105.料亭にて
魔女キルナの呪いを解除し、数日がたった。
あれから、アルトに魔王軍が出現するといったこともなく、平和に日々が過ぎていった。
北方諸国でも、キルナが出現した地域からは撤退したものの、まだ広い領域の支配権を維持できているそうだ。
局所的な被害こそ大きかったものの、全体的に見れば我々人類の勝利と言えよう。
さて、平和な状況に置かれると、刺激を求めるのが人の常。
今日も今日とて、冒険者たちは性懲りも無くクエストに出かける。
「そっち行ったぞ! 魔法を撃て!」
「まだ詠唱が済んでない! 援護を頼む!」
「任せろ!」
今日は、町の北側の開発に先立った、モンスター掃討。
アルト近辺でも人類が勝利を収め、支配領域を広げた。
おかげでこの辺りの安全性がぐっと高まり、移住者がさらに増えているのだ。
すでに城壁の外側には住宅が建ち並び始めており、北側にも空間を広げる必要が出てきたということだ。
しかし、町の北側は、サレン川の支流がいくつも流れており、地盤がゆるい。
歩いたりする分には何も感じられないが、建造物を建てるとなると、地盤沈下の危険性が出てくる。
さらに、湿地帯に住むモンスターも多く生息しており、これまた厄介だ。
もっとも、すでに冒険者たちの経験値稼ぎ場になってはいたが。
「……地獄炎!」
おっと、誰かが魔法を撃ったようだ。
先ほどまで衛士相手に攻めあぐねていた巨大カエルが、跡形もなく消え去った。
だが、その轟音に、草むらに隠れていたホーンラビットの群れが怒り、魔術師たちに襲いかかる。
「雑魚敵じゃねえか。ほい、かんたんかんたん」
哀れな小動物たちは、もれなく剣士たちの経験値になった。
こうしてみると、誰も指示を出していないのに、勝手にまとまって協力していることがわかる。
成長したもんだなぁ。
「副隊長。副隊長! ボケっと立ってないで戦闘に参加してください。それか向こうで地盤に杭を打つのを手伝ってください」
「あぁすまない。『火炎旋風』!!」
まとまって巨大になりかけていたスライムを焼き払う。
日が暮れる前には、辺り一帯のモンスターを全滅させ、仮の結界を張るのに成功した。
もっとも、この辺りはモンスターも少ないから、湿地帯にいた分を全滅させた今、しばらくは何も現れないだろう。
俺たちは、結界を維持する少人数を残して、アルトに帰還した。
「んー、やっぱりここの白身魚はうまいな。しかし一体どうやってこんな内陸に魚を?」
「お客さん、それナマズですよ」
「げ!?」
夜のギルドは、酔っ払いや面倒な奴が屯していて少々居心地が悪い。
ここは、俺が最近見つけた、隠れ名店。
良心的な価格だし、味付けも淡白で良い。
それに、サービスの紅茶もまた絶品なのだ。
「それにしても、よくこんな価格と品質を維持できてますね。割に合わないでしょう」
「いや、昼はお子様連れの方がたくさんお見えになりますし、朝はモーニングセットをやっているので、この辺の商店の方がよく利用なさってますね。夜にはあまりお客様が見えないのですが、あなたも珍しいことをなさる」
そうなのか。
今度朝来てみよ。
その時、チリンとドアの上のチャイムが鳴り、誰かが入ってきた。
フードを被り、うつむきがちなため、その顔を見ることは叶わなかった。
俺とは最も離れた右端に座ると、メニューを見て、何かボソボソと店主に告げると、水を一口。
「お客さん、どうしました? 元気なさそうですね。
よし、一品サービスしましょう。春野菜と豚肉のソテーとか、いいんじゃないですか?」
店主が愛想良く笑いかけると、その人は何やらボソボソと。
「……そうですか。
お客さん、あちらのお客さんからです」
「え? 俺?」
「はい。小声で『あの人にあげてください』と」
「変な人もいるもんだな。まあ、ありがたくいただきます」
この場合、誰がお金を払うのか、いやサービスって言ってたし誰も払わないのかなとか考えつつ、春キャベツを口に運んだ。
……あ、隠れ名メニューだこれ。美味しい。
「……てことがあってな。あれ誰だったんだ?」
「ふーん。何か特徴とか覚えてないか?」
「赤茶色の服を着てたな。あと、体格や声色的に俺たちくらいの女性。
あ、腰に魔術師の杖を提げてたな」
「……それだけじゃ分かんねえな」
「だろうな」
井川に相談してみたが、大した結果は得られなかった。
「……お前は知ってるか?」
「ひえっ!? ……んーと、さあ……。わかんない」
「まあ、だろうと思った。
……ついでに聞くか。キルナに眠らされてた時、お前──」
「あ、用事おもいだした! ばいばい!」
「おい!」
妙に忙しそうな三城からも、大した情報は得られなかった。
「……だとすると、スパイか何かかの可能性もあるよな。こっちの気を引く作戦か?」
「そりゃないと思いますよ、お客さん。ところで、今日の一品はどうです?」
「ああ、貝の風味がよく効いたパスタで、とても美味しいです。
……ところで、貝はどこから仕入れたんですか? まさか……」
「それはタニシですね」
ここはそういう料理しか取り扱ってないのかよ。
チャイムの音。
ガバッと振り返ると、果たしてそこにはフードの人物。
「こんばんは、昨日ぶりですね。
……さあ、聞こうではないか。あなたの正体を」
フードの人物は動揺したかのように震えると、手をそろそろとフードの縁へ持っていく。
そして、覚悟したかのように一気に後ろにやった。
「……誰?」
そこには、見たことも聞いたことも食べたこともない、謎の金髪の女がいた。




