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さいご

 あいつは結局午前中まで寝ていて、夕方頃帰って行った。



 その後俺はあいつの本の続きを読み始めることにした。

 勿論あいつの書いた本だから俺も出ている。

 なんだか不思議な気分だ。俺が小さな俺を見下ろしてるみたいな錯覚に陥る。

 多分こういうのを客観視してるっていうのだろう。 あいつから見た俺はこんな感じなんだな。少しばかり嬉しかったり、恥ずかしかったり。












「夕食出来たよ!」

「もうちょっと待って良いところなんだ」



 こんなにも本に夢中になったことなんて無かった。

 というか小学校の読書感想文以来本なんて読んでなかった。だから辞書を駆使して読み進めていった。

 ちょうど今、あそこだ。

 あいつが車に牽かれる経緯のところだ。

 あいつがなんで牽かれたかやっとわかる。






「ねぇ、まだー、冷めちゃうよ」





「えっ?どこ行くの!ちょっ」






バタンッ、






「と、夕食は?」













 私。

 随分とお世話になってしまった。まだお酒が抜けてないのか頭の上の方がふわふわしている。

 これでは危ないな。どこかに座って落ち着いてから帰ろう。

 私は適当に見つけた小さな公園に入ってベンチにもたれかかった。




 やはり酒が残っていたのだろうか、黒いテントが見えた。

 目を擦ったり顔を叩いたり、終いに蛇口の水で顔を冷やした。




「またか」




 三度目だ。

 これは。幸運なのか、不運なのか。でも、今回も入らなくては行けない気がした。



 私はまた入ってしまった。




「どうも」

「お待ちしておりました」

「えっ?分かってたんですか?来ること」

「はい。条件屋ですから」

「そっか。条件屋さんて自分も条件を使うんですか?」


「使いますよ」

「へぇ、じゃあ結構楽しそうですね」

「そうですか?嫌なこともありますよ」

「嫌なことなんてないでしょ。だって未来を自分で決められるじゃないですか」

「まあ、そうですかね。でも良いことだけではありませんよ」

「そうなんですか?例えば?」

「今とか」

「えっ」


 その時ばかりはわかった。条件屋が少し笑ったと。


「私は貴男様に貴男様が望んでいる以上の条件を差し上げた」

「そのことは本当に感謝してます。条件屋さんの言葉がなかったら僕はこんなに良い経験を積むことは出来ませんでした。それよりもあんなに一所懸命に大学へ行こうと思わなかった」

「貴男様は欲が出た」

「…欲?」

「あまりにも上手く行き過ぎるものだから、思慮分別がつかなくなった」

「えっ?」

「貴男様は私との約束事をお破りになった」

「約束?」

「条件を誰にも漏らしてはいけない」

「でも、誰にも―」


 書いてしまった。本に全てを書いている。



 なぜかわからないが私の体の節々がわなわなと震えてきた。



「願いが壊れる…」

「そうです。願いが壊れます」

「どうなるんですか!?」


 久しぶりに冷や汗をかいた。

 私は濡れている手を条件屋の乾ききった手に結びつけた。蜘蛛の糸にもすがる思いで握った。



「人生という積み重ねてきた建造物の一部がすっぽり無くなります」

「どういうことですか?」

「どんなに凄い建造物でも重要な部品が抜け出たらどうなりますか?」

「崩れる?」

「その部分から上は崩れ落ちて、多分下にも影響が出ると思います。それに周りにも被害が及びますね」


「じゃあどうすれば壊れないんですか!条件屋ならわかるでしょ!」



「はい。一つだけ手っ取り早い条件が御座います」


「なんですか!」




 条件屋は私の手を解き、手で顔を隠した。



 何をしているんだと思った瞬間、前髪をすべてあげて顔を見せてきた。





「うわぁぁぁぁあああ!!!!!」






目が無かった。












 俺。

 まさか、あいつまで条件屋に手を出してるとは思わなかった。

 しかも二度も。

 あいつは二度も手を出してるのに条件屋との約束を忘れて、あんなにも堂々と書いてるとは思わなかった。

 一度目の焼き肉は気付かなかったが、二度目の場面になって気付いた。

 だから急いで走り出した。何が起こるか分からないが何か大変なことが起こりそうな予感がする。いや、起こる。あいつの願いが壊れる。


 兎に角、走った。




 通り過ぎた公園に人が倒れているのが見えた。急いで引き返した。











 私。

 条件屋の顔面に恐れ驚き、テントから出ようとするもテントが開かない。


「私ね。条件が見える代わりに目が見えないんです。今、この状況も見えてないんです」


 出口はどこだ。どこも開かない。


「貴男様の願いを壊さないようにする手っ取り早い条件はですね」


 私は条件屋に背を向けながら聞き耳をたてた。


「貴男様の目を私が戴き、貴男様はこの世から存在を無くしていただきます。そうすれば、貴男様の願いは壊れませんし、貴男様の周りの方々にも悪影響は及びません。どうしますか?」


