63.令嬢をボコボコにしました
「アリスティア・フォン・リーデマンと申します。本日はよろしくお願いいたします」
目の前に立つ金髪の女性、アリスティアは恭しく礼をする。
「いや、そんな大した者でもありませんから、礼は不要です。して一体どうして私と決闘などする気に?」
尋ねると、代わりにリーデマンが答えてくれた。
アリスティアは、貴族間で行われる剣術の大会で優勝するなど、かなりの腕の持ち主らしい。
その技量は親譲りのもので、すでに実力は父のそれを上回っているものの、アリスティアは剣術において父を深く慕っていた。
常日頃から、「もし父上が負けることがあれば、私が仇を取って見せます」と言っていたらしい。
それで今日、リーデマンが俺に敗北を喫したと聞き、魔術の授業をすっぽかしてこの庭に飛んできたそうだ。
リーデマンもそれを予想し、俺をアリスティアの到着まで引き留めていたのだ。
「私は魔術も嗜んでおりますので、魔術も交えた方式で決闘を行いたいと考えております。そちらも宜しいでしょうか?」
「構いませんよ。私の本職も魔術師ですし、渡りに船です」
リーデマンがこちらに歩み寄り、右手を俺とアリスティアの間に掲げる。
「審判は私が。では、初め!」
リーデマンの号令に、俺は一旦飛びのく。
相手の攻撃を待ち、その特性を見極めるためだ。
アリスティアは剣を素早く鞘から引き抜き、大きく横に振りかぶる。
「魔属性付与、疾風!」
アリスティアの剣が緑に光ると、その周りに風が巻き起こる。
「はっ!」
アリスティアが剣を振ると、一気に巨大な風がこちらに向かってくる。
俺は近くの木陰へ飛び移ると、素早く影に潜る。
アリスティアはこちらに駆け寄り、地面に剣を向ける。
影の中だから安心とは言うものの、剣先がこちらに向いているのは怖い。
というか、このままだと影から出るに出られない。
俺は影から指先だけを出す。
草葉の陰に紛れ、うまいこと気づかれていないようだ。
「風刃!」
指先から、鋭い空気の塊が飛び出す。
「いっ、きゃあ!」
圧力を足に食らったアリスティアは、そのまま下半身を後ろに吹っ飛ばされ、うつ伏せに倒れる。
その瞬間、俺は影から出て、剣先をアリスティアの頭に向ける。
「俺の勝ちですね?」
「なっ、なんて卑怯な……」
足元のアリスティアが、こちらを見上げ、か細い声を上げる。
「魔法を許可したのは、そちらでしょう。『火炎旋風』で火だるまにされなかっただけ、感謝してください」
事実、決闘が長引けばやるつもりだった。
ここには修道士の玖珠田もいる、遠慮することはない。
魔法が存在するから、この世界に決闘で命を落とす騎士や貴族はいないのだ。
「えっ、あっ、あ〜……カンザキさんの勝ち、ですかね?」
リーデマンは困惑した顔でそう言う。
後ろの玖珠田も、あいつが飼っていた鳩のポーちゃんを豆鉄砲で撃ち抜かれたような表情をしている。
「まあまあアリス、そう気を落とすな。アリスが負けたのは事実だが、カンザキくんは何もルール違反はしていない。まあ、これからも頑張って腕を磨けばいいさ」
俯いて目の前の紅茶に手をつけないアリスティアを、リーデマンがなだめている。
「すみませんねぇ、アリスティアには、少し負けず嫌いなところがあって」
「いえいえ、確かに、結構卑怯な手を使ったかもしれませんし。あれは誰でも憤りますから」
「ほんとねぇ。まさかあんな手を使うだなんて。見損なったね」
玖珠田がこれ見よがしにため息をつく。
ここは再びリーデマン邸である。
「それで、いったい何の用なんです? 私も忙しいんですよ」
出された紅茶を置き、リーデマンに問うと、リーデマンは息をはいた後、話し出す。
「アリスティアは15歳でね。この国では、貴族はそれくらいの年齢で結婚するもんだ。そして、決闘は相手の技量を見極める方法としてよく普及している。意味がわかるかい?」
「ま……まさか……?」
俺のカップを持つ手が震え出し、カチャカチャと金属音を立てる。
「どうか、アリスティアの婚約相手になってはくれないか?」




