星ガチャ機
「ここでの業務を一言で言えば、星ガチャ機で星を作って宇宙に配置することだ」
開口一番このように言われた。いくらなんでも一言で言い過ぎなのではないか、俺はとにかく訳が分からず、困惑した。
それほど昔というわけでもないが四十六億年くらい前にこの部署に配属されたときはどうなることかと思った。急な配置転換で右も左もわからないまま、たった三日間だけ先輩から引き継ぎのレクチャーを受けたのだ。
「星を作るって、急にそう言われましても……」
「習うより慣れろだ、一緒にやってみよう」
そう言うと先輩はキャビネットからおもむろに大量のファイルと書類を取り出した。
「あれ、星を作るんじゃないんですか」
「そうだよ。でもその前に、まず総務課あてに毎月、星の材料になる物質を全部発注する」
「それはどういうものなんですか」
「気にしなくていい。全部もうリスト化されているし、それぞれの量は、総務課が宇宙のあちこちへ手配するんだが、いつもあり合わせの用意できる分しか届かない」
「じゃあとにかく届いたものだけで作るということですか」
「そういうこと。飲み込みが早いじゃないか」
なんといい加減な、まるで役所仕事だと言いかけて言葉を飲み込む。そういえばここも役所みたいなものか。
「それからどうするんです」
「国土交通課に星ガチャ機の借用許可申請書を出す、これも形だけだ。なにせ星のガチャ機を使うのはうちだけだからな、実際は毎月申請書を出しても借りっぱなしで返したことはない」
「はあ」
「よし、これからようやく星作りだ。まずは恒星を作る。星ガチャ機には、発注した星の材料がストックされている。ここら辺のダイヤルを回して、水素やヘリウムを目一杯使う。そう、そこのダイヤルをマックスまで回して、それでいい、そうしたら、こっちのモニターで星が放出される場所を指定して、星ガチャ実行ボタンを押す。場所はそうだな、このあたりにしよう、はい押して」
とにかく先輩に言われるがままダイヤルを回しボタンに手を触れた。カチッと押すと操作室の中が様々な機械音とモニターの点滅する光に包まれた。やがて手前の方から宇宙空間へ向かって巨大な星が放出された。
「よし、だいたい狙い通りだ」
放出された赤く燃える巨大な星は指定の位置あたりに留まり、まるで最初からそこにあったかのように、宇宙を明るく照らし始めた。
「よし、あとは、恒星の近くから外側へ向かって星を作って配置していく」
「次の星の材料は何を使うんですか」
「ほとんど岩石でいい、あとは適当にあるものを混ぜるんだ」
「いくつ作るんですか」
「それもお任せだ。作れるだけ。岩石だけにガンガン作るんだな、ぷくくく」
先輩はおかしくてたまらないように一人で腹をかかえて笑った。
「まあ、真面目な話をすると、月末には材料を使い切っておかないと、在庫の管理が面倒なんだ。使い切ったほうが総務課への要求も簡単で済むからな。先月と同じです、と」
なるほど。教えられるがまま岩石の星をいくつか作った。それから材料の在庫モニターを眺めた。
「このままだと、ガスがたくさん余りませんか」
「そうなんだよな、岩石よりも、一番ガスが多いんだ、ガスとか塵がな。よし一つほとんどガスだけのガス惑星を作っとくか。そうそう、そこのガスのダイヤルだけを目一杯回して、それでいい」
「ほんとにガスだけですね」
「これがほんとのガス抜きだな、ぷくくく」
笑う先輩を横目に、今度はガス星を放出する。
「よし、その調子だ。材料も順調に減ってきた、あとは氷多め、塵多めでもいいな」
「なんか飲みもののオーダーみたいですね」
「そんなもんだ、氷集めて、ああ冷てえ、ぷくくく」
この人大丈夫なんだろうか、とふと考えたらほんとに寒くなってきたような気がして、俺は作業に集中した。氷と塵と岩石系をほどよくミックスして、先程のガス惑星のさらに外側の空間へ照準を合わせて、星ガチャ実行を押す。氷が多めだったからか、星はキラキラと輝いて、星の周りに美しいリングを作り出した。
「おっ、これはすごいな。どうやったんだ」
「いえいえ、自分でもわかりません」
「星にリングを作るのは難しいんだ、俺も今までに数回しかできたことがない。才能があるかもしれんな」
「ありがとうございます。ところで、資料を見ると、先輩の作った星は外側へ行くほど適当というか、変な星が多い気がするんですが」
「うっ、それはな、時々上からの御達しもあるからなんだよ」
「御達しってどんなのですか」
「夢があるからダイヤモンドの星を作れとか、子どもたちの願いごとのために彗星をいくつか飛ばしてくれとか、ブラックホールを作れなんていうのもある」
「えっ、ブラックホールですか? 危険なのでは?」
「そりゃそうだよ、だから御達しがあってもできるだけ無視する」
「ブラックホールを作るにはどうするんですか?」
「簡単だよ、そっちのカバーがしてある赤いボタンを押すんだ、材料がすごい圧力で圧縮されて小さな塊になって放出される」
