95.新年を迎えましょう
アルトに帰還し、クエストをのんびりとこなすこと1週間。
雪の降る日も減り、さす日差しも暖かなものになってきた。
この頃になると、全国が浮ついてくるらしい。
自然と共に生きるこの世界の人々にとって、若葉が芽吹き生き物が冬眠から目覚める春は、新たな年の始まりを表す。
このアルトも例外ではなく、新年を祝う準備が着々と進んでいる。
詳しく話す前に、この世界の神話を説明しておこう。
かつてこの世界は、2柱の神によって作られた。
それは、陽の男神ソラリスと、陰の女神セレーナ。
ソラリスは大地、動物、そして太陽、それより生まれる光、昼の世界を。
セレーナは海、植物、そして月、それより生まれる闇、夜の世界を作った。
最後に、2柱が協力し人間を生み出した。
まあ大体こんなところだ。
暗く寒い冬と、明るく暖かい春の境目は、まさに2柱の入れ替わり。
その時には、冬を守護したセレーナ、これからの夏を守護するソラリス両方に向けて感謝の祭が開かれる。
それが、新年祭である。
新年祭は、教皇らが毎年行う儀式の結果によってその日程が決まる。
今年は、明後日らしい。
「おーい、こっちに釘持ってきてくれ」
「もう少し左に動かしてくれ。……よし、固定しろ」
街に繰り出せば、あちこちで屋台やら神の像やらを作っている賑やかな音が響く。
冒険者たちも、この頃は静かな心で新年を迎えるとか何とか言って、クエストをせずギルドでだべっている。
かく言う俺も例外ではなく、屋台の営業申請に大して目も通さずはんこを押す日々だ。
まもなく、新年祭当日がやってきた。
「みなさん、大広場に集まってください。まもなく祭りが始まります」
スピーカーから流れる放送も、心なしかうきうきしている。
ギルドから少し南に向かったところにある、学校の校庭が何校分も入る大きな広場。
いつもは子連れの家族や暇な冒険者がまばらにいるばかりのそこは、町中の人々によって埋め尽くされていた。
この街の元来の治安の良さに加え、来襲してきた敵を次々と撃破し、王都防衛戦でも武勇をあげたアルトの評判は急速に上昇。
全国各地から引っ越してくる人が増加し、人口はついに7万の大台に乗った。
もはや城壁内では対処しきれず、外にも住宅が立ち並び始めている。
そのほとんどがこの広場に集結しているので、その熱気といったら……。
「……気持ち悪い」
「大丈夫? あんた絶対こういう場所苦手だもんね」
首を押さえてえずく俺を、半ば心配、半ば呆れて見つめる玖珠田と、妙にゆっくりと背中をさする三城。
それを微笑しながら見てくる井川たち。
「皆さん、只今より新年祭が始まります。
まずは、神々に対する祈りの言葉を捧げましょう」
場の喧騒が一気に静まり返り、厳粛な雰囲気に様変わりする。
広場の中央に据え付けられた石造りの神像に、司祭が恭しく礼をする。
人々も礼をするので、俺たちも慌てて礼をした。
「偉大なる神々よ、我々が今この地に……」
司祭は聖典を開き、長々と祈りの言葉を読む。
「……今祈りを捧げん」
司祭はそこまで言うと、聖典を閉じる。
ふう、終わった。
そう思ったのだが。
「「偉大なる陽の神ソラリスよ、偉大なる陰の神セレーナよ……」」
今度は、群衆皆が唱え始める。
俺たちは、近くの人が持っていた聖典を盗み見ながら、何とか合わせる。
防衛隊副隊長ともあろう人が祈りの言葉が分からないなど、面目丸潰れだ。
数分ののち、ようやく儀式は終わった。
儀式が終われば、あとは楽しむばかりである。
酒や果汁のジュースが配られ、司祭の音頭のもとに乾杯が行われた。
皆はそれを飲み干すと、町中に散っていった。
俺たちも、散々楽しんだ。
神のお面を被ってみたり、神話に出てくる魔獣のぬいぐるみとやらを射的でゲットしてみたり。
ぬいぐるみは、なぜか玖珠田に奪われてしまったが。
こういう日は魔王軍が攻めてきそうだが、向こうも向こうで別の祭をやっているらしく、街は平和そのものだった。
日がとっぷり暮れ、あちこちに泥酔して倒れている冒険者や、酔った勢いでナンパしている冒険者や、路地でリバースしている冒険者が見られるようになった頃。
冒険者に酒を与えてはいけないという教訓を学びながら宿に戻ると、そこには。
「……むにゃ……」
魔獣のぬいぐるみを抱きしめながら、机に突っ伏して寝ている三城がいた。
何でこいつが俺のぬいぐるみを持ってるんだとか、何でこんな所で寝落ちしてるんだとか、いろいろ疑問はあるが。
俺も早く寝たいので無視して部屋に向かうことにしよう。
「……へくち」
……待てよ?
暖かくなったとはいえ夜間は冷え込む。
ただでさえドジで弱っちくてまだ成長期が来てなさそうなこいつを、寒ざらしにしておけば何が起こるだろうか?
絶対風邪ひく。
巷では『地獄の炎を操る者』とか言われているらしい俺だが、そこまでの冷血漢ではない。
とりあえず、俺のマントだけ掛けてやり、足早に自分の部屋へと向かう。
祭りの興奮冷めやらぬ街の喧騒を聞きながら、俺は眠った。




