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田舎娘街へ行く  作者: たろう


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2/7

2

翌朝、何かの物音と焦ったような知らない声で目が覚めた。


はっきりと覚醒した瞬間耳に飛び込んできた聞きなれない男の声に、そういえば怪我人を連れ帰っていたのだと思い至った。ぐっすり眠ったせいですっかり忘れ去ってしまっていたのだ。


私はベッドの上でごろりと体の向きを変えると男がいるらしい方へ顔を向ける。もちろん窓を閉め切っているので部屋の中は暗い。わずかに窓枠の隙間から差し込む光がおぼろに見えるがそれだけでは部屋の中は見通せない。


非常に狼狽えたような様子と自分の置かれた状況に混乱して呟かれる言葉に、目が覚めたら全く知らない場所にいて、しかも状況も窺い知れない真っ暗闇の中にいると分かれば、彼が我を失って慌てふためくのも仕方のないことだと思う。だから、本当はもう少し寝ていたかったのだけれど、仕方なく私はベッドに起き上がった。


私が立てた衣擦れの音を耳ざとく聞きつけた男が不意に口を噤む。


眠い目を擦りながら突然大人しくなった男に向かって私は声を掛ける。


「目が覚めましたか」


そう言うと、部屋の中にいた姿の見えない男が大人しくなった。返事の代わりに、彼が息を呑む気配がした。


「体調はどうですか?」


私は続けて問いかけたが、これにも返事はなかった。私は構わずに続ける。


「そのまま少し静かにしてもらえると助かります。あなたのせいで目が覚めちゃったじゃないですか。私はまだ寝ていたいんです。それと、あまり暴れると傷口がまた開いちゃうので、大人しくしていたほうが良いと思いますよ」


彼の感じている緊張が空気を伝わって私のほうにまで届いたけれど、私はそれに頓着しなかった。家の外からはいつものように鳥の囀りが聞こえていて、それがなんだか可笑しなことのように感じた。


「そこにいるのは、女なのか?」


しばらくあってそれだけの言葉が返って来た。


「はい。ヘスターと言います」


私の返事に再びの沈黙が返って来た。私はそれを気にせずさらに言葉を紡ぐ。


「体調はどうですか。あれだけの大怪我だったのですから無理は禁物です。目に見えるところの応急処置だけはしましたが、目に見えないところがどうなっているのかまではわかりませんので、しばらくは動かない方が良いと思います」

「そうだ!確か私は何者かに襲われて、それで背中を……、怪我をしたんだ。それで必死で逃げて、しかし痛みと失血で気を失って、それから……。思い出した。私は確かに深刻な怪我を負った。もう体を動かせないほどだった。なのに、今は痛くない……。どういうことだ?」


恐る恐るという風に、自分の体を確かめるような衣擦れの音がする。


「それは良かったですね。でもまだ完全に良くなったわけじゃないんですから、もう少し寝ていた方が良いですよ」


私はあくびを噛み殺しながらそう告げた。


「お前が手当てをしてくれたのか?」

「ここには私しかいません」

「そうか。これほどの腕前……。お前は、いや君は医者なのか?」

「いいえ。ただの女です。きっと薬草が良かったのでしょう」


私の答えに男は納得していないようで、何やらぶつぶつと呟いている。


「私はまだ眠いのでもう少し寝ます。あなたを運んだり手当てをしたりで昨日は本当に疲れてしまって。あ、トイレは家の外です。裏手にありますので勝手にどうぞ。使ったら井戸の水で流しておいてくださいね」


それだけ言うと、すっかり大人しくなった男の様子に満足した私は布団をかぶってもう一度目を閉じる。すぐに眠気がやってきて私は再び穏やかな夢の世界へ片足を突っ込んだ。


しかしそのまどろみと沈黙とはそれほど長い時間のことではなくて、ややあって驚きから快復した彼が再び口を開いて騒ぎ出したために、それらは見事に吹き飛ばされてしまった。


「なぁ、お前!いや、君!尋ねたいことがあるのだ。だから寝ないでほしい。頼む!どうか、私の質問に答えてくれないか。ここは一体どこなんだ。君は何なんだ?何がどうなっている。状況を、この状況について詳しい説明を求む」

