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「なにそれ」
「まだ広まってないんだけどさ、占いとかじゃないんだけど、その"条件屋"さんに願い事を言うと必ず叶うんだって」
「マジで、すご。でもどこにあんの?」
「それがわかんないんだよね。条件屋さん気まぐれらしいんだわ」
「でも出没地とかあるでしょ?」
「じゃあググる?」
「出た、ググる」
こういう感じかは定かではないが、噂はどんどん広まっていった。
中高生なら誰もが知るようになった"条件屋"。その出没地は未だに判明しておらず、詳しい情報は少ない。
実際会った人もいて、突然現れるものだからくだらない願いを言ってしまうそうだ。結果的にはその下らない願いはちゃんと叶うらしい。
「条件屋って知ってるか?」
「出ました最近ハヤリのやつ。お前信じてんの?」
「だって必ず願いが叶うんだよ!一回くらい会いたいだろ」
「お前の願い事って何?」
「えーっと、彼女?」
「漠然すぎる」
「だってさー」
「それだけを願ったらとんでもないのとくっつくぞ」
「そっか!やばいな…願いは具体的にか」
「どうせ、都市伝説の類なんだから夢見んな」
都市伝説なんてそんなものである。ただの伝説。偽りに過ぎない。人間の欲望とか何やらが渦巻くものが作り出した虚像だ。と聞いたことがある。
だから信じない。けど、たまになかなか面白い話があるから食いつく時もある。
実際都市伝説なんか知ったところで自分の身の回りには何の影響もなく、忘れ去られていく。
のが通例と思われる。
数日後。
「どうしたのお前?なんか嬉しいことでもあったのか?」
「いや、別に。なーんも」
「今日のお前気持ち悪いな、本当にどうした?」
「だからなーんもないって!」
「なーんもない程怪しいんだよ」
「まあいいじゃん、ほら授業始まるぞ」
「なんか腑に落ちないな」
別に何時もと変わりはしないが、雰囲気が違う。
そこまで知る必要もなかろうと思い追求は避けた。
放課後。
「あれ?あいつどこいった?」
何時も一緒に帰ってるのにあいつは既に教室にはいなかった。
他の奴にも訊いたけど行方知らずのまま。
諦めて一人で帰ろうと廊下を歩いていた。
夕日が綺麗だなと窓の向こうを見ているとあいつがいた。
しかも女の子と二人で楽しそうに歩いている。
しばらく窓から目が放せせず、見えなくなったところでいったん教室に戻り時間をずらして帰った。
翌日。登校時。
「おはよ」
「お、おはよう…」
「なんかお前よそよそしいぞ」
「そうか?」
「今日はなんかお前が変だな」
「そんなことはないよ」
「ふーん」
「あのさ、」
「ん」
「お前昨日女の子と帰ってただろ」
「えっ?見られてた」
「彼女?」
「まあ」
「いつから?」
「一昨日」
「一昨日とか…、でも経緯は?」
「まあちょっと」
「勿体ぶるなよ」
「まあ多分これだけなら大丈夫なはずだ。こないだ話した条件屋わかるよな」
頷いた。
「会ったんだ」
「まじで?」
「本物に会ったんだ」
「えっ?じゃああれか、叶えてもらったのか?!」
「でかい声出すなよ」
「ごめん」
「俺が話せるのはここまでだ」
「ここまでって?他に何かあるの?」
「いや何もないよ」
昼食は彼女と約束をして二人で食べるらしいので、優しく見送ってやり、僕は教室にいる適当な輩と昼食を共にした。
やはりここでも条件屋の話題が上がった。
「お前ら知ってるか?条件屋に願いを叶えてもらうには試練があるんらしい」
「試練?クエスト?」
「そうクエストだ!クエストをクリアすれば報酬として願いが叶うらしいんだ」
「なんで試練がクエストなんだよ。なんでもゲームにするな!」
「でもどんなクエストなんだ?」
「そこまでは俺も知らん!」
「話題を振っといて自信満々に…」
午後。体育。サッカー。
「お前さ、条件屋に会ったって言ったろ」
「あんま口に出すな」
「ごめん、でもちょっと聞きたいことがあんだ」
「何?」
「お前どんなクエストをクリアしたんだ?」
「クエスト?クリア?」
「あー、条件屋から提示される、なにか、をしなきゃいけないんじゃないのか?」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「話題だしな、最近は結構詳細なことも流れてきてるらしいよ」
「それは言っちゃいけないんだ」
「え?」
「それを言うと願いが壊れるんだ」
「壊れる?」
「だから言えない」
「まあ壊れるならいいや」
「ありがとう」
「そんな大層なことはしてないぞ」
笑いながら肩を叩いてこの話は終わった。
数日後。
予備校の帰り、駅に向かい真すっぐ歩いていた。
一応有名大学には入りたいと思っていたので速めに予備校に通い始めていた。
