ネビュラの家
童話ものの短編です。
むかしむかし、今より遠い未来の、ほんの少し昔。
夜空を彩る星々には、たくさんの命がありました。
彼らはみんな、自分達が孤独だと信じて疑いません。
空を見上げ「おーい」と呼んでも返事が返ってこず、
空を飛んでも、決して届くことが無かったからです。
ある小さな惑星の、一人の勇敢な若者が言いました。
「そうだ。みんなでもっと彼らの近くに行こう」と。
孤独な惑星の人々は、すぐに準備をはじめました。
星の海を渡るためには、たくさんの鉄と銅が必要。
彼らは惑星中から、それらの鉱物をあつめました。
提唱者の若者が死んで、そのひ孫が後を継いだ頃、
ようやく船が完成して、彼らは大いに喜びました。
ところが、そこで彼らは大きな過ちに気づくのです。
その巨大な船は確かに何でも乗せる事が出来ました。
人も、犬も、鳥も、木も、車も、文明もなにもかも。
それでもただ一つ。母星だけは運べなかったのです。
母星には、もう雀の涙ほどの鉄も銅もありません。
彼らは身を焦がすような苦悶を重ね、決意します。
生まれ育った星と、ここで別れる事にしたのです。
彼らは母星に「必ず帰ってくる」と約束しました。
今度は寂しくない様に、たくさんの友達を連れて。
遥か彼方に向け、とうとう宇宙船は出発しました。
美しき母星が、瞬く間に見えなくなっていきます。
しかし、彼らはもう決して孤独に震えはしません。
音の無い海を、星の輝きを灯台代わりに進みます。
やがて長い年月を経て、彼らは遂に辿り着きました。
そこは母星と違い、赤く、燃えるような惑星でした。
彼らはその惑星に降り立ち、生命を探して回ります。
しかし、赤い錆に覆われた大地に生命はありません。
地下水脈の中に、微生物が僅かにいるばかりでした。
仕方がないので、彼らはその惑星の資源を集めます。
そうする事で、宇宙船はまた少し大きくなりました。
「これでもっと遠くまで行ける」と誰かが言います。
もっと先へ、彼らは再び旅立つことを決意しました。
それから更に何年も経ち、彼らはまた辿り着きます。
今度は自分たちの母星よりも遥かに巨大な惑星です。
しかしその惑星にもやはり生命はありませんでした。
諦めきれない彼らは、その惑星の資源を集めました。
「もっと船が大きくなれば、もっと遠くまで行ける」と
そうして彼らはまた宇宙船を増築することにします。
「これでもっともっと遠くまで行ける」とは誰かが。
もっともっと先へ、彼らは再び旅立っていきました。
そうして彼らは、何度も同じことを繰り返しました。
惑星に辿り着いては、宇宙船を大きくし、更に遠くへ。
知的生命体に出会う事なく、何千年も経った頃の事。
彼らは遂にある惑星に生命体がいるのを発見します。
その惑星にはビルも高速道路もロケットもあります。
彼らはそれを見るやいなや大いに舞い上がりました。
「先祖の念願が叶った」と、若者の子孫が言います。
ゆっくり、慎重に彼らはその惑星に降り立ちました。
遥か彼方からの来客に、星の住民は大混乱しました。
その宇宙船の大きさが一つの惑星程あったからです。
鳥のように優雅でもあり、象のように鴻大でもある。
そして何より蛍の光のように、妖しく蠱惑的でした。
そこで、住民達は旅人を歓迎する事に決めました。
彼らと戦ってもきっと勝てないと思ったからです。
歓迎された旅人達は諸手を挙げての大喜び。
誰も彼もが新世界の発見に酔いしれました。
言葉や文化といった壁の前に、はじめは苦労しました。
しかしそれも長い年月が、徐々に解決してくれました。
互いの理解をしている間にも、様々な事が起こります。
旅人の出現により、惑星は文明の黎明期を迎えました。
未知の技術≪テクノロジー≫は、文明を一足飛びに発展させたのです。
しかし、そんな幸せな時も長くは続きませんでした。
あまりに急激な進化が、惑星の寿命を削っていたのです。
住民たちは、仕方ないので旅人達にお願いしました。
「私達も、その大きな大きな方舟に乗せてくれ」と。
旅人達は、住民達を乗せるため、更に船を増築します。
彼らが住んでいた星も、全部使い切ってしまいました。
この星の住人達が全員乗り終えると、船は再び出航します。
また長い長い旅が始まり、彼らは暗い宇宙を彷徨いました。
何年も、何十年も、何百年もおなじ事を繰り返します。
誰もいない星では、船をひたすら大きくし、
誰かがいれば、彼らごと船を大きくします。
そのうち、彼らは船に意思をもたせる事にしました。
大きくなり過ぎた船を操るのが大変だったからです。
意思をもった船には、ふたつの命令が施されました。
一つは宇宙船をもっともっと大きくする事。
