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全てがうまく行っている。
あの条件屋のお陰なのか。
今のこの状態は成功と引き換えた代償なのだろうか。
確かに歩けないのは大変不自由だが、今この時、人生で一番いい経験が出来ているのではないだろうか。
ある時、大学の準教授から声がかかった。
「君に取材を求めたいという話が舞い込んでな」
「僕にですか?」
「そうなんだ。勝手ですまないが、私が君のことをそいつに話たら興味津々でしょうがないんだ。そいつは旧友でな…」
「僕なんかでいいんですか?」
「そうなんだ。でどうかな?受けてくれるかな」
「最初からお断りするのもよくないと思うので一度どこかでその方とお話ができたら嬉しいです」
「おー、ありがとう。ではまた後日伝えに行くよ」
「失礼します」
とある飲食店。
とりあえず私はその準教授の旧友と会うことになった。
「どうも初めまして。この度は無理を申しつけて済みませんでした。私、こういう者です」
名刺を渡されて拝見した。
雑誌社の人か。
「こちらこそ、始めまして。雑誌社の方とお話できる機会なんてなかなかないのでとても嬉しいです」
「そう言っていただけると気持ちが楽になります」
それから雑誌社の人と色んな会話を交えながらお互い探り探りで相手の素姓を理解していった。
そして相手方の雰囲気が少し固くなった時。
「単刀直入に申し上げますと、あなたのその経験を本にしませんか?」
「…えっ?」
「いきなりこんな事を言われても困りますよね。でも私はあなたのその人生に惹かれた。こんなに素晴らしい人をほっといては置けないと思い、今回こういう形を取らせていただきました」
「はぁ、とりあえず、自叙伝を書くと言うことですか?」
「そうなりますね。あなたのその努力を沢山の人に知ってもらいたいのです」
「でも僕、本とかあまり読まないですし、寧ろ文章も書いたことないので…」
「大丈夫です。バックアップはお任せ下さい」
「少しお時間を頂けないですか」
「はい。喜んで」
そのあと私は雑誌社の人に外まで車椅子を押してもらって帰路についた。
とりあえず父さんと母さんに相談してみた。
二人は反対はしなかった。寧ろ、良い機会だからやってみたらと勧められた。
彼女にも相談してみた。
「もしもし、今大丈夫?」
「大丈夫だよ、どうしたの?」
「今日さ―」
以下同文的内容。
「ふーん。あなたはやりたいのそれ?」
「僕は、はっきし言ってどちらでも構わないんだ。やったらやったで楽しそうだし、やらなければ面倒にならない」
「優柔不断ね、いつもなら二者択一の時ははっきり決めるのにこういうことはなかなか決められないのね」
「まあ、何せ、いきなりだから、困るよ」
「私だったら恥ずかしくて書けないな。そんな大層な人生歩んでないし」
「僕だってそうだ」
「あなたの人生は他の人が聞いたら驚くわよ。実際私もあなたの話をきいて驚いたもの。なかなかあの状態で大学行こうなんて私だったら思わないな」
「…」
「まあ、書いてみたら?それでお金入れば医療費とか学費の足しになるんじゃない?バイトみたいな感じでやってみなよ」
「売れればな」
「売れるんじゃない?だって雑誌社の人がわざわざ会いに来たんでしょ?そういうのなかなかないと思うなー。私も一回くらい本とか出してみたいもん」
「で、結局どっち?」
「鈍いなー、書いてみたらって言ってるのよ」
「あ、はい…」
「じゃあそう言うことでやってみなよ!応援するぞ!」
次に久しぶりにあいつに連絡兼相談をした。
「久しぶり、元気か?」
「おう、元気元気。お前こそリハビリは順調か?」
「まあ順調かな。台みたいのを使った歩く練習をしてるよ」
「お、もうそういうのもやってんだ。後どれくらいで歩けるようになるんだ?」
「まだわからないけど年内には歩けるかな」
「良かった良かった。これで歩いて色んな所行けるな。最初はどこ行きたい?」
「最初かー。どこだろ。遠いと疲れそうだしな。お前んちぐらいでいいかも」
「俺んちかよ。んで用件は?」
「そうだ、今日―」
以下同文的内容。
「ほう。でどうすんだ?」
「それを相談してるんじゃないか」
「あー、そうか」
「やんなくていいんじゃねぇか」
「その訳は?」
「んー。なんだろ。言い方悪いけどお前の人生をネタとして本を売り出すんだろ。俺はあんまり気持ちよくはないと思う。なんかモノみたいな―。…んーなんて言ったらいいんだろ、んーあ゛ー」
「そっかそういう考えもあるか、確かに僕の人生をネタにしてお金を貰うのか」
「まあ、俺の一意見だったってことで、第一売れるかわかんねぇし」
「そうだな」
