私は意外と。
始まりは一人の女の子が転校してきた事でした。やたらと体をくねらせわざとらしい上目使いをするその女の子は自己紹介の時から「佐野姫華って言いま~す!前の学校では“お姫様”って呼ばれてました!みんなもそう呼んでくれるとヒメ嬉しいな~!」と私からしたら鳥肌全開のセリフをぶちかますちょっと頭が弱そうだなという印象の女の子でした。それと同時にまだ話したこともないのに失礼ですが“あぁ、絶対に私とは合わない”と思いました。
そしてその予想は見事的中したのです。
女の子が転校してきて一週間程経ったときです。朝から私たちA組はB組と合同で体育でした。雨が降っていたので男子と体育館を半分にしてバスケをしていたのです。
朝からという事と運動嫌いが重なって二倍の憂鬱がのしかかっていた私は得点板の後ろにひっそりと隠れるように座っていました。
『早く終わらないかな。』
ポツリ独り言をこぼしながらボーっと試合を眺めていると、「キャッ!!」という悲鳴、その後すぐ「ごめん!大丈夫?当たらなかった?」と男の子の声がしたのです。
何事?と首を傾けながら声がした方に目を向けると転校生の女の子が頭を抱えるようにしてうずくまっているのと隣のコートから男の子が走ってくる姿がありました。
話を聞いているとどうやら隣でバスケをしていた男の子がパスミスをしてこちらにボールが来てしまいそれが女の子に当たりそうになったようです。
その時は女の子にボールがぶつかろうがぶつかってなかろうが私には関係ないことだと思っていたのですがそれが間違いだったのです。
その日のお昼休み、私はいつもどおり一人でお弁当を食べていました。休み時間なのでガヤガヤとたくさんの話し声がする中“今日は本屋さんに寄って行こう”と考えていた時です。
「志乃~。」
前の席にさっきまでガヤガヤの中心にいた男の子が話しかけてきました。この人は友達というよりも腐れ縁といったほうがしっくりくるような間柄の人。
「朝の体育の件見てた?マジめんどくせー奴んとこにボール飛ばしちゃったわ。」
そしてあの女の子にボールを当てかけた男の子でもあります。
『優大が走ってくるとこは見てました。その後は知りません。』
「いや、その後が重要なんですけど!ってかあの子なんなわけ?いきなり“頭にちょっと当たったかも~…ヒメのこと保健室まで連れてって~?”とかいってやたら腕組んできたんだけど。めっちゃ鳥肌立ったわ。」
『鳥肌は同感です。が、まぁボールを飛ばした優大も悪いんじゃないですか?』
「それはそうだけどさー、でもだからってなんで腕組む必要があるんだよ。それに一応悪いかなーとか思って保健室に連れてったけど先生が何ともなってないって言っても“でも~、大事をとって病院とか行った方が良いと思うんですよ~。あ、付き添ってもらうから自己紹介しないとね~!?私は佐野姫香!みんなからはお姫様って呼ばれてるよ~!君はなんて言うの?”とかいきなりテンション上げてきてなんか気持ち悪かったから“そんだけ元気なら病院行かなくても大丈夫じゃない?”って言って逃げ来た。なんかあのしゃべり方も受け付けないし、あーいうのをぶりっ子って言うのか?」
『わざわざ声マネまでしてくれなくてもかまいません。そしてあの子がぶりっ子であろうが私には関係ないのでどうでもいいです。それより休み時間がもうすぐ終わりますよ。教室に戻ったらどうですか?』
いまだにブツブツとあの子のボディタッチがいかに気持ち悪かったかを言い続ける優大のくだらない愚痴を聞くよりも私はお弁当を食べ終わったら読もうと思っていた小説の続きが気になっていたので軽く彼をあしらい自分の空間を作ろうとイヤホンに手を伸ばしたその時です。
「あ~!さっきのイケメン君だぁ!ヒメに会いに来てくれたの~?」
さっきまで教室にいなかったはずの女の子がいつの間にか私の机の横にしゃがみ込み私達をお得意の上目使いで見つめてきたのです。
“やっぱり無理だ。”こんなに至近距離で見たのは初めてだったのですが、やはり私には彼女の言動が不愉快でしかなく優大に早くこの子をどこかに連れてって欲しいと切実に思いました。そんな私の気持ちなど知るはずもない女の子は「ねぇねぇ~!聞いてる~?」と優大を見ながら横目でチラチラと私にも視線を送ってきます。 その視線の意味が私にはさっぱりわかりませんでした。なのでこの場は全部優大に丸投げしてしまおうとおもむろにバッグから小説を取り出しそのまま読書をしようとしたのですが、それはやはり無理だったようです。
