5.見張りは辛いです
「神埼くん、おーい」
体が揺さぶられるのに目を覚ますと、石川がいた。
「ああ、見張りか。お疲れ」
石川と簡単な挨拶を交わし、槍を片手に小屋の外まで出ていくと、すでに異世界初心者、城戸が切り株に座っていた。
俺は無言で隣の切り株に座る。
城戸とは別の小学校出身で、特に仲良くもない。
わずかな月明かりだけで表情はよく分からないが、城戸も同じような表情で座っていた。
気まずさに耐えかねたのか、城戸が話しかけてくる。
「ね、ねえ神埼君……」
「ん、何」
「いやさ、急にこんなことになって、大変だったけどさ、えっと……頑張ろうね!」
話すにしても、内容薄すぎないか?
「ああ、頑張ろうな」
そこからはまた無言になり、そのまま20分ほどが過ぎた。
ふと、川の向こうの森を見た瞬間、背筋が凍るほどの緊張が走った。
俺は気づいてしまったのだ。
こちらをじっと睨む、6つの黄色い光に。
城戸も気づいたのか、全身が硬直している。
「敵だーっ!!」
俺はあらん限りの大声を出し、皆を起こそうと試みる。
黄色い目の色と、6つあることから、さっきのケルベロスと同類だろう。
仲間が帰ってこないことに気づき、やってきたのかもしれない。
ケルベロスは森から飛び出し、川に飛び込み、そのままこちらへ渡り始めた。
時間がない。早く皆を起こさなくては。
俺は近かった女子用の小屋に飛び込み、大声で叫んだ。
「襲撃だーっ、早く起きろーっ!!」
その瞬間、石が俺の腹に飛んできた。
痛みと衝撃で、小屋の外に吹っ飛ばされる。
「襲撃はあんたよ、この変態め!」
榎田の罵声が響いてきた。
「違えよ、ケルベロスだっ!」
痛む腹を押さえながら、俺はかすれた声で応答する。この調子だと、内出血しているかもしれない。
「マジで!?」
榎田は、壁に立てかけてあった槍を手に取り、外に向かって駆け出した。そして……。
「あっ、待て──うぎゃあーっ!!」
俺の頭を踏んづけて行きやがった!
いつまでも倒れているわけにもいかない。このままでは、女子全員に踏んづけられるか、変態扱いで村八分(クラス八分?)だ。
俺は放り出されていた槍を手に取り、川岸へと向かう。
後ろから、起きてきた男子や女子がやってきた。
「おぉ……、これはやべえぞ……」
榎田が絶望的な表情で呟く。モンスターとはいえ、さすがに一匹でそれはなくないか?
そう思い、川を見ると……。
「おいおい、どうなってんだ」
数十匹はあろうかというのケルベロスの群れが、こちらへと渡って来ているではないか。
この大群では、なす術なくこの拠点は陥落するだろう。
もう終わりか……。そう皆が諦めかけた時。
「闇の攪乱!!」
城戸がケルベロスの方へ腕を伸ばし、叫んだ。
ケルベロスたちは、動けなくなった。
パラライズ。「麻痺」などと訳される、強力な状態異常。
特殊魔法は経験値がなければ、習得できないはずだが……?
見ると、朴葉が城戸の手を握っていた。
瞬間、俺の脳内に電流が走る。
『ステータス』と心の中で唱え、『経験値』の欄を見る。
やっぱりな。そこには何も書かれていない。
朴葉の能力は「スキルドレイン」。経験値や魔法を奪ったり、与えたりできる能力だ。
昨日、朴葉はケルベロスを倒した後、皆とハイタッチや握手をしていた。
その瞬間に、全員から経験値を奪っていたのだ。
もしもの際、誰か一人に流し込むために。
ケルベロスからの経験値は5だったから、5かける22、110EXP。
「闇の攪乱」の習得に、足りる。
やるじゃないか、朴葉勝──。
「あっ、あかね!? 大丈夫!?」
玖珠田の声に現実に引き戻され、声のした方を見ると、城戸が倒れていた。
パラライズはかなり強力な状態異常だ。それを20頭を超えるケルベロスに使用したのだ。
魔力が切れ、体力までかなり消費してもおかしくはない。
玖珠田と榎田に抱えられ、小屋の中へ運ばれていく城戸を見送る。
俺、見張りに要らんかったな……。
パラライズが解けたケルベロスたちは、森の奥へと一目散に逃げていく。
深追いする必要はないだろう。
結局、今日は夜通し、城戸を除いて全員で見張ることになった。
……のだが、朝まで特に何も現れなかった。
こうして、異世界での2日目が始まったのである。