「それがブラックホールですか」
「そういうこと、へたすると星として放出する前に星ガチャ機が壊れてしまうからな、それでもブラックホールというのは宇宙の循環には必要なときもあるんだと」
「もし、星ガチャ機が壊れるとどうなるんですか」
「そりゃ、あちこちに詫びを入れて始末書書いて、請願書やら予算要求を出して新しい星ガチャ機を作ってもらわなきゃいけない」
「面倒ですね」
「だろ、だから面倒なことはしないに越したことはない」
「月初はいろんな星を作れるけど、月末にかけていろんな理由で材料も乏しくなってきてバランスの良い星が作りづらいんですね」
「そのとおり。あれだな、給料日前はピンチだから安い酒しか飲めないのと同じだな、ぷくくく」
その他、細かいレクチャーを受けたらあっという間に最終日になってしまった。
「よし、もう大丈夫そうだな、最後に何か聞いておきたいこととかあるか」
聞こうかどうか迷っていたが、思い切って俺は聞いてみた。
「この星ガチャの仕事はなんのためにするんでしょうか」
「仕事だからやるんだよ」
「ええ、それはわかるんですが。星を作ること自体に目的があるんでしょうか」
「そうだな、これは上の人から漏れ聞いたことだが、宇宙に生命が生まれるかどうかの検証が目的の一つらしい」
「宇宙に生命はいないのでは?」
「ああ、でもちょうどうまくその星の環境に適応したユニークな生命が生まれるかもしれない」
「そのためにいろんなバリエーションの星を作るわけですか」
「そういうこと。いつかどこかの生命が、おれたちの星ガチャの仕事に感謝してくれるかもしれないぞ」
「そうですね、頑張ります」
「それじゃあ俺はもう行くよ、あとは頼むぞ」
「はい、ところで先輩はこれから何をするんですか」
「噺家になろうと思う、笑いのセンスはかなりあると思うんだ、そう思うだろう?」
「ええ、まあ……。頑張ってください」
「おう、じゃあな」と言って先輩は足早に去っていった。
お客さんが噺家ガチャに外れないことを祈るばかりだが。
ある夜遅くまで星ガチャ機を回していると、ひょいと妻と娘が職場に顔を出した。
「もうあなた、今何時だと思っているの」
「え、ああ、もうそんな時間か」
職場を初めて訪れた五歳の娘は興味津津で周りのモニターなどを見て、手を伸ばそうとしている。
触っちゃだめよと妻は優しく娘の腕を引き寄せた。
「月末になるとつい仕事が難しくて熱中してしまうんだ、ごめん」
「この子が、お父さんが帰ってこないってあんまり駄々をこねるから仕方なく一緒に来たのよ」
「それは悪かったなあ」
「さあ帰りましょう」
「あと五分待ってくれ、もうすぐ済むからさ。ちょっとだけ」
妻はやれやれといった表情で夫の顔を見つめた。
「あなたはほんとにお仕事だけは一生懸命ね」
「なんだよその言い方は」
「家事はちっとも手伝ってくれないじゃない。星ガチャは上手なのに私の夫ガチャは外れたわ」
「それは仕方ない、夫ガチャや妻ガチャをしているのは別の部署なんだよ。ガチャをしたそいつの腕が悪いんだ。いや、良かったのかな、優しくてほんとによく気のつく奥さんで俺にはもったいないくらいだ」
「もう、調子がいいんだから」
まんざらでもなさそうに妻は頬を緩ませた。
次の瞬間――どこからかカチッという音がした。ありがちなパターンだが。
ほんの少し目を離した隙に、娘がモニターのスイッチの一つに触れていた、あわてて側に寄ってみると、なんと、あのブラックホール製作ボタンだ、ボタンのカバーも外れて床に落ちていた。
俺はすぐに押されていたボタンを元に戻し、すべての材料ボタンのダイヤルをゼロにした。うまくいったと思ったが、ブラックホールはすでに作られてしまい、次の瞬間にはせっかく作っていた星たちの間に放出され、いくつかの星を一瞬で飲み込んだ。
「しまった」
そうつぶやくと同時に、どこか遠くから鈍い爆発音のようなものが聞こえ、星ガチャ機はダウンして、すべての電源も落ちてしまった。
しばらく茫然としていると、
「パパ、ごめんなさい」
大粒の涙を目に浮かべた娘が膝に抱きついてきた。
「よしよし、もう大丈夫。これからは触っちゃだめだよ、ここにある機械はとっても大事なんだよ」
「うん、わかった」
娘は泣きながら何度も首を縦に振って謝った。
やれやれ、明日から大変だ。あんなところにブラックホールを作ってしまって。始末書から大量の書類を書いて各方面へお詫び行脚だな、故障した星ガチャ機も直してもらわないと。
いや、それでも俺は恵まれている。こんな素敵な妻ガチャに当たったし、天使のような笑顔の優しい娘ガチャも大当たりだ、本日の仕事運ガチャに外れたくらいどうでもいいさ。
「さあ、今日はもう帰ろう。久しぶりにハンバーグでも食って帰ろうか」
「わあ! やった~」娘の大きな声が作りかけの宇宙にこだました。