「志乃、それはないだろうよ。」
すっと手のひらから抜かれた小説を目で追えば優大の手にたどり着く。そしてそのまま顔の位置に小説を持っていきそれを女の子との壁にするかのようにしてから優大はもの凄く顔を歪めた。
その顔をしたいのは私も同じなのに。むしろそんな顔してる暇があるならこの状況をどうにかしてほしいと切実に思いました。が、優大は「なぁ、これってマジ?それともツッコミ待ち?」と見当違いなことを言い出す始末。
「ねぇねぇ~、ヒメの話聞いてよ~!」
とうとう優大の学ランの袖口を掴んだ女の子。もう知らないフリはできなくなってしまいました。
「ね?お名前なんて言うの?ヒメはさっき言ったよね!だから次は君の番だよ~?」
「え?なんで?」
「だってヒメに会いに来てくれたんでしょ?だから名前教えてくれないと君の事呼べなくなっちゃうよ~。」
「いや、呼べなくていいんだけど。ってか今は志乃といるから他行ってくれない?」
ちょっと。馬鹿。なんでそこで私の名前を出すのでしょう。もうこれで私も知らないフリができなくなってしまいました。この男のせいで。
「志乃ちゃんっていうの?よろしくね~?」
いやいや、こちらはまったくもってよろしくなどしたくありません。とは思ってもそのまま言葉にしてしまえば険悪なムードになってしまのはあきらかです。なのでそうならないよう、なおかつ私のことはすぐ忘れてもらうために優大には餌になってもらいましょう。
『この人は…「あ、もう休み時間終わるなー。俺戻るわ。」ってちょっと。』
まさか、逆に優大が私を餌にするなんて思ってもみませんでした。
さて、残された二人に会話などもちろんありません。優大に手を振り払われたことがショックだったのか女の子は少しの間自分の手を茫然と見つめていました。その隙にどこかに逃げようかと思いましたが時計を見れば本当にあと少しで休み時間が終わってしまう事がわかり行動するにはちょっと遅かったようです。
それにここは私の席。どこかにいくならこの女の子の方ではないのかとも思いました。いつまでも無言で机の横にしゃがみ込まれるのはあまり気分が良くありません。仕方ない。それとなくこの子にそれを伝えようと私は女の子に目を向けました。が、
「志乃ちゃんだっけ~?なんでヒメが何回も合図したのに気付いてくれなかったの~?」
それは女の子が急に話し出したため無理でした。
「ヒメはイケメン君がヒメの可愛さに照れちゃってお話できないんだろうなってわかってたからそこは志乃ちゃんが間に入ってヒメとイケメン君の橋渡し的なことをしてくれると嬉しかったんけどな~?ねぇ?聞いてる~?だからとりあえずあのイケメン君のお名前教えて?それとこれからイケメン君とお話するときはヒメのこと誘ってね~?約束だよ~?ほら、早く名前教えてよ~!休み時間が終わっちゃうよ~。」
この女の子は何を言っているのでしょうか?いえ、言葉はわかるんです。私がわからないことはその中身なのです。まず優大は女の子に対して一度も照れていません。次にあのチラ見にそんな意味があったことに驚きました。名前を教えるのは別に気になりませんが、最後になぜ優大と話すときにわざわざこの女の子を呼ばなければいけないのでしょうか?優大とでさえ学校で会話するのは面倒なのにさらにこの子も混ざるのですか?それはなんという罰ゲームでしょうか?もはや溜め息しか出てきません。でもそんなことは女の子にとって関係のないことなのでしょうね。
「ね~?志乃ちゃん?早くってば~。」
今度は私の袖口をつまんで揺すってきます。実に不愉快です。もう口を開くのも面倒になってきたのでバッグからノートを取り出しそこに“二宮優大”と書いてそのまま手渡しました。それからは顔を両手で覆って机に突っ伏すという最終奥義“寝たふり”です。無理があるかとも思いましたが、「う~んとニノミヤユウダイ?であってるのかな~?よ~し、今日の帰りに優大のこと誘ってあげなくちゃね~!」そのまま自分の席に戻って行ったので良しとしましょう。まぁ、お礼の一言くらいはあるものだと思っていましたがそれはそこまで期待した私が馬鹿だったのです。それから後は優大に私の所へくるのを止めなければいけません。これ以上面倒事に巻き込まれるのはごめんですから。
