ぼくにも出来る事 a-4
「僕は目的のある人生に憧れてた」
「……はい?」
帰宅途中のバスの中、僕は隣の女の子に話しかけていた。
セミショートの黒髪、ジト目で僕を見る僕よりも小柄な女子高生だ。見た感じ、高校一年生だろう。
ちなみに今は、電車で家のある郊外の町まで戻って来て、その駅から家付近までのバスに乗った所だ。
「生きている意味とか、運命とかそんな大した話じゃない。ただなんとなく、こうなれば良いなって未来を持てる事、それを望んでた。簡単な話、家を建てたいとか結婚したいとか、比較的明確な夢を持ちたかったんだ。僕の人生って、幸せからどん底にたたき落とされたもんだからさ、そんな些細な願いも抱けなかったんだ」
「……」
何言ってんだこの人、という刺々しい視線を感じながら、僕は独り言のように語りかける。つんつんした態度でありながら、僕の言葉に耳を傾けてくれるいい人だ。ツンデレではないと思う。
僕がそのどん底から這い上がったのは、目的が生まれたから。
もしもあの時、その目的が生まれなかったら……。
僕は狂わずに済んだだろう。
「ある日、ひょんな事から僕は目的を持った。憧れていた目的を持って、本当に叶えたいと願った。けど、それは間違いだった」
本気で叶えたいと願ったから。
その目的を本気で達成しようと思ったから。
「僕は手段を選ばなかった。それは、大きな過ちだった」
ああそうだ、僕は悪魔の囁きに負けたのだ。
それが罪だったのだ。
「それを達成してみて、待っていたのは達成感、一瞬の幸せだけだったのにショックを受けたよ。こんなもののために、僕は何を本気になっていたんだろうってね。そこで初めて解ったんだ」
僕がその目的を達成するために捨てた代償は、あまりも大き過ぎた事に。
尤も、それに見合うだけの力は得たのだけど。
けれど、それでも、失ったものは大き過ぎた。
「この世界は死にたくなる程の苦痛と、胸を引き裂かんばかりの悲しみ……そして、それらが報われる一瞬の幸せで構成されていると」
ハッピーエンドは恒久的な幸せだ。
だが人生にはハッピーエンドは無い。それはその結末が死であり、愛したり愛してくれた人との別れだからだ。
「その一瞬の幸せってのは、苦労することでより昇華されるんだ。碌な苦労もせずにつかみ取った幸せは、下ごしらえしてない高級食材みたいなもんなんだ。味気なくて、ショックが大きい。『こんなもののために……』ってね」
僕が本気で叶えたいと願った目的は、今となってはまさに『こんなもののために……』だよ。
こんなもののために、僕は何故狂わなければならなかったのか、後悔しまくりだ。
だからお節介かもしれないけど尋ねるよ。
「じゃあ、原点回帰。君には目的とかある? 本気で叶えたいような願い」
「……いえ」
その素っ気ない、どうでもよさそうな返事に僕は安堵の笑みを浮かべる。
そうだ、僕のような過ちは繰り返されてはならないのだ。
「良かった。言っちゃ何だけど、そんな願いを持つ人はクレイジー、狂っているのさ」
そう、そんな願いを持ってしまった僕はやはり狂っているのさ。
そうさ、初対面の女子にこんな話をする奴が狂っていなくて、一体誰が狂っているって言うんだ。
けれど。
「狂ったからと言って、幸せを諦める必要なんてまるでない。むしろ狂ったのだから、そこから勝ち取れる幸せは格別のものだと思うんだ」
幸せってのは、幸せと絶望の高低差が激しい程、至福のものになると思う。
まあ、狂った以上、何が幸せなのかも狂ってしまったのだけど。