口にはガムテープ。手足は縄できつく縛られている。
ワゴンの後部座席はマジックミラーなので、外部の人間は隼人と里美が仲良くドライブしているとしか見えない。
前の列に横たわっていた髪の短い女子高生が目を覚ましたのか頭を必死に持ち上げようとしている。
「お目覚めね。上杉浩子さん」
里美がその女子高生―浩子―に話しかけると、彼女はビクッと反応した。
「これから誘拐する人の名前くらい知っていたっておかしくないでしょ」
「んーっ、んんーっ」
浩子は体を大きくくねらせながら必死にうめいた。
「大丈夫よ。すぐに殺すわけじゃないから。……まあ浩子ちゃんの家族しだいってことになるけど…」
車は中央高速自動車道を進み、山奥に近いインターチェンジで降りた。そこから雪深い山中を通り、一軒の山荘にたどりついた。時刻は午後五時。辺りは日が暮れて何も見えない。雪のせいで何も聞こえない闇の世界へと入りかけた時だった。
浩子はその山荘の地下室で拘束を解かれた。視界が開けた浩子が最初に目にしたのは、桜並木で浩子に話しかけた藤田隼人と加藤里美だった。
「適当なところに座れ」
「あたしをどうするつもり?」
浩子は隼人を思い切りにらみつけた。
「いずれ分かる。とにかく座れ」
隼人に指示されて浩子は座るところを探し始めた。部屋は明るくきれいにされている。よくドラマなどで見る人質の部屋というはいかにも埃っぽい感じなのだが、それとは正反対の部屋である。
隅のほうで、四人の少年少女が座り込んでいた。浩子と同じくさらわれた人たちだ。そのうちの三人は少女で浩子と同じ高校生もいれば、小学生もいる。唯一の少年は小学校に入るか入らないかの年頃に見える。
みんな恐怖と不安の表情が現れてはいるが、あざや切り傷など暴力を受けた様子は無いようだ。
(この子達も……あたしと同じなの……?)
「田原さんも座りな」
田原さん―田原明美は浩子と共にさらわれた少女の名だ。浩子と同じ学校の制服を着ているが、始めてみる顔だ。身長は浩子と同じくらいであるが、髪は長く後ろで一つに縛っている。
明美は最初視線を落とし、怯えた様子で辺りを見回していたが、浩子の制服が眼に入ると視線を上げた。そして浩子の顔をみるなり、「あっ」と驚いた表情を見せた。
浩子は明美に目で合図をした。そして視線をチラチラと自分の座ろうとしているところに向けた。その意図しているところが明美にも通じたらしく、二人は隣同士に座った。明美が隼人たちに聞かれないように先に話しかけてきた。
「上杉……先輩ですよね」
「そうよ」
浩子が答えると明美は、
「い……一年の田原明美です。先輩の噂は聞いています。よ、よろしくお願いします」
と右手をこっそり差し出した。
「明美ちゃんね。あたし、上杉浩子。こちらこそよろしく」
二人は握手を交わした。これから先自分の身に何が起こるかわからない状況の中で、浩子は少し心が癒されたような気がした。
明美の言うとおり浩子は学校ではかなり有名な存在である。陸上部で中距離選手としてかなりの好タイムを連発しており、三年生卒業の後にはキャプテンになるだろうと部の内外ですでにささやかれている。
しかし浩子にはそれ以上に有名たる理由があった。
「全員そろったところで次の作戦にいくか」
と、隼人が携帯電話を手にした。
「まずは誰からかける?」
明美も携帯電話を手にした。
「決まっているだろ」
隼人は浩子を見ると歩み寄り、尋ねた。
「聞きたいことがあるんだが……」




