ぼくにも出来る事 b-1
「ですから、あなた方のしていることを公表すれば……どうなるかわかりますよね?」
男は片膝を付き、野心でぎらぎらと光る瞳でこちらを挑発的に見ていた。
ああ、こいつやっちゃったよと僕は無表情で男を見ていた。
彼女の家は表向きには大手製薬会社だった。だが、というか想像通り、裏では違法薬物の売買、また戦争向けの薬品、そこから派生したのか兵器までもを手にかける、裏世界のトップだった。
男は大手製薬会社でありながら、そのような裏を持つ会社のトップである彼女を脅して、うはうはな生活を求めているようだった。
男の目を見る限り、金ばかりか彼女自身も頂こうと言わんばかりだった。
「そうね。じゃあ……」
そんな男の熱い態度に対して、彼女はどうでもよさそうにそう呟いた。
優雅に足を組んで、玉座を思わせる椅子に座っている彼女。薄桃色の唇に添えられた右手には金色の指輪。
どこぞの王様のような彼女は、この屋敷では文字通り王様だった。
彼女は口を歪め、そして『言葉』を口にする。
「あなたは私の奴隷になりなさい」
あっ、こいつ終わったな。
僕はどこか冷めた感想を心の中で抱いた。
正直、男の事は初対面で碌な評価を与えていなかった。
「は? ……うっ!?」
男が怪訝そうな言葉にならない声を漏らしたのと、それは同時だった。
右手の指輪が、神々しさとは別の、淀んだような金色の光を発した。
途端、男のぎらぎらしていた目がぼんやりと虚ろな目に変わる。
そして先ほどの覇気の有る口調が嘘のように変わった。
「……はい、お嬢様」
「そうよ。よく出来ました」
彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
僕は無表情で俯いていた。
僕は知っている。
彼女はこれでまた良い捨て駒が増えたと喜んでいるが、それは勘違いも甚だしい事に。
確かに彼女の命令は絶対で、彼女自身がその命令を破棄するまでその命令は続く。命令された者の行動には、命令に逆らうと言う選択肢が消滅する。それは命令された事を忠実に行なう従順な手駒に見えるだろう。
だが、この[傲慢]な能力にも欠点、というよりも弱点が存在している。
それは、命令された者は、その意識を持っているということだ。
命令を実行中の記憶はちゃんと残る。ただ、自分の身体が想い通りに動かないくなるだけなのだ。
だからそう、彼女の命令が破棄された時、その命令が破棄された人はどうするだろう? 自分の身体を好き勝手に操った彼女を、どう思うだろう。
実際、命令を受けてそれを実行した直後、彼女に刃を向けた者もいた(それは非常に邪魔臭いので、僕が彼女に見つからない場所でひっそりと処分したが)。
彼女に奴隷命令を受けた者はこれで二十人目。
奴隷命令は、絶望的だ。
生命活動以外、全ての自由が失われる。どれだけこき使われても何も文句は言えない。
自殺の権利も、剥奪される。
それでも、彼らは彼女から見えない場所では自由がある。
彼女に対して陰口を言う事は出来る。
それを浴びるのは、奴隷ではなく、彼女のお気に入りの僕なのだが。
「あなた、私の執事になって」
そう言われた僕は、奴隷よりは自由度がある。
執事は主人のためにならばどんな行動も許されるのだ。
彼女のためであれば、何だって出来るのだ。
ただ唯一出来ないのが、正直な気持ちを話せない事だった。
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[傲慢]
おごりたかぶって人を侮り、人を見下すこと。