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改正  作者: 工場長
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第十七話 次を狙う者

「三人ともせめて今日ぐらいは休んでくださいよ」

 調理室に里美の声が響く。岡部一家は息子夫婦の命日にも関わらず、山荘にいる全員の食事を作ろうとしていたのだ。

「いいんだよ里美さん、いつも通りで。息子夫婦には今年の法事は無理だ、とちゃんと謝っておいたから」

「しかし、だからと言って……」

「こんな私たちの料理でも『おいしい』って言ってくれる子供たちがいるんだ。それに応えてあげなければならない」

「でも……」

「ありがとう、里美さん。しかし私たちは人質の子供たちに余計な心配をかけさせたくないのです。ただでさえ自分は監禁されている、いつ危害が加わるか分からないという恐れがあるのに……。他人の死の話など聞いたらどうでしょうか? 息子夫婦もそれは望まないはずです」

 そこまで言われて、里美は何も言えなくなった。そして先ほど浩子や明美に事件の動機を話した事を後悔した。後で様子を窺ったが、二人とも気丈でいたのがせめてもの救いだった。 

 その日の夕食もいつもと変わらずに終わった。浩子は岡部一家がいつもよりも元気がないと思ったが、特に詮索はしなかった。当然、一家にとって今日がどんな日であるか最後まで気づかなかった。

 この夜、岡部一家はいつもと同じ時間に同じように就寝した。


 その頃東京のテレビ局では一人の男が気焔をはいていた。前の総理大臣、畠山義輝。上杉総理の抵抗勢力の代表として、そして民自党内の少年法改正反対派の首領として出演を依頼されたのだ。

「すると畠山前総理は犯人に断固たる態度をとれと総理に求めるのですね」

「その通りです。政府は犯罪者の要求に屈してはいけないのです。それなのに孫を誘拐されたからとおろおろしていて、情けない。しかも事件の対応をですよ、我々総理を選んだ民自党議員に相談をせずに、側近や公民党の党首に相談する。こんな馬鹿げた話は無い!」

 ニュースキャスターの質問に左手を激しく動かしながら答える畠山。それを隣で見つめる解説者の目には何か冷ややかなものがあった。

「ここでその他の各政党の動きを伝えてもらいましょう」

 各党本部へと中継がつながり、カメラが自分をはずしたと思うと、畠山はかすかに笑った。

(これで上杉の次は私がしっかり実権を握れるだろう)

 しかし畠山は知らない。画面の片隅で自分の姿が小さいながらも写っていることを、隣で解説者が彼を冷ややかに見つめている事も。

(この男は相変わらず自分の権力のことしか考えていないのか、五年前はこの国のことを考えた少しマシな男だったのだが……)

 政治を二十年取材し続けたこの解説者の心のうちなど当然知る由も無い。

 どの党も党の意見としては改正の有無をはっきりと表明できないようであるが、内部では賛成派と反対派が激しく対立しているという事が伝えられた。

「いや〜、どの党もゴタゴタしていますねー」

「それはそうでしょう。この国の議会政治が始まって以来の大事件ですよ。すんなり意見がまとまってしまうほうがおかしいんです。どの党も反対派には頑張ってもらいたいですし、次の時代はこの人たちが政治を担ってもらいたいですね」

 当然この人たちの中に畠山は自分も入れている。

「畠山さん、民自党内では上杉総理に対する責任論は出ているのでしょうか」

 解説者が畠山に問いかける。大きな事件が起きれば必ず起こる話である。

「今は事件をどのように解決するか、少年法問題をどのように解決するか、それだけです。責任論はその後、最も進退は総理自身自らがご判断される事でしょう」

「次の総理は誰がなるべきだと思いますか」

 ニュースキャスターが続けて尋ねる。畠山は意地悪な質問をするな、と苦笑しながら。

「それは党内で決める事です。私一人が勝手に決めるものではない」

 と答えをはぐらかした。

「……畠山さんが総理大臣ならどのような対応をするか、見てみたいものです。畠山前総理、ありがとうございました」

 期待していた答えを得られなかったのか、最後にキャスターは皮肉を入れた。畠山の表情は何も変わらない。画面がコマーシャルに切り替わる直前、解説者の苦笑いがテレビに映った。


