99.かつての町にて
その後、インドール公国の他部隊が合流し、俺たちは進軍を再開した。
しばらく、見渡す限りの砂漠が広がる中を進んだ。
そして、魔王領侵入から3日が経過した。
「ああ、腹が減った」
「水は魔法で出せるが、食いもんだけはどうにもならねえんだよな」
この3日、何も食べていない。
象車の速度も低下し、歩きと変わらないほどになっている。
俺たちは、深刻な食糧難に直面した。
本来は旧境界で停止し、砂漠に特化した部隊に守備を交代する予定だったのだが、想定以上の勝利で強気になった公国がさらなる進軍を指示したのが原因らしい。
砂漠には目印や明確な地点が存在しないため、転移魔法で食料などを送ってもらうことは不可能だ。
転移魔法は明確な地点を設定しないと、その範囲でランダムな場所に飛ばされてしまう。
もし魔王軍の目の前や、帰りの魔法を発動できない場所に飛ばされてしまったら、無駄な犠牲を増やすことになる。
「皆さん、もう少しでかつての町に到着します。もしかしたら、物資があるかもしれません」
空腹のあまり齧った痕跡のあるターバンを巻いた男が、ふらつきながら言う。
「おぉ……。着いた、着いたぞ!」
俺は感極まり、涙の滲んだ目を擦る。
目の前には、かつてインドール公国が領有し、8年前の戦いによって魔王軍に占領された町、バクタ。
ぼろぼろだったカッタとは異なり、建物はひび割れているものの保存状態はよく、最近まで誰かが生活していたような痕跡もある。
さっきから臭いのは、焼きかけの肉が腐った臭いだ。
「おそらく、魔王軍が拠点として使用していたのでしょう。我々の進軍の知らせが届き、撤退したようですね」
なるほど、攻撃の気配は一切ない。
「ただ、何者かの気配を感じますね。敵意はなさそうですが……」
そこが気になるんだよなぁ。
「……待ってください、何か聞こえます」
俺はターバン男が話すのを静止し、耳をすませる。
「……けて、……」
「子供の声ですね。女の声も混じってる。ただ男の声は全く聞こえない」
「ほう。……もしかしたら、ここの元住民かもしれません。早く探しましょう」
バクタに住んでいた2千名のうち、300人は命からがら逃れることに成功した。
その後500人分の遺体が転移魔法で首都カーリに送りつけられる事件が発生し、追って魔王軍から、それがバクタで死んだ全員である、死者に敬意を払い貴国へお返ししますと声明が届いた。
すなわち、残り1200人は行方知れずだ。
もっとも、魔大陸に奴隷として売り飛ばされている説が濃厚ではあるが。
もしこの声が住民のものだったら、その遺族は救われるだろうし、まだ見つからない者の遺族も希望を見出すことができる。
「アルト冒険者諸君、この声の発生源を全力で探せ!」
「「おおーっ!」
俺たちは次々と建物に突入する。
ただ、見つかるのは綿の飛び出したぬいぐるみや床の血溜まりなど悲惨な痕跡や、折れた剣や弓のつる、穴の空いた盾などの魔王軍の出したゴミばかり。
俺たちは建物をしらみつぶしに物色しながら、町の北方へと進んでいく。
「……ここだな」
「ここですね」
町の最北に、馬小屋のような粗末な建物があった。
中からは啜り泣く声や助けを求める声が。
魔王軍が撤退する際に食料を置いていくわけがない、きっと空腹だろう。
「……なあ、今思ったんだけどさ。
こいつら助けたら、俺たちが食べる分減るよな。
俺たちは何も見てないし聞いてないと言うことに……」
「「できるかこの人でなし!」」
仲間たちからの冷ややかな目線が向けられた。
「誰かいるのか?」
俺たちは、おっかなびっくり馬小屋の中に入る。
もし魔王軍の策略だったら一巻の終わりなので、いちおう火炎旋風の詠唱を済ませた。
窓もない馬小屋の中では、たいまつ代わりにもなる。
声は右から聞こえる。
右を見れば、そこには。
「あなたたちは……」
奥まで続く鉄格子の中に、ぼろ衣を来て足枷をつけられた人々が押し込められていた。
近くにいた少女が、こちらに潤んだ眼差しを向ける。
「我々はアンデレア王国アルト防衛隊、及びインドール公国連合軍である。そちらは?」
「助けて下さい、魔王軍に捕まって、ここに放り込まれたんです」
そこまで聞くと、俺は皆の方に向き直り。
「……って言ってるけど、これが本当な証拠はあるのか?」
「「この人でなし!!」」
結局、魔王軍の捕虜の尋問用に持ってきていた魔道具で、真実であることが確かめられた。
まもなく、鉄格子は盗賊たちによって開けられ、剣士たちが足枷を叩き斬った。
中から、住民たちがぞろぞろ出てくる。
とりあえず、外に整列させた。
「縦に20人、横に25人……。ざっと500人はいるな。これは大きな収穫だ」
「収穫って何ですか。皆さん、もう大丈夫です。この人がちょっとアレなだけで、みんな優しいですからね」
「アレってなんだ、その真意を問おうではないか!」
さっきから横にいた荒川が妙なことを言い出したので、そろそろ維持に疲れてきた火炎旋風をこいつに放とうと思う。
「あ、ああぁぁ……」
煤だらけで倒れる荒川を一瞥したあと、俺は住民たちに向き直る。
「さて、あいつはあんなことを言っていたが、俺はとてもとても優しい人間だ。
今後の戦略の参考にしたいから、魔王軍の行いについて話してくれ」
杖をペン回しみたいに手首のスナップを効かせてブンブン回すと、住民のうちの数人が、震える声でぽつぽつと話し出す。




