87.潜水
「いや、俺も忙しいんで帰るよ」
俺は周りの手を振り払い、玄関に歩き出す。
突然、視界にガウが入り、こちらを見上げる。
「まあそんなこと言わず、協力してくれよ」
肩を後ろから大きな手に掴まれ、前後に体を揺さぶられる。
「な? お前に何のデメリットがあるんだよ。協力しない手があるのかよ」
ブルタルの野太い声が後ろから響く。
「……まあいいっすよ。でも今日は帰らせてくれ。ちょっと気になることがあってな」
「いいぜ。明日来いよ」
4人の見送る声が遠ざかるのを感じながら、俺は日の傾き始めた森を駆け抜け、街道をサレン川を目指す。
一刻も早く帰らねば、怒られるな。
だが、それは叶わなかった。
森を抜け街道に入った瞬間、後ろから強力な力で地面に張り倒された。
「確保! ……隊長、森から出てきた怪しい男を確保しました」
俺を地面に押さえつける男が言う。
「俺はれっきとした冒険者だ。無罪だから解放しろ」
「信用できるか。服装からして魔術師だろう。なんで魔術師が森に単独でいたんだ」
「それは……」
「それみろ、答えられまい。さあ、大人しく着いてこい。子供のようだし縄はかけないでやるが、もし怪しい動きをしたらすぐに取り押さえるからな」
そういうと、隊長と呼ばれた男は他の男らを連れて歩き出す。
彼らの向かうはサレン川方面だったので、大人しくついていくことにした。
「警備隊の皆さん、お帰りなさいませ。最近は良からぬ集団が近づいているようですので、より一層期待しております」
桟橋にいた女性が隊長に礼をする。
「ああ、そうするつもりだ」
隊長は促し、皆が渡し船に乗る。
まもなく、サレナ・シュテレンに辿り着いた。
「……この方が盗人と仰るのですか? とんでもない、この方はかの有名なカンザキ様ですよ。きっと街道付近のモンスターを駆除して下さっていたのです。それをこんな扱いをするなど、罰当たりです」
「ええ、尋問などしようものなら、この街ごと滅ぼされかねませんわ」
幸い、町中の人が証言してくれ、俺はまもなく解放された。
「さて、俺をこんな扱いしてくれた貴様らには一つ聞きたいことがある」
「は、なんでございましょう?」
隊長は若干震えながらこちらに跪く。
自分に落ち度があると認めたのだろう。
「エルフと巨人、小人、獣人の盗賊団ですか。すぐに調べます。
……ありました。犯行現場に一切証拠が残らず、手配できない厄介な集団のようで」
「やっぱりか。そいつらの拠点が西エルフ側の街道から外れたところにあるから調べておけ」
「はっ。すぐに兵を向かわせます」
これで一件落着だ。
早く帰らなくてはな。
「ふえ〜ん、痛いよぉ〜!」
宿に帰ると、身体中に切り傷や打撲痕のある三城が玖珠田に泣きついていた。
「わかったわかった、大地の癒し! これでいいでしょ?」
「ふえ……」
あぁ、やっぱりな。
玖珠田はこちらに気付くと、やれやれと言った口調で話し始めた。
「討伐隊のぼろ負けだってさ。浄化魔法が全く効かないし、物理攻撃してくるから、アンデッドなのか何なのか分からないんだって。
明日は魔術師とか剣士も参加して討伐するから、よろしくだって」
「そうかそうか。んじゃ、俺はひと足先に寝るとするよ」
「あっ、ちょ待っ……」
三城の子守りは玖珠田に押し付け、俺はさっさか部屋に戻った。
翌日。
「カンザキ様、盗賊団の件なのですが……」
ギルドで出発を待っていると、警備隊の隊長が話しかけてきた。
「見つかったか? いや、その顔を見ると、小屋はもぬけの殻だったか」
「ええ、勘づかれたようで。申し訳ありません」
「まあいい、今は──」
「皆さん! 今日こそあの沈没船を倒しますよ!」
ギルドの職員が声を張り上げる。
「では皆さん。アクアブレス!
これで水中でも息ができるようになりました」
修道士たちが、皆に支援をかける。
「前の戦いで、あれの強さは思い知りました。ですから……。
パワード! アクセラレーション!」
皆に攻撃力上昇と速度上昇、魔法効率化、暗視までついた後、俺たちは水に飛び込む。
水中は、暗視のおかげでよく見えた。
確かに数百メートル先の水底、木材の残骸や穴の空いた帆が見える。
(あれが沈没船です。皆さん、気をつけてください。そろそろ……)
山口は役に立っているな。
そう思ってすぐに、攻撃が来た。
逆さまに沈んだ沈没船の下。
そこから幾筋もの漆黒の何かが飛び出てくる。
(避けて!)
俺は慌てて回避する。
しかし、そこまで強力な攻撃には見えない。
破壊できそうだが、一体なぜ?
その理由は、すぐに分かった。
遠くにいた1人の剣士。
その鎧に覆われた胸が、血を海に吐き出していた。
(……このように、あの攻撃は非常に鋭利で、防御魔法も結界も破られました。
みなさん、絶対にあの斬撃を受けないでください)
口から泡と血を拭きながら昏い水底に沈んでいく剣士の身体が、やがて見えなくなった。




