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三択老師

作者: 遠野三二三
掲載日:2025/12/25

超短編。何も考えずにお楽しみください。

 とある日常、ふだんと何も変わらず過ごしていたはずが、ふと一瞬意識が途切れた感覚の後、突如目の前に見知らぬ景色が広がっていた。

 見渡す限り一面真っ白な空間。まるで小説に出てくる死後のような世界に、私は死んだんだと悟り、呆然と立ち尽くす。

 しかし、いくら待てど一向に何も変わらず、意識や身体が消えるわけでも、どこぞの天使や神様が迎えに来る気配もない。

 もしや死んだというのは早とちりで、意識を失っているうちにどこぞの白い部屋に連れてこられただけかもしれない。そう思い、部屋の中を調べるために歩き出した。


 数分歩いた頃、いつまで経っても突き当たりに行き当たらず、あまりにも大きな部屋に違和感を感じ始めた頃、どこからかリンリンと鈴の音が聞こえてきた。

 この空間に来てから初めての外的要因に希望と焦燥を抱き、音のする方に必死に走り出す。「はぁはぁ」と呼吸が荒くなったが、徐々に鈴の音は大きくなり、そしてついに音の源へとたどり着いた。


 鈴の音に誘われ、白い部屋を走っていると、遠くのほうに茶色い点が目に入った。初めて白以外のいろを見つけた私は興奮して「おーい、おーい」と声を上げてさらに近づいた。

 私の声に気づいたのか、それとも最初からただただこちらに向かってきていたのか、だんだんと大きくなり、その全容がわかってきた。

 音源は大きな鈴を首に着けたトナカイで、その後ろには人を乗せたソリを引いていた。乗ってる人は赤い服を着て、真っ白で立派な髭がトレードマークのお爺さんだった。

 その姿を見て、意識を失う前に見ていた非日常、私にとって関係ないと無意識に意識外へとやっていた、今日がクリスマスという常識を思い出した。

「そうか、今日はクリスマスか。ならサンタクロースがいてもおかしくないか」

 その考えはあまりにも短絡だが、突如現れた一縷の望みに、藁にもすがる思いで、一切の警戒もせずにお爺さんへ近づき、「サンタさん、サンタさん、少しお時間よろしいですか?」と問いかけた。


 私の呼びかけに気づいたお爺さんはトナカイを止めて降り立つ。

 私の前に立ったお爺さんは想像以上の偉丈夫で、私の頭を遙かに超える位置に頭があり、かなり首を上げなければ顔を見ることが叶わなかった。

 だがしかし、たとえこの世の人物と思えなくても、ひとまずコミュニケーションを図らねばにっちもさっちもいかず、とりあえず当たり障りのない疑問から尋ねることにする。

「いくつかご質問したいことがあるのですが、私の勘違いでなければ、あなた様はかの有名なサンタクロースさんでお間違いないでしょうか?」

 私の質問を聞いたお爺さんは「ふぉっふぉっふぉ」と立派な髭を揺らして笑う。

「有名無名か知りはせぬが、いかにも儂が三択老師(さんたくろうし)じゃ」

「……さんたくろうし?」

「いかにも、儂が三択老師じゃ!」

 想像外の返答に思わずオウム返しで名前を呼ぶと、お爺さん……いや三択老師は腰に手を当て自信満々に繰り返す。

「三択老師さんですか?サンタクロースさんではなく?」

 訳もわからず問うと、お爺さんはキョトンとした後「ふぉっふぉっふぉ」と仰け反り大笑いする。

「なんじゃなんじゃ、おぬし、儂をサンタクロースと勘違いしたのか」

 三択老師の問いかけに、人違いをした失礼に恥じ入りながらも「はい、そうです」と素直に返すことしかできない。

「よいよい気にするな。勘違いなど誰しもすること。ましてや初対面の相手を初めから間違えないなど、どこで知られたか恐ろしくなるわ」

 落ち込み視線を落とす私の肩を叩きながら許してくれる三択老師に感謝し、顔を上げるとにこやかな三択老師と目が合い、ニカッと笑いかけてくれる。

 だがしかし、三択老師は首をかしげて不思議そうにつぶやく。

「そもそもサンタクロースは善い子供にプレゼントを配る者。儂から見たおぬしは確かに子供のごとき若さだが、さりとて子供ではあるまい。まさか自分を子供と思っておるのかの?」

 三択老師の疑問に再び恥じ入り、視線を外した先にいたトナカイと目が合い、子供じみたひねくれた気持ちで言い返す。

「なら三択老師たるあなた様は何用でトナカイを走らせていたのでしょうか」

 すると、三択老師は目を細め、真剣な表情で返す。

「いかにも儂は三択老師じゃ。迷える魂に三択を届けにきた」

 その返答に疑問はあれど、どうしても尋ねなければならない一言があった。

「迷える魂?」

「いかにも迷える魂じゃ。死してあの世にもこの世にもその世にも行けず、ただただ無為に何もない此処にて彷徨う魂、それらに今後どうするかの三択を迫り、次へと送り出すのが儂の役目じゃ」