 畠山の車が民自党本部に戻ったのは日付が変わった直後だった。車を降りるなり彼は同乗していた側近に尋ねた。

「野上君、法務委員会の出席議員の中で改正に反対するものは何人いると思う」

「我が党の委員十三人のうち、うちの派閥からは三人、山上派からは二人、張内派から一人、これが有力な反対派ですね」

 衆議院法務委員会は全部で三十人。公民党の四人を合わせて十六人と与党は何とか過半数を超えている。普通の法律の作成・改正・廃案の審議なら畠山にとっては喜ばしい状況なのだが、今回は違う。

 畠山としては上杉総理にダメージを与えるためにはなんとしても改正案を廃案にしなければならない。そのためには自ら反対派を集めるしかない。

「六人か……他の党の反対派を加えても少し心もとないな……」

「しかし、あとの四人は上杉派です。最後に残る三人は……」

「あの男か」

 畠山は恨めしそうに党本部の一室を睨んだ。幹事長室はまだ明かりがついている。安田誠も多数派工作を行っているのだろうか。

「安田を説得してみるか」

「分かりました畠山先生、安田のような若造などは私におまかせ下さい」

「いや君に頼んでいるわけではない」

 冷ややかに畠山は野上に告げた。

「私が自ら話す」


「畠山先生……。こんな時間にどうしたのですか」

 幹事長室に畠山が来たのは始めてであるが、安田の表情に動揺が見られない。

「君とこの国の将来について話がしたい」

 畠山がそう言って座った席はなんと幹事長席。

「私は少年法の改正に賛成しますよ」

 安田は動じず、相手の出鼻を挫いた。

「君は本気でそう思っているのかね」

「はい、本気です。それでは畠山先生、あなたは本気で少年法改正を反対しているのですか」

「そりゃそうに決まっているだろう」

「上杉総理が改正に反対でも?」

「……」

 痛いところをつかれて言葉に詰まる畠山。

「あなたはただ上杉総理に代わって政治の実権を握る。反対の理由はそれだけでしょう」

「き、君はそれでは犯人の要求を全て呑もうというのか!!」

 この言葉は反対派の十八番である。賛成派はこれを言われると必ずといっていいほど発言がさえなくなるからだ。

「私は犯人の要求以上の厳しい改正案を作ろうと思っています」

「何!?」

「犯人の思い通りの法律を作るなど議会政治にあってはならない事です。だから私たちは犯人の要求とは全く別のところで別の改正案を作り提出しま。」

「き、貴様……! この事件を利用して自らの意見を押し通そうとするのか!!」

 興奮した畠山は席を立ち、安田の襟をつかんだ。

「事件を利用しようとしているのは先生も同じでしょう」

 冷静に安田は手を払う。

「……!」

「先生もこの事件を利用して表舞台に返り咲こうとしている。しかし、ただそれだけです。私たちは自分のためだけじゃない、この国を新しい方向に持っていくために利用するのです」

 安田は話しながら部屋の中を歩き出した。畠山はおろおろと彼を目で追う。

「畠山先生……。あなたはたくましい人だ」

 安田が幹事長席に座った。やっと本来座るべき人が座る形となった。

「なんだって?」

 畠山には自分が座る席すら検討がつかず困っている。

「誰もが驚愕したこの事件を自らのプラスに捉えようとしている……。あ、適当なところに座ってください」

 そう言われて、やっと畠山は視界に入った椅子にどっと腰を下ろした。

「私も同じです。しかし私はこの国のプラスに捉えようとしているのです。先生の自己中心の考えでとは所詮レベルが違うのですよ」

 もう畠山に最初の勢いは無かった。よろよろと部屋を出ようとすると、

「畠山先生、ちょっと」

 と安田が机から一本のビデオテープを取り出した。

「畠山先生が今日出演なされたニュースのビデオです。先生の発言に国民がどのような思いを抱いているか、少しはヒントになりますよ」

 畠山は素直にテープを受け取る以外なすすべが無かった。

 廊下をどぼどぼと寂しく歩く畠山の後姿を見つめ、安田はつぶやいた。

「畠山先生……。あなたは良くも悪くもたくましい人です。あなたが五年前のような……、法務大臣就任時のあなたに戻れば……、次の私たちの時代にも生き残れるかもしれません」

 安田は勢いよくドアを閉めた。バタンッと力強い音が響く。夜が明けるまで彼の部屋の明かりが消える事は無かった。

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