 私は条件屋の方を改めて見た。

 私の"願い"を維持する代わりに私の"目"が奪われる。



「一つ聞く。この世から存在が無くなるってことは死ぬのか」


「いいえ。私の代わりに条件屋をやっていただきます」



そういうことか。



「だったら僕の願いは維持されて無いじゃないか」


「維持はされています。貴男様の願いを維持しなければ均衡は保てず周りの人に影響を及ぼします。そして貴男様が御自身の代わりに条件屋を見つけたとき、また御自身の人生を歩むことができます。まあどれほどの歳月が経つかは分かりませんが」




 この際自分の願いなんかどうでもよい。

 自分の願いのせいで周りの人々に迷惑はかけられない。


 家族や彼女、友達、それにあいつは結婚するらしいしな。





「目をとれ」



「誠ですか?」



「目ぐらいくれてやる。これで僕以外の人に迷惑はかからないんだろ」


「はい。そうすれば願いは維持されて、周りの人に被害は及びません」


「それならいい。速く僕の目をとれ」



「では―」














 俺。公園。

「おい、起きろよ!!」



 あいつは両目から血を流して倒れていた。

 誰かに目玉を取られている。そのショックで意識がなかった。下手すれば死んでしまう。




「おい、お前!」

 ちょうど近くにいた女の手が赤く、逃げていくようで怪しかった。駆け寄って肩を引っ張った。



 長い髪が大きな弧を描きながら振り向くと、

その女の目の周りは真っ赤に染まっていた。

 俺は驚いて言葉が出なかった。



「あー、覚えてるよお前のこと。あの時は見えてなかったけど雰囲気でわかる。あのお嬢さんと付き合いたいって願った子だろ」

「お前、もしかして」

「元条件屋さ。今はあいつだけどね」

 といってあいつを指差した。

「はっ?どういうことだよ?」

「条件さ、あいつの願いを壊さないためのね」

「それで目を取ったのか?」

「そうさ、直に血は止まって意識を取り戻すよ」

「お前何してんだよ!!」

 女の胸ぐらを掴み押し倒した。そしたら女は笑い始めた。

「しょうがないじゃないか。あいつはそれを選んだんだ。周りに迷惑をかけないために条件屋になったんだ」

「迷惑って何だよ」

「あいつの願いが崩れると周りの奴の願いも影響されて崩れる。それほどデカい条件をくれてやったのさ私は」

「てめぇこうなること分かってたのか」

「あーわかってたさ、元条件屋だからね」

「くっそ!!あいつが元に戻る方法はねぇのかよ?」


「一つだけある」


「言え!!」


「条件屋に願いを叶えてもらった奴の目をあいつにくれてやれ」


「はぁ?どういうことだよ」

「例えばお前が目をやればあいつは直ぐに元に戻るがお前が代わりに条件屋になる。多分お前以外にあいつに目をやろうとする奴はいないと思うが」


「…」


「言っとくが私の目は無理だよ。私は一回、条件屋をやったからね」


「…」


「まあ条件屋に願いを叶えてもらった奴を探すのは難しいし何しろ目玉を奪うなんて無理だ。手っ取り早いのはお前の目玉をくれてやればいい」


 一瞬、考えてしまった。

 俺の目をくれてやればあいつを救える。だが俺は条件屋になって、彼女との生活が無くなる。二つの感情が対立している。




「お前が目をやらなければあいつはいつ元に戻れるかわからんよ」


「…」


「さあどうする。青年よ」




 どうすればいいんだ。




「速くしないとあいつ、条件屋として動き出してどっか行っちゃうぞ。そしたら見つかんなくなるぞ」


「うるせぇな!!!」




 目をやるのか。




「私はもう関係ないから、これでドロンするよ」



 女は俺の手を外し、そのまま消えていった。







 目玉のない、

あいつの前に立ち、

考えた。







 自分の目をえぐり取り、あいつを救うのか。



 それとも自分の道を淡々と歩み、幸せを掴むのか。






























































「ねぇ?」

「ん?」

「目、」

「目?」

「どうしたの?」


「えっ、なんか変?」


「多分」























オワリ。

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