やはり何事も速めがいいものだと誰かが言っていた気がする。待ち合わせ時刻もその数分前に着いてる方がベストだと私は考えている。
真っ直ぐ歩いていたはずがいつの間にか人気の少ない路地に来ていた。
まあ、知らない場所でもないから帰れないこともない。
道を戻ろうとしたら怪しげな黒く小さなテントが立っていた。
なにゆえ怪しげだったのでそのテントに近づかないように歩く。
一応テントを警戒しながら歩いていると「条件屋」と言う看板が見えた。
こんなにもあからさまに看板を掲げられると釣りではないのかと思う半面本物なら試してみたいという欲もあった。
数秒悩んだ末入ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
「そこのチンケな椅子にお座り下さい」
「あ、はい」
やはり外見が小さい故、中もかなり狭い。人が二人以上入ることは出来ないであろう。
「今日はどのようなご用件ですか」
この人はおじいさんなのか、はたまたおばあさんなのか。室内もライト一つで全体的に見えにくい上に、髪の毛で顔が隠されて、声もしゃがれすぎていて判断が付かない。
「あのーあなたは本当に条件屋なんですか?」
すると手を高くあげてパチンと指と指を弾いた。
あまりにも大きな音がするものだからその手を思わず見てしまった。
「こういう事で御座います」
「え?」
「お客様は今思わず私の指パッチンに驚き私の指を見ましたね」
「はい」
「こういう事です」
「えっ?どういう事ですか?」
「わからないですか。私が指パッチンをする事によって、今、あなたは私の指を見てしまうという未来が決まったのです。この指パッチンという条件がなければあなたは私の指を見ていないでしょう」
なにそれ。
「世の中全て、未来には事前の条件が関わります。一番分かりやすいのがテストです。事前に条件の見合った勉強をすれば点数があがります。条件に見合わない勉強をすれば点数は上がりません」
「はー、じゃあ準備って事ですか?」
「そう言うことではないのです。条件なのです。ある条件を満たせば未来は決まります」
「じゃあ…、僕の願い聞いてくれますか?」
「聞きましょう」
実験的に軽い願いを頼もうと思う。
「今夜の夕食を焼き肉にしてくれますか?」
「かしこまりました。焼き肉ですね」
暫く黙り込み、奇妙な空気が漂う。
「では。あなたはまずここを出て○○書店の女性誌コーナーに行き適当な女性誌を取って、尿意が来るまで立ち読みをして下さい。そして、その階ではなく一つ下の階のトイレの個室で用を達して下さい。後は直ぐに帰路について下さい。そこで重要なのは電車内では席に座らないで下さい。そうすればあなたの願いは叶います」
「随分長い条件ですね。…えっと、もし、もしですよ。電車内で席に座ったらどうなるんですか?」
「今夜のご飯は肉じゃがになります」
「本当ですか?」
「騙されたと思ってやっていただくと良いですよ」
「はー…。これでいくらですか?」
「いえ、お金は受け取れません」
「なんで」
「そんなお金を戴くようなことはしておりません。それにお金をもらったら私は責任が持てません」
「責任?」
「はい、責任です」
「はー、まあいいや。ありがとうございます」
「それでは幸運をお祈りいたします」
私は席を立ち上がった。
「あ、ちょっとお待ち下さい。この条件は他の誰かに漏らしてはなりません。願いが壊れますから」
「あー、そっか。ありがとうございます」
騙されたと思って条件屋の言うことを聞いてみた。まず指定された書店で女性誌を読んだ。明らかに浮いている。それに嫌な視線も感じる。尿意が出てきたところで下の階のトイレに駆け込み用を達し(ちゃんと個室で)、電車内では座らずに帰った。
「ただいま」
自宅に着くと肉じゃがの匂いがした。
条件屋の言ってることが違う。あの条件を満たせば焼き肉にたどり着けるはずだ。
キッチンの方から母さんの声が聞こえてきた。
「えー、もう料理作っちゃったわよ。それ明日に出来ないの?」
電話だ。
「わかった。じゃあこれを明日にするわ」
「どうしたの?」
「あーお帰りなさい。母さん肉じゃが作っちゃったのよね」
肉じゃがだ。
「でもね、お父さんが会社のクジみたいので松阪牛が当たったらしくてね。今日じゃないとおいしく食べれないんだって」
松阪牛だ!
「松阪牛!あの高級なやつ?」
「そうよ。まあ煮物だから良かったわ。明日は肉じゃがだからね」
「やった…本当だ」
「本当?そんなに明日が肉じゃがなのが嬉しいのかい?」
「いや、そっちじゃないよ」
本当だった。条件屋の力は凄い。
もし電車内で座っていたら肉じゃがになっていたかもしれない。
こんなくだらない願いを叶えてもらうんじゃなかった。
もっとしっかりした願いにすればよかった。