ぼくにも出来る事 b-2
お嬢様は夜型人間。朝が近づくと就寝モードに入る。
僕はお嬢様がちゃんと寝るまで側に居なければならない。代わりに、お嬢様が寝ている間は自由だ。
といっても、完全に自由にされた訳ではないのだけど。
薄桃色のネグリジェ姿のお嬢様が言う。
「おやすみのキスは?」
「どうぞご自由に」
そう言って僕は目を瞑ってお嬢様に顔を塚づける。
何故かその反応にむすっとするお嬢様。子供のようにぷくっと頬を膨らませ、そっぽを向いて寝に入ってしまった。
僕は顔を離し、お嬢様の寝息が聞こえるまでお嬢様の部屋に居る。
お嬢様の部屋は豪華であるが、どことなく貧相でもある。
部屋の物一つ一つは、それこそ机から戸棚、ベッド、枕からシーツに至るまで一つ一つが高価であるが、何ぶん部屋が広すぎる。彼女の私物は少な過ぎた。部屋に対して家具は一割程度しかないのである。部屋がガランとした印象を受けるのだ。
お嬢様の部屋に窓はない。天井にぶら下がるシャンデリアが唯一の照明で、今はそれも消えている。そのため、お嬢様の部屋の中は真っ暗だ。
朝日が昇ろうかと言う時刻を腹時計で確認した頃、やっとお嬢様の寝息が聞こえて来た。
「おやすみなさいませ」
僕はそう頭を足れ、そそくさと部屋を後にした。
豪勢な真っ赤な絨毯の屋敷の廊下を急ぎ足で踏みしめ、屋敷内、お嬢様の部屋と同じ階の隅の部屋、僕に割り当てられた部屋へと向かった。急がなければ学校に遅刻してしまう。
僕が自分の部屋だと思ってノック無しに開けた部屋の中には、一人の少女がいた。
が、僕は無視して着替えを始める。
「あなたは、どうしてこの家に?」
僕が着替えをしていると言うのに気にせずそう尋ねて来たのは、黒のスーツで身を包んだ小柄な少女だ。嬉しい事に、彼女は僕よりも背が低い。それだけで凄く可愛く見える。笑えばとても可愛いと思うが、生憎彼女は表情を忘れてしまったようで、いつ見ても無表情だ。
僕と同じかそれより一つ年下か。彼女は僕の後にこの家に来た従者で、僕の部下と言う位置づけだ。
「それを聞くのはやぼじゃないかな? 君だって答えたくはないだろ?」
「私はお嬢様を殺すために来ました」
「……何即答してるんだよ。それじゃあ僕も答えなくちゃ駄目になるじゃないか」
「では、お答えください」
相変わらず幼さのない可愛げもない口調だ。彼女の冷たい声色は話し相手を選ぶ。
どうにも事務的な話し方しか出来ないようなのだ。従者の仕事上、それには文句を言うまい。
だが、少しくらい甘えてくれたって構わないのに。
一応僕は上司だったので、部下の無愛想な態度を心配していた。
いや、ただ単純に彼女の笑顔が見たかっただけかもしれない。
「来てって言われたから、かな」
言われなくても来ただろうけど。
僕は執事服から学生服へと着替えながら、僕の着替えを恥じらう事無くじっと見つめてくる少女に答える。
なんか、いくら言っても聞いてくれないもんだから、慣れちゃった。
ちなみに、彼女はどうにも羞恥心と言う物を無くしたようで、自分の着替えを見られてもこんな感じだ。
え? 何故知ってるかって? そいつは、野暮な質問だろ。
僕は学生服に変な所がないか確かめ、少女に笑顔を向ける。
「じゃあ僕からも質問。どうして君は[強欲]の力に手を出したんだ?」
「……」
答えない少女見て、僕は安堵の溜息をついた。
もし君が答えたのなら、僕も答えなくちゃ駄目だろうな。
なぜ僕が狂ったのかを。
狂った僕は彼女に言う。
「いらなくなったいつでも言ってくれ。僕がその罪を背負うから」
「…………」
金さえ払えば誰であろうと殺してみせる、そんな殺し屋だろ、君は。
それってさ、狂った僕から見てもさ。
辛いだろ?
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[強欲]
欲が深い事。欲しがるために、勝ちに来ます。