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いつの間にか、もう高校生活も終わろうとしている。比例して入試も近づいてくる。
もう第一志望まで1ヶ月弱に迫っている。でもまだ偏差値が足りない。後少しがなかなか上がらない。対策をしていても修正がきかない。迫り来るものは入試と同時に恐怖と焦りであった。
「大丈夫だよ。お前二年の時から勉強してたじゃんか」
「でも後少しなんだ。その少しが出来ないんだ」
「自信を持てよ」
あいつは推薦で大学が決まっていた。
この時もあの彼女とはまだ別れていなかった。そしてあの時から、あいつの評判が幾分か悪くなった。
付き合いが悪いだの、部活も出なくなる、女の影響か身だしなみも悪くなった。
私はそんなことをあまり気にする質では無かった。世俗と言うものは一人の変化にうるさい。
「まあ頑張るわ。この二年間勉強したんだから、この努力無駄にしない」
数週間後。予備校帰り。
もう少しで第一志望の入試日だ。今まで受けた滑り止めは多分取れている。
でも滑り止めに行く気は毛頭ない。
けど第一志望にやっぱり間に合わない。
「黒いテント…」
今度はまた違う場所に店を出していた。ビルとビルの間にスッポリとはまっていた。
私はこれしかないと思った。
「あら、どこかでお会いしましたか?」
条件屋は私の事を覚えていた。
「一年半前くらいに一度お世話になりました」
「あー、焼き肉の貴男ですね。再度来店するお客様はなかなか居ませんからね。貴男は運をお持ちなのかな」
「そんな事は無いですよ。でもお願いがありまして、またお邪魔させていただきました」
「ほう。それは」
「○○大学の○○学部にいきたいんです」
「今の状況はどうなんですか?」
「あともう少しなんです」
条件屋はしばらく黙って何かを考えている。と言うより未来を見ていたのかもしれない。
「んーこのままだと難しいですね」
条件屋の言葉には説得力があった。ゆえに心臓に響いた。
「…お願いです。この大学に行きたいんです」
「手っ取り早い条件が宜しいですか?」
私は即刻頷いた。
どんな条件でも構わなかった。受かるなら何でもすると言う極致だった。兎に角受かるなら。
「あなたにとって一番手っ取り早い条件をお教えいたします」
私は目を見開き、耳を立てて、条件屋の言葉に食い入った。
「まず、目を閉じまして」
目を閉じる。
「後ろを向いて下さい」
後ろを向く。
「私の指パッチンの合図と共にそのまま真っ直ぐ全力疾走で走りなさい」
パッチン。
私は走り出した。
兎に角走った
この願いが叶うなら一生で一度しか出せない全力疾走をしてやろうと走った。
これで未来が決まる。
目をつむった暗闇の中でふと気付いた。
ここを全力疾走で走ったら、大通りに出る。
多分この時間はとても交通量が多い。
そしたら車に牽かれる。
と、
気付くのが遅かった、目を開くと大通りのど真ん中にいた。
車のライトに包み込まれる。
夜の繁華街の空に、私は一つのシルエットとなった。
たくさんの人が私を見ていた。
意識が遠のく。
「起き…た、起きた…!!」
母さんの声か。
「おい!返事はできるか!」
父さんもいるのか。
「あなた先生を」
「お、おう」
私は第一志望の入試日の数日前に意識を取り戻した。
父さんも母さんも、看護師も色々と泣いていた。
私はまだ口が利けなかった。
私は事故の影響で今は歩けない。リハビリに結構な時間を要する怪我をした。
つまり、車椅子の生活を強いられる。
それから暫くして高校の友達や地元の友達が大学生になって見舞いに来てくれた。
そんな中あいつは一人で来た。
「お前、何してんだよ、なんで車なんかに牽かれてんだよ…」
初めて私に涙を見せた。泣いてくれるとは思わなかった。確かに高校一年からの仲だが今まで来た友達で泣いたのは初めてだ。
「なんかごめんな。俺あのときなんで牽かれたのか覚えてないんだ」
「大学なんて命よりも大事じゃないだろ、命を落とそうとするなよ」
「そうだね。命が無かったら大学もいけないし」
そのあとあいつと二人で卒業式のDVDを観た。
二人で笑いながら色んな話をして見ていた。
「卒業式行きたかったな」
「じゃあ今度やろうよ」
「出来ないでしょ」
「多分俺らのクラスだけなら集まるよ」
「そうかなー、そうならいいけど」
それからあいつは帰って行った。
まだ退院が出来ないから話し相手がいないと暇になる。
母さんは昼間パートがあるから夕方しか来れないし、面会時間以降は一人になる。
勉強するか。
私は母さんに頼んで勉強道具を持ってきてもらってまた大学に行くために勉強を始めた。
みんなが行ってるのに私だけいけないのはちょっと嫌だ。
勉強中。先生が入ってきた。
「偉いね。君。○○大学狙ってたんだってね」