一つは知的生命体のいる惑星を保護する事。
この二つの言葉を、船は忠実に守りました。
船はある緑豊かな星を喰います。
曰く「沢山隕石が降りそうだったから」
船はある氷土に支配された星を喰います。
曰く「ここはとても寒くて危ないから」
船はある科学の発達した星を喰います。
曰く「戦争で滅んでしまいそうだから」
それらの星々の住民は、みんな自分の中に招待しました。
どんどん大きくなる自分の体は、他のどこより安全だと。
宇宙船はやがて、一つの銀河程の大きさになりました。
もはや星を一つ喰った程度では、空腹は収まりません。
銀河を鯨のように飲み込んでは、自分の糧にしました。
そんな宇宙船の前に、一つの小さな惑星が現れます。
その惑星には、未成熟な文明をもった生命がいました。
特に危険も迫っていなかったので、船は彼らに尋ねます。
「良かったら、我々と共に来ませんか?」と。
その星の住民が悩んでいると、船は更にこう言います。
「私の中には、たくさんの仲間がいます」と。
この星の住民が悩んでいると、誰か大声で言いました。
「こんにちは、あなたの名前はなんていうの?」と。
船はその小さな星の、その中の更に小さな家を見ます。
屋根の上で、少女が船に向かって呼びかけています。
高性能な船は、当然その声を捉える事が出来ました。
「ねぇ、私あなたの中に行ってみたいの」と少女は言います。
「私はネビュラの家。あなたを歓迎します」と船は返しました。
喜びのあまり屋根の上で飛び跳ねる少女を船は転送します。
丁度自分の頭のあたり、かつてはブリッジのあった場所へ。
「あなたの仲間はどこにいるの?」少女は尋ねました。
ブリッジにも機関室にも、どこにも人の姿はありません。
「居住スペースにいる筈です」船は少女に教えました。
このブリッジから空間転移装置を使って降りるのだと。
少女は船に言われるがまま、居住区へ降りていきます。
すると、そこには果てしない世界が広がっていました。
「私、あの街に行ってみたい」
少女が指さした先には、流線型の大都市がありました。
船は彼女の願いどおり、彼女を更にそこへ転送します。
「なんて美しいのだろう」
そこに着くなり、少女はため息交じりに言いました。
銀色の建造物がひしめき合い、互いに繋がっていて、
空を覆う天幕には、真紅の夜空が映し出されている。
少女は自分もここに移り住んで暮らしたいと思いました。
出来る事なら今すぐ帰り、この燦爛たる光景を伝えたい。
けれども、そう船に伝える前に、ある事に気づきました。
「ねぇ、あなたはどこに向かって進んでいるの?」
少女がそう尋ねると、船は困ったように言いました。
「進路は決めていません。ただ仲間を探しています」
少女は首を傾げていると、街の男性が突然叫びました。
「違う。俺たちはもう十分だ。もう帰りたいんだ」と。
困惑する少女を余所に、船は男性に向かって言います。
「あの惑星は既に死にました。戻る意味がありません」
男性はガックリと膝をつき、項垂れ、泣き始めました。
するとそこへ新しい男性がやってきてこう言うのです。
「お前らは待遇が良い。俺達は奴隷のような扱いだ」と。
船はその新しい男性にも、優しく諭すように言いました。
「入船した順番、文明の貢献度による適切な設定です」と。
その男性の次は女性が、また男性が、代わる代わる現れます。
少女は自分の惑星に戻り、見聞きしたこと全てを話しました。
「我々はあなた方とは一緒に行けません」
少女の惑星は、このように結論を出しました。
船は残念がりながらも、その惑星から立ち去ります。
それから文明の発達しない小さな星を憐れみました。
「ここに来れば誰も何も寂しいことは無いのに」と。
もう随分長い事船はあの小さな惑星に停まっていました。
しかし、その間はじっとしていたので、もう腹ペコです。
船は空きっ腹を満たすように、そこいら中の銀河を貪り喰らいます。
あんまり空腹だったからでしょうか、船は食べ過ぎてしまいました。
それでも我慢できずに船は星を喰らい尽くします。
胃が破れ、お腹が裂けても、ずっと、ずっと……。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
童話って何だ?と思い、取りあえず絵本用のプロットを3000字に引き伸ばしました。童話のイメージは何故か「お菓子の家」が強かったので、タイトルはそこからもらっています。
近未来昔話って何だ?すごい時間かかって、これ書き終わって、僕はいったい何をしているのだろう。ふざけてるわけじゃないのに、この喪失感はどこからくるのでしょうか………。凄く楽しく書かせてもらいました。