「死して? もしかして私も死んだ? いやいやいや、なんで、どうして、意味わかんない」

 白い空間に来た時、さすがに私も死を覚悟したが、この空間を彷徨ううちにいつしか死への覚悟が薄れていたようだ。他人に直接突きつけられたことでパニックになってしまう。

「そうじゃぞ、まさか気づいておらなんだか?まぁ確かに、自分が死んだと気づかぬ者も多いが、ここ数年は覚悟の決まった者が数多であったのじゃがな。まぁそう落ち込むな、死は誰にも訪れるものじゃ、早かれ遅かれ死は平等なものよ」

 三択老師は混乱する私に、可哀想な者を見るように眉尻を下げながら宥める。

 三択老師の優しい言葉に泣きじゃくりながらも生前の記憶が走馬灯のように流れる。


 憂鬱な朝、辟易する満員電車、私の過失でも無く投げつけられる上司の怒号、押し寄せる納期、一向に来ぬ婚期。

 仕事、仕事、仕事、仕事、仕事サービス残業、休日出勤、気とともに失う休日、そして再開する仕事の日々。

 あぁ、なんだ。私、生きてても幸せじゃ無かったんだ。

 そう思うと、だんだん死んだことを気にすることが可笑しくなり、「あはは」と泣き笑いが止まらなくなってきた。

「私の人生、なんだったんだろ?」


 ぽつりと零れた本音に、三択老師は屈んで目線を合わせ、私の肩に両手を置いて真剣な目を向ける。

「安心しなさい、そんなお主のために儂が来た」

 暖かさを感じる三択老師の優しい言葉に、私の涙と薄ら笑いは止まり、じっと三択老師の次の言葉を待つ。

「サンタクロースが善良な子供にプレゼント送るように、儂が送るのは3つの選択肢じゃ。お主はこれから提示する三択から一つ選びなさい、その願いを叶えてあげよう」


 ひとつ、剣と魔法が飛び交う夢あふれる未知なるファンタジー世界。

 ひとつ、夢も希望も無い現実知りたるノンフィクションな全世界。

 ひとつ、来世など望まぬ静かな消滅、ただ願うは前世の復讐。


「さぁ、好きなものを選ぶがよい」


 三択老師の三択に、ぐらりと心が揺れる。

 子供の頃に夢見た世界。利便性を知る文明世界。そして何より心から望んでも果たされなかった復讐。

 むかつく相手、何度も殺したくなった相手のが顔が浮かぶたび、暗い感情が沸き立つのがわかる。

 だけど私の心の動きがわかるのか、三択老師が昏い喜びを噛み締めるようにうさんくさい表情になる。

 笑っているというより嗤ってる?

 なんだか誘導されている気がする。

 冷静になれ。

 どうせ私は彷徨える魂、迷う時間ならいくらでもある。

 今まで押しつけられ続ける人生だったけど、三択老師は私自身に選択を迫っている。選ぶ権利があるのは私なんだ、なら、もっと視野を、選択肢を広げることもできるはずだ。


「三択の内容はわかりました。なのでお尋ねしたいことがあります」

 冷静に状況を把握したい私は三択老師に確認する。

「いくつか来世をご提示頂けましたが、そこからさらに望む希望は叶えられるでしょうか?」

 私の質問に三択老師は楽しそうに眉を上げる。

「ふぉっふぉ、それはどんな望みかの?」

「そうですね、例えば……お金持ちの家に生まれ、努力無くしてあふれる才能に知恵、望んだ相手との幸せな生活、エトセトラエトセトラ」

 ずらずらと思いつく限りの条件……。いや、選択肢を羅列していく間、三択老師は目を閉じ、静かに頷きながら聞き続け、私が言い終わったと分かると目を開けて愉しそうににこりと嗤う。

「なかなか面白い話しじゃった。確かに来世の条件を聞き入れることはできる。しかし全部とはいかぬ。あくまで叶えられる希望の範囲でじゃ」


 三択老師の答えに、私は勝利を確信する。

 三択老師は三択だといった。だけど条件次第で内容は変わるのだ。なら実際には三択ではなくなる、三択老師が上げた三択以外の進路も選べるのだ。


「わかりました。なら、私が選ぶのは……」

 私の選択を聞いた三択老師は、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くし、そして今まで以上に可笑しそうに大爆笑した。



☆エピローグ☆


 三択老師と出会ってから十数年、私は新しい人生を歩んでいる。……まぁ、人生って言っていいかは分からないけれどね。

 前世のように多忙であることに変わりは無い。だけどそれは充実しているから問題ない。

 ままならない仕事(こと)に挫けそうな時もあるけれど、頼れる先輩に助けてもらったりとどうにかしている。

 だってこの生は、私が選んだ選択だから。


「おぉい、そろそろ休憩は終わりじゃ。次の仕事に行くぞい」

「はーい」


 先輩の呼び声に元気に返事をして、立ち上がりながら服の皺を伸ばす。

 私の仕事で大切なのは第一印象。身なりは大事。

 だって私の仕事は『三択老師の弟子』だから。

超短編。何も考えずに楽しんで書きました。

構想3分、執筆3時間。

おかしい、30分で書き終えるはずだったのに。

そんな作品です。

主人公たる『私』にはこれといった生い立ちも何もありません。何も考えていないから。

つまりみんなの考えた『私』が主人公!

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