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田舎娘街へ行く  作者: たろう


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5

あれからライアンは大人しくベッドの上で過ごしていたこともあり、特にこれといった体調の変化も怪我の悪化も見られなかった。時折私を探るような目でみているような気がしないでもなかったけれど、何か行動に移すだとか言われるだとかはなかったので無視することにした。


結局ライアンの上着はもう一度しっかり確認してみると、構造や裂け目の大きさなどの点から私には繕うのは無理だということで、彼のための古着を買いに村へ行くことに決めた。ズボンの方も転んだときに空いた穴があったのでそれに当て布をして修復してみたけれど、できあがりのちぐはぐさは如何ともしがたかった。


それでも何もないよりはと、下着一枚で生活することに抵抗があるらしいライアンはそれを身に付けていたが、彼曰く上着がないことにはやはり問題があるらしかった。私も森で暮らすのなら服はしっかり着ていないと虫にさされたり何かの葉っぱに触れてしまってかぶれるといったことも起こり得るので、当初の予定通り彼の服を手に入れるために、今まで集めて置いた兎などの毛皮や薬草なんかを鞄に詰めて、村へと向かうことにした。


彼はしきりに私一人で森を抜けるのは大丈夫なのかと心配する様子を見せたけれど、今まで何の問題も無いことを伝え、逆に一人で食事の準備ができるのかという私の問いかけには、しばらく黙り込んでからやっと大丈夫だと言ったが、そのことがますます私を不安にさせた。


なにせ話を聞いた限り彼はこれまで一度も料理はおろか、家事一切をしたことがないのだという。私が帰ってくるまで、家は無事だろうかと思わずにはおれなかった。


部屋の中が散らかるとか食材が幾ばくか無駄になるだとか、そういうことも心配だったが、一番は帰ったら火事で家がなくなっているような事態だった。


ライアンは気を付けるよといった。出かけている間のことはどうにもしようがないので、その言葉を信じる外なかった。とりあえず、下手なことはしないよう釘を刺して私は村へと向かった。


道中狼や熊や猪なんかに出くわすこともなく、無事に丸一日かけて村に到着すると、村の様子はいつもと同じだった。


私は小さい頃に村で嫌な目に遭ったので、それ以来村人とは並み一通りの交流しかしていない。それでも私が森から出てくるのは珍しいので、何も起きない小さな村の生活に飽き飽きしているような者たちにしきりに声を掛けられて会話という足止めをされる。


マリラのばあさんが死んだだとか、ケンとリリーが喧嘩しただとか、どこそこで子供が生まれただとか、ハリーのじいさんが大熊を仕留めただとか、そういういつもの会話の合間に、森で採れた薬草や毛皮と村の作物とを交換してほしいという声がひっきりなしにかかる。


私は今回は商人から買いたいものがあるから、個人的な買い物が終わった後で残っているものとなら交換しても良い旨を伝えてとりあえず村長の家へまっすぐ向かい、税の支払いなど簡単なやりとりをしてから目的の場所へ向かう。


できるだけ短めに村人連中との会話を打ち切り、村長屋敷でも長いはしなかったというのに、それでもだいぶ時間が掛かってしまったことに気を揉みながら、外からはるばるやってきた行商人のいる方へ足早に向かう。まだ目当てのものが残っていてくれたらよいのだけれど。


人々の流れと喧騒から、まだ、大丈夫そうだと私は村の広場へと速足で辿り着くと、人々が徐々に捌けていくところだった。私はそれを見つけてまっすぐに見知った男の元へ行く。


「やぁ、ヘスター。こんにちは」

「久しぶり、ゲイル」

「元気そうだけど最近はどうだい?森の中は?」

「いつも通りね。天候も悪くないし、森の動物たちにも特に変わったところは見られないから」

「そうか。それは良かった。変わりがないのが一番だからね。この村は少し退屈だけれど長閑で良い村だ。ほかのところではやれ山賊が出ただ、やれ熊が森から出てきただ、やれ領主が変なものに熱を上げて、そのせいで税金が上がっただとなんだかんだ色々あるからね。つい最近もブルワース侯爵領で何か問題が――」

「そういう話に興味はないの」


私は話が長くなりそうだったので、敢えて彼の話を遮って声を掛けた。ライアンのための服が買えるかどうかが目下のところ一番重要なことだったからだ。彼の取り扱う古着からできるだけ質の良い物をさがさねばならない。私はどうやら出遅れてしまったようだったから、良い物が手に入れられるか、そればかりが心配だった。しかもライアンは背が高いから、彼に会う大きさの服があるかどうかも心もとなかった。