久しぶりの会話だったから、このあと随分と話し込んでしまった。
それにまだあの時の彼女とつき合ってるらしい。
よくもまあ続くものだ。
後日、準教授に先日の話の答えを言いに行った。
「どうするかね?」
「やってみようと思います。なかなか無い体験ですし、やらない後悔はしたくないので」
「なかなかたくましい言葉を言うじゃないか。わかった。伝えておくよ。また連絡があり次第君に教えるよ」
準教授からの連絡でまた雑誌社の人と話すことになった。
今回は会社で話したいと言われて、私に配慮してくれたのか家の前まで車で迎えにきてくれた。
「とりあえずね、基本的な書き方を―」
私は雑誌社の指導の元、文章を書いた。
こんなに筆を走らせることは人生で初めてだった。普段でもこんなに動かさないのに。
しかも私とっては思った以上に労力の要る作業だった。
あれから一年弱が過ぎた。
「やっと終わったね」
「終わりましたね。ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ。楽しかったよ」
この日は普通に帰った。車の迎えも車椅子も使わないで、自分の足で。
ここ最近はもう色々歩き回っている。それに足腰の筋力を取り戻すためにトレーニングを毎日欠かさずやっている。
歩けるようになったので、公言通りあいつの家に行って驚かせてやった。それと私の本を渡した。
それからは彼女とも色んな所を歩き回って遊んだ。
「こんなに歩くようになるなんて思わなかった。ねぇどこか座ろうよ」
「えっ?でもあそこのお店行きたいんだけど」
「私のことも考えてよ。一応女の子なんだから」
「わかったよ、どこか公園に行こう」
「はー、疲れたー!足パンパン。これなら車椅子デートの方がよかったかも」
「冗談よせよ。車椅子デートだったら君に物凄い負担をかける」
「それもそうね。でももうちょっとブレイクタイムが欲しいな」
「ブレイクタイム終了」
「えっ?速いよ!まだ座ってようよ。こういう時間をまったり過ごすのも大切、大切」
出版日。
私は近くの書店に歩いて行った。
どこに置いてあるか探した。
「あった」
そんなに目立つところに置いてはなかったが、新書コーナーに置いてあった。
本の手前に小さな看板みたいな物がついていた。
「一人の男の子が起こした努力の復帰劇。あの時代の都市伝説を入れ込んだ、ファンタジー作品、絶対読んでみて下さい!私は泣きました!」
なんてことが書いてあった。
ファンタジーか。確かに、ファンタジーになってしまうか。赤裸々に書いたんだけどな。
土曜日の朝。
私はまだ眠かったが電話がかかってきたので
「もうこんな時間か…」
出た。
「ちょっとテレビ観てる!?」
彼女からだった。
「どうしたの?」
「ブックランキングに入ってるよ!」
「ブックランキング、って何?」
私はブックランキングと言うものを知らなかった。そもそもそんな物があるのに驚いた。
「知らないの!ブックランキングって本の売れ筋をランキングにするんだよ」
「で、何位?」
「六位!!」
「六位って凄いの?」
「すごいも何も、色んな有名作家さんを下に何人も抑えてるんだよ!」
「凄いんだ」
「もう!自分で書いたのになんでそんな興味ないの!」
印税と言う物が入ってきてやっとわかった。こんなに凄いとは思わなかった。そのお金は医療費や学費、家の為に当てた。それと彼女にちょっとしたプレゼントに。
テレビの取材やら雑誌社の取材が来たが面倒だったので全部断った。
久しぶりにあいつの家に行った。あいつは彼女と二人暮らしを始めていたのでそこでお邪魔することになった。
「お邪魔しまーす」
「あー、お久しぶりです」
「久しぶりだね!いつ以来かな」
「多分高校以来じゃないですか?」
「髪も黒くしたんだ、なんか清楚になったね」
「元々清楚です!」
「そうだったかな」
久しぶりにこの子にあった。高校の頃と比べて随分と変わってしまった。いや変わらなくては困る。
「おう、久しぶり!今日はなんの用だ?」
「今日は新しい家を見に来たよ」
「おっ、本当か!どうだ?狭いだろ」
「でも二人で暮らすにはちょうどいいんじゃないか?」
「まあ俺が稼げるようになったらもうちょっと広い部屋を借りようかとおもってるんだ」
「ってことは二人は結婚するのか?」
「もしかたしたらな」
「すごいな!高校からずっと付き合って結婚までたどり着くなんて」
「まぁまぁ」
「そうだ。僕の本どこら辺まで読み終わった?」
「あー、俺も読むの遅くてな。まだ怪我する前までしか読んでないんだ」
「そうか、でも読んでくれてありがとうな」
それから夜遅くまで三人でお酒を交わした。
「お前今日は俺んち泊まってけ」
「そうさせていただきます」