『というわけなので今後、学校での接触を禁止します。』
本屋に寄ってから帰宅した私室にあたりまえにいる優大にそう告げれば返ってきたのは「嫌。」の一言。
はぁ、なんなのでしょうこの我儘坊主は。いい年した男が頬を膨らませて目を潤ませるなんてそれこそあの女の子のぶりっ子と同じじゃないですか。
『嫌じゃありません。優大は私に嫌な目にあってほしいのですか?それに昼休みの時私にすべて丸投げしたことも怒ってます。なのでこれは反省を含めて命令です。』
「だって今でさえ昼休みだけで我慢してるんだよ俺は!しかも休み時間の半分っていうのもちゃんと守ってるのに…。それすらなくすとか志乃は俺のこと嫌いなの?」
『嫌いではありませんが、私はどうしてもあの女の子が苦手なのです。だからあの子の優大に対するほとぼりが冷めるまで私には話しかけないでというお願いです。』
「さっきは命令って言った。」
『そういうのは聞き流してください。』
あぁ、面倒です。こうなるだろうと予想はついてましたが優大を説得するのはもしかしたら女の子と話すよりも負担が大きいかもしれません。
「ってか今日だって志乃と帰ろうと思って校門で待ってたらあの女が“優大!わざわざ待っててくれたの~?”って抱き着いてくるし。なんで俺の名前知ってんだよ。ってかあんな公衆の面前で恥さらされて本当恥ずかしいやら気持ち悪いやらで泣きそうになったわ。俺には志乃だけなのに。」
『名前を教えたのは私です。丸投げの仕返しです。謝りませんよ。』
「志乃ならいい。」
『それはどうも。』
「じゃなくて、接触禁止は断固反対しますよ俺は!」
『だって…。あ、ではしっかりと期限を決めましょう。そうですね…、一か月。それまでに優大はあの子をどうにかしてください私に危害が及ばない様に。もし一か月もかからずに対処できれば優大次第で期限は短くなります。どうでしょう?』
「一か月…。俺次第…。うん。わかった!三日であの女どうにかするわ。」
『いえ、別に三日とは…。』
「あ、こうやって放課後に志乃に会いに来るのはいいだろ?これまでなくされたら俺死ぬよ?」
『それは構いません。私も家では優大と居る時間が好きですからね。』
なんとか説得できたようで一安心です。これでもうあの女の子が私にかかわってくることはないだろうと思っていました。
「志乃ちゃん優大の好きなものって知ってる~?」
が、何故でしょう?お昼休みになり今日こそはゆっくりと昨日買った本を読もうと思っていたのですが何故か私の前の席に女の子が座っているのです。しっかりとこちらを向いて。ビックリして手に持っていた本を落としてしまいました。頁が折れていないといいのですが。
「昨日の優大ったら待っててくれたくせにヒメが話しかけたらまた恥ずかしがって逃げっちゃったんだ~。もう、もっと男の子らしくしてほしいよね~。だからその緊張をヒメがといてあげようと思って優大の好きなもの作って持ってったら少しはマシになるんじゃないかと思って~。だから志乃ちゃん、教えて~?ヒメのお願いなんだから聞いてくれるよね~?」
この女の子はやっぱり頭が弱いのでしょうね。
「ヒメ的にはお菓子とかお弁当とか食べ物系で攻めたいんだけど~、志乃ちゃん知ってる~?あ、でも地味な志乃ちゃんとイケメンの優大がそこまで仲良しなわけないかなぁ~?ヒメったらもしかして聞く人間違えちゃったかも~。」
一方的にベラベラと話してくるのはこの際構いません。地味なのも自覚してます。ただ、
「よく考えたら昨日の休み時間もヒメに会いにきてくれた優大の時間つぶしにお話してただけだよね?もう、ヒメったら勘違いしてた~。ごめんね~?」
この女の子より下に見られてるのは腹立たしかった。私の方が上とは言いませんがその見下した態度が我慢ならなかったのです。