「そうかい。じゃあちょっくら商売の話でもしますか」

「お願いするわ」

「今回も物々交換で?それとも毛皮なり薬草なりを銭に換えるかい?」

「とりあえず品物を見せて欲しいの。今日は手に入れたいものがあって」

「へぇ。何をお探しで?」

「男物の服を探しているの。できるだけ身長が高い人用のやつよ」

「男?珍しい。贈り物かい?」

「ええ、でも贈り物ではないわ。必要に迫られてよ」

「こいつは驚いた!ヘスターに男が!へぇ~」


そう言いながら不躾にゲイルが私を上から下まで値踏みするように見つめて来た。


「やめて。本当にそんなんじゃないのよ」

「そんなんじゃないっていうのなら、どういうことなんだ?」


私の言葉を信じていないことがありありとわかるニヤニヤ笑う顔が妙に癪に障る。


「あなたには関係ないわ。それよりもあるの?ないの?」

「あるぞ。仕入れて来たばかりの質の良い古着が」

「とりあえず見せて」

「ちょっと待ってな」


そう言って、男が自分の背後にある荷車の上の箱の中身をあさり始める。


しばらくあって、小山のような衣類の山を持ち上げて、それを私たちの間にある地面に敷かれた御座の上に、軽く商品を脇に避けてからどさりと置いた。


「ちょっとサイズが大きすぎるんで、売れる見込み薄だったからしまったままだったんだ。ほら、この村の男どもは筋肉の付きは良いけど背丈は標準的だろ?ここにあるのは高身長向けの物なのさ」

「へぇ」

「ヘスターは運が良い。たまたまいつもより少し多めに仕入れていたんだ」

「そう。良かった。見ても良い?」

「あぁ、構わない。ヘスターはいつも商品を丁寧に扱ってくれるからな」


そう言いながら彼がちらりと私の手を見た。汚れていないかをしっかりと確認したのだろう。


「当たり前よ。おばあちゃんにそういうところは十分気を配るよう口を酸っぱくしてさんざん言い含められてきたんだもの」

「そりゃあ良い」


そう言ってゲイルが笑った。


「で、そのヘスターの良い人ってのはどれくらいの背丈なんだ?というか、この村にわざわざ背が高い人のための服なんて指定しないといけないほどに、上背のあるヤツなんていたっけか?」

「良い人なんかじゃないし、私の詮索は無しよ。私がそういうの嫌いだって知ってるでしょ」

「あぁ、悪かった」

「身長は、そうね。あなたより頭一つ分高いかしら」

「そりゃあでけぇ。俺自身背が低いほうじゃないのに、それより頭一つ分もでかいとなると、なかなかの色男だ」

「色男かどうかは知らないけど」

「体格はどうだ?痩せてる、普通、筋肉質、太ってる、どんな感じなんだ」

「太ってはいないわね。痩せてるって感じでもないわ。かと言ってこの村の男たちほど筋肉がついてるって感じでもないかな」

「じゃあこれと、これと、これかなぁ?これもいけそうだ」


そう言っていくつかの候補を私に見せて来た。


ゲイルが取り出した服の中から良さそうなものを選び出す。彼だって商売なので、良い物だけを打ってくれるわけじゃないから、自分でその良し悪しを判断する必要がある。


私は厳しい目で良さそうなものをとりあえず選り分ける。おばあちゃんの代からの付き合いとは言え、しっかり布地の質や縫製を見ないととんでもないものをつかまされる可能性だってある。彼は親切な人間ではないのだ。


私はぱっと見で選んだ中からさらに慎重に隅々まで確認して時間をかけて厳選していく。できるだけ継ぎの少なく汚れも少なくて少しでも質の良さそうなものを選び出す作業に没頭した。ゲイルはそんな私に時折話を振ってくるが、私はそれに適当な返事でもって答えた。


思ったよりも服の品定めに時間がかかりながらなんとか最終的に上下二着を選び出した。まだ買わねばならないものもあるので、私は急いで購入の意志を見せると、ゲイルが渋い顔をしているのに気づいた。


「ヘスター……」

「何よ」

「それ、ほんとに買うのか?」

「ええ、そうよ。何か問題が?継ぎも少ないし造りは丈夫だし目立った染みもないし良いじゃない」

「確かにそうだな。確かにそうなんだが、なんというか、その」


私が指さした購入予定の服を胡乱気な目で見ながらゲイルがあいまいな態度でそう言った。言外にやめておけという意思表示があるようだった。


「何?」

「うん、なんというか」

「煮え切らないわね。はっきり言いなさいよ」


私が促すと、彼は普段は軽いくせに今は妙に重くなった口を開く。


「それならはっきり言わせてもらうけど、その色の組み合わせはないんじゃないか?」

「色?そんなのどうだって良くない?」

「いや、そうは言ってもなぁ。ヘスター。贈り物は相手のためにするもんだぞ」

「だから、贈り物じゃないってば。これでいいの。色の組み合わせなんて適当で」

「そうかぁ……?」


ゲイルが私が選び出した服の上から離れない。


何が問題だというのか。作りもしっかりしていて生地も悪くない。からし色と少しくすんだ紫色の上着、少し黄ばんだ灰色と薄桃色のズボンを見下ろしながら、あの派手な見た目の男にはこれくらいで丁度いいだろうと私は思った。