「起きたら説明します」

「起きたらって、なぁ待て、頼む!」

「ではおやすみなさい」

「おい君!寝ないでくれ!」

「そうそう。ここには盗んでもお金になるようなものは一切ありませんので」

「そんなことしない!」

「そうですか。それは良かったです」

「私が居た場所の近くに他の誰かはいなかったか?連れ合いがいたのだが、ごたごたではぐれてしまったんだ。私をきっと探しているはずなんだ。なぁ、近くに誰かいなかったか!おい!」


私の名前を教えたというのに、彼は名乗りもせずただ一方的に質問責めにしてくるのを私は無視して目を閉じた。言葉遣いも態度もなんだか横柄だ。これは面倒な人間を助けてしまったかもしれないと、私は再び後悔し始めていた。


自然は自然のあるがままにしておくのが良いとおばあちゃんは言っていた。怪我を負った動物を助けるようなことはしてはいけないと。それはきっと人間に対しても同じはずだ。なのに、昨日の私はあの男を助けてしまった。


けど、仕方がないことだったし……。


さきほどまであったふわふわとしたまどろみは、彼の騒がしい声でどこかへ行ってしまっていた。瞼を閉じてはいるけれど、眠れそうになかった。


私はそれがなんだか癪に触って、意地でも寝てしまおうと布団の中で丸くなった。


男は、徐々に落ち着いたのか言葉数が減っていったが、それでもなんだか未練がましくこちらに声を掛けてくる。


私はそれを無視してしばらくの間はじっと我慢してベッドに横になっていたが、とうとう眠るのを諦めて仕方なく自分の上の布団をはぎ取った。怪我の手当てをしてあまつさえ一晩の宿を提供したというのに、さらに自分の質問に一から十まで懇切丁寧に答えて欲しいなどと宣うなんて、本当に面倒くさい男を拾ってしまったものだと思った。


もう一度怪我の具合を見てから、問題が無いようだったらとっととお引き取り願おうと思い立つと、あくびを一つしてしぶしぶベッドから起き上がると窓を開けるために床に足を下ろした。


「少し黙っていてください。うるさいです。ここは私の家です。わざわざ大怪我をして行き倒れていたあなたを助けたというのに、お礼の言葉一つなく、それどころかこうもうるさく騒がれる私の身にもなってください。あぁもう……」


助けなければ良かったという言葉が口を付いて出そうになって、私は慌てて口を噤んだ。さすがにそれは酷い言いようだと思った。


「す、すまない。そうか、そうだな。命の恩人であるへスター嬢に対して礼を失した態度、心より謝罪しよう。すまなかった」


そう言って彼は謝罪の言葉を述べた。随分と大仰な言葉だと思った。


「それから、その、助けてくれたこと本当に感謝している。ありがとう」


そう言うと、男は静かになった。存外素直に謝罪と感謝の言葉を述べられたことに、私の機嫌は少しだけ回復した。


「いえ。ご丁寧に。当然のことをしたまでですので、お気になさらず」


私はそれだけ言うと突き出し窓のあるほうへ向かって慎重に歩みを進めると窓を開けた。勝手に閉じないように気の棒で固定してから、そのまま今度は両開きの窓を開けるために移動する。少し建付けが悪くて、私は力を込めて木の板を押しやると小さな音を立てながら窓が開いた。その瞬間さっと眩しい日差しが差し込んで、私はそのまぶしさから咄嗟に目を閉じた。


暖かな日差しが心地よい。爽やかな風を感じて目を開けると、思っていた通り今日の天気は快晴だった。雲一つない真っ青な空と緑の木々の葉っぱが目にも鮮やかで心が浮足立つ。その景色を見つめながら大きく息を吸って朝の清涼な空気を胸いっぱいに取り込むと、元気が湧いてくるような気がする。


そうしてやっと私は室内に視線を戻すと、部屋の隅々にまで光が行き届いて全てを見通すことができた。


部屋の片隅にあるベッドの上には、昨日助けた男が、驚きに目を瞠って私を呆けた表情で見上げているのが目に入った。見開かれた彼の緑色の瞳が私をじっと見つめていた。

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