64.雲行きが怪しくなってきました
この国の上級貴族は、それぞれ領地を保有している。
というか、ある程度の領地を保有していることが上級貴族のだいたいの定義だったりする。
貴族の治める地域では、国王の支配力は薄く、王府から徴税されることはない。
すなわち荘園みたいなものだ。
領民は領地を治める貴族に税金を払い、その見返りとして貴族は領民を守る。
ちなみに、アルトは国王が直接治める直轄地であるため、かなり自治度が高い。
今の国王はかなり良心的で、大きな自治権を各都市に与えているのだ。
いっぽう貴族の支配下にある地域では、商売や冒険者稼業も領主の影響下に置かれるため、安全は保証されるものの自由度が低い。
政治が良心的であればよいものの、住民が不満を溜めると、暴動などにつながる危険性がある。
そんな時に、領主は時たま他の領主との同盟関係を築く。
ある領地で反乱が起きると、領主たちは協力してそれを鎮圧する。
反乱が起きにくくなるということだ。
さて、口約束ではとうてい同盟など成立しない。
自領地の警備が薄くなる危険を冒して、自分の親衛隊をわざわざ他領地に派遣するなど、危険すぎるからだ。
そこで行われるのが結婚である。
お互いから婿や嫁を送り、血縁関係を結ぶ。
約束を破ったと知れたら、送った婿嫁がどうなるかわからない。
送られるのは領主の子供など近しい者であることが多いから、領主も約束を無碍にはできない。
「僕の領地でも、今期の日照りのせいで最近民の不満が高まっているようでね。親衛隊の一部も民に同情しているようで、立場が危なくなってきたんだよ。僕も助けたいところだけど、いかんせんお金がなくてね。増税したらしたで不満を招くし。にっちもさっちもいかなくなってるんだ」
「そ、そうですか。ですが、俺はたかが副隊長、動員できる兵隊などいませんし? そもそもアルトは直轄地だから、俺を引き入れたところで意味はないのでは? そもそも、アルト側が享受できるメリットがありませんし?」
「知っているさ。だが目的は兵隊を動員することじゃない。君を我がリーデマン家に引き入れることさ」
リーデマンは妙に落ち着いた口調で話し、紅茶を飲む。
「君、というかアルトの実力は僕の領地にも響き渡っている。実力派の新星だってね。結構人気があるんだよ。もしかしたら、悪徳領主……あ、これは僕のことだね。への反乱の時には、颯爽と現れて協力してくれるかもとか思っているかも知れない」
「いや、別にそんなことをする気はなかったですけどね?」
「では、その君がリーデマン家に入ったとしよう。君の強さを知っている民は、とたんに反乱する気をなくすだろう。『地獄の炎を操る者』だからね」
「つ、つまり……俺を民衆を抑えるための兵器に仕立て上げようとしているってことですかね?」
なんだかよく分からんが、貴族の理論を滔々と語られていることに恐怖を覚える。
「民衆を抑える兵器、ねえ。まあ確かにそうかも知れんな。だが目的はそれだけじゃない。……あっ、アリス、算術の時間だぞ。あなたも、どうぞ中庭でごゆっくりお寛ぎください」
「はい、では行ってまいります」
「あっ、えっ、え? あちょっと待って……」
リーデマンは、そそくさとアリスティアと玖珠田を追い出す。
いつの間にか、使用人たちも示し合わせたようにいなくなり、大きなダイニングルームにいるのは俺とリーデマンだけとなった。
「……誰もいないな。これは内密な話だ。君ならば賛同してくれるだろうと思って話すよ。
君を一目見た時、僕は感じたんだ。君の瞳はあの方……僕の師匠だね。に似ている。純粋な強さを追い求める目だ。君ならば、大いに信用できる」
リーデマンの目に、妖しげな光が見える。
「僕はこの王国から独立し、全ての人々が幸せに暮らせる理想郷を作るんだ」