「あ、はい」
「僕もね○○大学なんだ」
「そうなんですか!」
「まあこの通り医学部だけどね」
「○○大学ってどんな感じなんですか?」
「僕のいた頃はね―」
私は主治医の先生と色んな話をした。そして色んな話を聞いた。素晴らしい話が沢山聞けて嬉しかった。やはり頭のいい人の話は面白いし興味がわく。
先生と会話をする度に○○大学に行きたくなっていった。
入院費で流石に予備校には通えないし、この状態じゃ行くにもいけないのでこのまま一人で勉強する事にした。
一人の時間になったら兎に角勉強をする。そういう日課だった。
第一志望にむけて。それに医師になるために。
私は先生の影響で医師になることに決めた。
医学部にいく。
なんとか退院はできたがリハビリの為に通院しなくてはならない。
家ではずっと勉強をして、外出するときと言えばリハビリの時ぐらいしかなかった。
そんなときにあいつから電話が来た。
「もしもし。どうした?」
「とりあえず退院おめでとうな!」
「ありがとう。で要件は?」
「卒業式やろう」
「えっ?」
「俺らのクラスの奴らは大体集まったよ」
「えっ、ホントに?どうやって?」
「事情を言ったらみんな快く承諾してくれたよ」
「なんか悪いな」
「悪くない!お前だけ卒業式を一生味わえないのは不公平だ」
「ありがとう。日程は?」
「まだ決まってはないんだ。これから調整するところだ。また折り返し連絡するよ」
「おう。ありがとうな」
これで一つリハビリ以外の用事ができた。
勉強している途中ノートに涙が染みていた。そこに続きの文字を書こうとするが滲んで上手く書けない。
その日の夜は嬉しくて涙が止まらなかった。
こんな私の為だけに、卒業式を開催してくれるなんて。
卒業式。
私は車に乗って高校に向かった。もう春も過ぎて木が青青としている。
父に車椅子を押されながら母と三人で学校に入った。
「おー来た来た!主役の登場だ!」
あいつは私の親に挨拶をすると父に変わって車椅子を押してくれた。
「お前制服なんだな」
「みんな制服だよ」
「俺だけ私服なんだけど」
「まあ、しょうがない」
「どこ行くんだ?」
「まずは教室だ」
教室に行くとみんながいた。久しぶりだった。笑顔で迎えられて何だか少し安心した。
みんなと話していくうちに色々と心に伝わって来るものがあった。こんなにも心配してくれて、私のために集まってくれるなんて嬉しくてたまらない。
「まだ泣くなよー」
「卒業式までとっておけよ」
私は式前に顔があげられないくらい泣いてしまった。嬉し過ぎて、優し過ぎて胸が痛くなった。
みんなに笑わせられて涙は止んで、なんとか式に出られる顔になった。
私はあいつに押されながら体育館に入っていった。
人数は少ないながらに先生たちも集まってくれた。
一人ずつ出席番号順に呼ばれていく。
私の名前が呼ばれた。
「ほら、行くぞ」
「ありがとうな」
私はあいつに押してもらいながら校長先生から卒業証書を受け取った。
その後は教室でお菓子パーティーをして先生や友達と楽しい時間を過ごした。
リハビリテーション後。
先生が顔を見せてくれた。
「久しぶりだね。調子はどうかな」
「あ、お久しぶりです。まだ上手く動きませんね。これから歩けるようになるまで頑張ります」
「速く歩けるようになることを祈ってるよ。で勉強の方は大丈夫かい?」
「一応順調です」
「そうか。それはよかった。ちょっと君にいい話を持ってきたんだが聞いてくれるかな?」
「はい」
先生は私に家庭教師を付けてくれるという。先生の大学の友達が家庭教師をやっていて、私の事情を話たら無償でつけてくれるらしい。
人の恩は断ってはいけないと聞いたことがあったので、付けてもらうことにした。
一年はあっという間に過ぎた。先生の友達の家庭教師のお陰で勉強は順調に進み第一志望を受かる偏差値まで達した。
念願叶って、○○大学の医学部にはいれた。
リハビリは大学に入っても続き、先生との交友も絶えなかった。
「どうかな大学の勉強は?」
「凄く楽しいですね。色々な事を学ぶのが嬉しくてたまりません」
「君は本当に熱心だね。僕は君を尊敬するよ。僕も学生の頃もっと勉強がんばればよかったなー」
大学に通って半年。気の合う女の子とも仲良くなりいつの間にか付き合っていた。彼女は助産師を目指しているらしい。
そして最近思うことがある。
何もかも順風満帆にいっている。いや、行き過ぎだ。
私は何か良いことをしたか。私は何かこんな風になることを過去に―。
「条件屋…」
思い出した。
条件屋に願ったんだ。だから怪我をして、この大学に通っているんだ。
この数年で色んな事を経験できたし、色んな人に出会えた。
人の優しさにふれ、勉強をして努力を知り、そして彼女もできた。
こんなに人生ってうまく行くものなのか。
これは全て条件屋の力なのか。