メガネは買えただろうか
久しぶりに口に入れたチョコレートは、やけに濃厚に思われた。チョコレートの包みを見る。見慣れない包み。ただ、そういうことなのかな。とくに重くとらえなかった。チョコレートの濃厚さは、いやな濃厚さではなかった。むしろ、いつまでも口の中がそうあってほしいと思うような、甘美な濃厚さだった。
家に満足なお金がないからと、高校への進学をあきらめた布施。中学を卒業して、どこかで働きはじめたようだった。その職場がどこにあって、どんなことをしているのか、僕には、わからない。
メガネは買えただろうか。貧乏だからと、メガネを買ってもらえなかった布施。買ってもらえなかったというより、買ってほしいと布施自身が言えなかったのかもしれない。よく見えないからと目を極端に細めてしまうそれが、相手を睨んでいるように思われて、クラスから嫌われていた布施。メガネは買えただろうか。読むとき、本に口づけでもしてるんじゃないかというくらい目を近づけていた布施。メガネは買えただろうか。
学校の席が隣になったとき、僕は、そういったこと、つまり、目が悪いとか、嫌われていることとか、それらをまだ、よく知らなかったから、布施と普通に話をしたように思う。どういった流れからだったか、布施がつくったたまご焼きを食べたことがあった。青海苔が入っていたたまご焼き。おいしかった。
僕が布施と話をすることで、高木は、嫉妬じみた感情を強くして、布施につらくあたったことがあった。そんなことがあっても、そんなことをしても、僕が高木と付き合うことはなかった。
なにかというと、いつも、すいません、すいません、と言ってばかりだった布施。貧乏だから、きっと恋愛なんてできないし、結婚もできないと言っていた布施。僕は、たしかに、貧乏ということではないけれど、満足な恋愛なんて、してこなかったし、結婚も、していない。親の敷いてくれたレールの上を進んでいくだけの人生。小説を書くのは、もう、やめてしまった。いつまでも夢を追いかけていられるような、そんな年では、なくなってしまったから。
布施、いまでもたまご焼きに、青海苔を入れているのかい?
布施、もったいないからと、焼いたお餅にしょう油をつけないで食べているのかい?
布施、あんまり、すいません、すいません、ばかり言わないほうがいいと思うぞ
布施、メガネは、買えたのかい?