「やっぱ優大くらいイケメンにはヒメみたいな可愛い女の子があってるもんね~。もしかして志乃ちゃんは優大のこと好きなのかもしれないけど諦めてね~?だって地味な志乃ちゃんとは合わないもんね~。優大にはヒメがいるんだから~。ヒメの一目惚れだけど優大だってヒメに一目惚れしてるんだからもう両想いだよね~?」
それに昨日会ったばかりの優大の優しさだのと何をこの女の子が語っているのでしょうか?一目惚れ?馬鹿ですか?優大がそんなものするわけがないのです。
『優大!!来い!!』
“話しかけはしないけど見てるのはいいだろ?”という理由で私の教室内にいた優大を呼んだ私はそのまま嬉々として寄ってきた優大の腕を掴み勢いよくキスをしてやりました。
『わかっていただけましたか?』
ノリノリになって私の頭を抱え込んでくる優大の手をはがして女の子を見た私の顔は酷いものだったでしょう。いつもは冷静を装っていますが私だって怒るときは怒ります。それと私と優大は腐れ縁と言いましたが言葉をたすのを忘れていました。
『優大はあなたみたいな女のことを好きにはなりません。私の彼氏ですから。』
幼稚園からの腐れ縁+彼氏+すでに家族、と言っても過言ではない関係なのです。女の子はその事をしらないとはいえ、イラつくものはイラつくのです。
「そ、そんなわけないじゃん!だって優大とヒメは~」
『黙れブス。優大は一目惚れなどしていませんよ?あなたが勝手に一目惚れするのはイラつきますが個人の自由なので許しましょう。でもそれを強制するのはいかがなものですか?それと私のことを地味だ地味だとおっしゃいましたがあなたはどうなのでしょう。自分の事を“ヒメ”と言ってあだ名は“お姫様”でしたっけ?失礼ですがあなたが転校してきてから今まででその呼び方をしている人を見たことも聞いたこともないのですがそれがなぜかと自分で理解できているのでしょうか?髪を染めて目の周りをありえないほど黒く塗りつぶし油を塗りたくったような唇でその下にある二重あごを揺らしていますがそれが可愛いとでも思っているのでしょうか?ギャルというものを目指していらっしゃるのでしょうが見当違いも甚だしいですね。ほらクラスにいる女の子を見てください。みなさんそういう系統の方たちはスタイルも良く化粧もただ目を黒く塗りつぶすだけでなくちゃんと綺麗にほどこしています。唇だってあなたのようにギトギトではなくプルプルの可愛い唇でしょう?頬もあなたみたいにオカメインコと間違えてしまうような色をしていません。人にどうこう言う前に一度ダイエットをして、もしくは全身整形でもしてから出直してください。そうすれば陰で言われている“お豚様”からあなたが望む“お姫様”に呼び方を変えてくれるかもしれませんね。っと、すみません肝心の優大についてですが迷惑しているみたいなので今後一切関わらない様にしてくださいね。』
言いたいことを言えてスッキリした私は一秒もこの女の子を視界に入れたくないのでそのまま教室を後にしました。初めて見たときから“私とは合わない”と思っていましたがまさかここまで言ってしまうことになるとは私自身驚きです。後ろから優大がついてくる気配がしましたがもう優大と話していることであの女の子が私に寄ってくることはないと思うのでそのままにしました。あれだけ言ったのですから。あぁ、でも明日から嫌がらせなどは受けないでしょうか?やられたらやり返しますが。と、廊下を歩きながらいつの間にか真後ろにいた優大に抱き着かれながら歩くのはちょっと疲れてきました。さっきまではアドレナリンがもの凄く分泌されていたようで気にならなかったのです。あとは冷静になってみたら休み時間なので他のクラスの人たちの視線がとても痛いです。
「志乃ってば久しぶりに爆発したな。ま、志乃からキスしてくれたから俺は嬉しかったけど。」
『まぁ、あれはノリです。今後はああいったことはないと思いますよ。それにそう何度もあんなことがあるのは疲れます。』
「今日は帰ったら俺が特別にマッサージしてあげるから。」
『マッサージだけですか?』
「それ以外のこともお望みで?」
『優大にまかせます。』
冷たい態度をとっているように見えるかもしれませんが優大に一か月と期限を突きつけたくせに自分からそれをやぶってしまうくらいには大好きなのです。
あ、あともう一つ。
私は意外と短気なのですよ。
ここまで読んでくれた方々に感謝です!