70.怨恨の決着
ーーーーーーーーーーー
俺はダイニングへと駆け戻る。
あの憎たらしい人間の皮を被った何物かに復讐するためだ。
異常に気づいたか、こちらに向かってくる人々を全て焼き殺し、戦闘の音の聞こえる方を目指す。
「おっ、神埼! ちょうどいいところに、奴の正体がわかったぞ」
石の廊下を抜けたところで、井川が向こうから走ってくる。
「あいつは、魔王軍幹部、堕天使アザリエル。委員長によると、堕天使は光にも闇にも耐性がある厄介な敵らしい」
「魔王軍幹部……。まあ、それならあの肉塊の言っていたことも頷けるな」
独立だの王族殺しだの、ずいぶんと突飛なことを言っていたからな。
「肉塊って……。まあ、怒る気持ちも分かるな。とりあえず、早く逃げようぜ!? さすがに勝てる自信がねえよ」
井川は後ろに回り込むと、文字通り背中を押してくる。
「待て待て、委員長は一体どこにいるんだよ」
「置いてきた。あいつなら何とかできるだろ」
「無理じゃないか? お前が無理なら」
とにかく、リーデマン、いやアザリエルのいる場所を目指す。
このままだと、今度は日比野を人質にされる危険がある。
ほどなくしてダイニングに辿り着いた。
激しい戦闘で辺りにはガラスや瓦礫が散乱し、割られたシャンデリアが地面に落ちている。
周りには、親衛隊や使用人がばたばたと倒れている。
だが意外にも、場は和んでいた。
「僕はね、別に虐殺したいから魔王軍にいるとかじゃない。僕は堕天使、つまり昔は天使だったのさ。なんで落ちたと思う?」
「さあ……何か良くないことをしたからじゃないんですか?」
「君は純粋だねぇ。羨ましいよ。……おっと、嫉妬だね、いけないいけない。
ある時、天界で大きな争いが起こった。神の定めた規律に、厳しすぎると一部のものが反発したんだ。僕も反発して、神と戦った。
……結果、どうなったと思う?」
日比野は少し考えたあと、回答を口にする。
「神の圧倒的な力になす術もなく、反逆者として天界を追放された」
「その通りさ。僕は神を恨んでいる。地上に堕とされ、力の大半を失った。──」
なぜか上裸のアザリエルは、背中に純白の翼を生やす。
「──この翼は、地上では嗤いものになった。人間のもとに行けば魔物だと言われ、魔物のもとに行けば人間だと言われる。考えたことあるかい? 自分が世界の大きな亀裂の、その中に閉じ込められる気持ちを」
「おい、あれって絶対泣き落とし作戦だよな」
なおも語り続けるアザリエルを尻目に、井川に話しかける。
「まあ、そうじゃね。とにかく、委員長を離さないと魔法も打てねえからな」
「そうだな……三城、影経由で委員長をこっちに引っ張ってきてくれないか?」
「あ、うん」
たちまち、話をどこか感化されたような目で聞く日比野の姿が消え、やがてこちらに顔を出した。
「なあお前ら、一つ頼みがある」
話し相手が消え、困惑しているアザリエルに見つからぬよう、影に潜った。
「何?」
「あの肉塊は、俺が殺してもいいか?」
「た、倒せるならいいけど、できるの?」
日比野はおそるおそる聞く。
「そうだな、たぶんいけると思うぞ」
いろいろと言っている4人を置いて、俺は1人影から出る。
「おや、閉じ込めていたはずなのに。まあいいや、魔法が使えても、大したもんじゃないだろう。リーデマンの姿では、本気は出してなかったからな」
「戯言を抜かすな肉片め。貴様に、この俺の本気を見せてやろう。お前、俺を何日閉じ込めたか分かってんのか?」
「4日かな? それが一体どう関係するんだい?」
「俺は4日間魔法が使えなかったということだよ。魔法を使いまくったせいで上限が上がったのか知らんが、今の俺のMPは……」
そう言いながら、俺は魔法の発動を用意する。
「『火炎旋風』だったかな? 悪いけど、あんなちっぽけな魔法じゃ、どうしようもないね……!?」
アザリエルが、こちらを嘲笑っていたその目を見開く。
杖がないので玖珠田に火炎耐性をつけてもらい、俺の手から出現させた火球は、すでに普段の数倍に大きくなっていた。
「……40000だ。灰になれ燃えるゴミ、『爆炎旋風』」
手から出る炎は、アザリエルを巻くと、それを中心として巨大な火柱へと変貌する。
「何だ? これで全力なのか? ただの温風じゃないか」
アザリエルの言葉は、それが最後となった。
我が人生史上最大の魔力を消費する魔法は、当然、威力も最も高い。
炎は、屋敷全体はおろか、あたり一帯の地域まで広がる。
そのまま、耳をつんざく大爆発を起こした。