「いいって言ったらいいの。ついでに男物の下着も上下でいくつか欲しいの。そうだ。それから、男物の外套があれば見せて。被り物がついてるやつね」


そういうと手際よく上下の肌着と茶色い外套を選び出してくれた。しっかりと縫製や材質を確認してから金額を聞く。知らされた金額に問題なかったので私は持ってきていた黒い石の嵌ったカフスボタンというものを彼に差し出した。ライアンが支払いに充ててくれと言って、上着から取り外したものだった。


確かにきれいだからそれなりに価値があるのかもしれないけれどこんなに小さくて、私は本当に彼からもらった黒い石が支払いに使えるのかと半信半疑だった。しかしゲイルはそれを見た瞬間に、目の色を変えたのが分かった。


無言でそれを慎重に受け取ると、そっと手に持ってしげしげと眺める。その様子は今までみたことのない態度だった。


私はなんだか不安になってきて、鼓動が速くなるのを感じていた。


長い時間をかけてためつすがめつじっくりと見ていたゲイルがゆっくりと顔を上げると、これをどこで手に入れたのかと聞いてきた。


私はそんなことあなたに関係があるのかと言って答えなかった。


「まさか盗んだなんてことはないか?」

「あのねぇ。私がどうやって盗むっていうの。森から必要な時以外でてこないっていうのに?それに盗みは割に合わないわ。そうおばあちゃんから聞いてる。道理に悖る行いには、必ず天罰が下るからって」

「じゃあ、盗んだわけじゃないんだな?」

「もちろんよ」

「拾ったのか?」

「違うわ」

「じゃあ」

「いい加減にして。詮索は嫌いなの」


私は少し強い口調で彼の言葉を遮った。彼はじっと私を見つめて来た。まっすぐに私の目を。それからやっと口を開いた。


「支払いはこれ一つで十分だ」


そう、彼が言った。私はそのことに安堵しつつ、同時に小さくて地味な石一つで買い物ができたことに内心で驚いていた。綺麗であるがただの石ころのように見えるもので支払いができると言ったライアンの言葉を私は今までずっと疑っていた。だから今日のために貯めておいたお金を持ってきていたのに、まさか本当に買い物ができるなんて。


私が知らないことはたくさんあるのだと今更ながら実感した。


「ヘスター」

「何」

「あまり変なことに首を突っ込むんじゃないぞ」

「変なことって何よ」

「変なことは変なことだ。これは忠告だ。俺からお前への」

「どうしたの急に」

「いや。俺だって人間だ。お得意様に何かあったら気分の良い物じゃないからな」

「やめてよ。本当に何もないわ。だって、それはもらったものだもの。ここの支払いに充ててくれって」


その言葉にはっとしたような顔をしたゲイルが、小さくそうかとだけ言った。


私はその時ゲイルのことはどうでもよくて、ただ頭の中でここへ来る途中に声をかけてきた村人たちの顔と名前を思い出していた。この様子なら、持ってきた薬草類は全て彼らに渡せるなと思っていた。


村の中では物々交換が基本なので、欲しいものや必要なものを頭の中で整理しながら、購入した服を受け取ってバッグに詰めた。


「そういえばゲイル。この辺り一帯を治めている領主って誰なの?」


帰り際に思い出してそう尋ねてみた。


「ヘスター、そんなことも知らないのか?」

「だって興味ないんだもの」

「そりゃまずいって。自分とこの土地を治めているお貴族様を知らないなんて」

「いいの。それで、誰なの?」

「ヴィンドルト伯グラハム・アバネシー様だよ」

「そう。ありがとう」

「それがどうかしたのか?」

「別に。聞いてみたかっただけよ」


そう言って私は会話を打ち切ると、広場を離れた。ゲイルの視線が背中に突き刺さるような気がした。


それから森から持ち出したものを村人たちと交換して必要な物を揃えると、マリラのばあさんの家に言ってお悔やみを言ったり、赤ん坊が生まれた家におじゃましておいわいをおくったりして、それから私はまた一日かけて森の家へと帰った。


帰りつくとライアンはいたって元気そうだった。家の中も特に大事にはなっておらず、私は胸を撫でおろした。


私は家の一つしかない卓の上に手に入れて来た荷物を置くと、興味深そうな顔をしたライアンがすぐそばまでやってきて、私が荷物の確認をしている様子を眺めている。


これがあなたの服よと言いながら私がライアンに手に入れてきた彼の着替えを見せると、ライアンは膝から頽れるようにして地面に座り込んでしまった。

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