104.神埼流目覚まし術
「では……」
俺は眠っている三城の体のそばに歩み寄ると。
「え? ちょっと待って、なんで杖を構えてるの?」
魔術師の無二の相棒たる杖を構え。
「悪魔よ、我が杖に宿りて、この者を苦しめよ。さすれば、汝に至高の晩餐をやろう……」
「あ、悪魔!? あんた何する気なの!?」
最近はレベルも上がり、魔法の解析なんてものもできるようになってきた。
霊術師である平城山をさんざんいじくり回したことで、召喚術の類も少しは扱えるようになってきたのだ。
降臨させれば、あとは契約を結び、平穏のままに送り返すことができる。
「出でよ、戦慄の悪夢!」
叫ぶと同時に、杖が暗い紫色に染まり、右腕に焼けるような痛みが走る。
さらに、脳内に直接語りかけてくるような声。
(召喚、感謝いたします。我が名はベリアル、あなた様の忠実なしもべ。もっとも、それも契約の終わるまでですがね)
周りの人々が青ざめて後ずさるのを見るに、悪魔ベリアルの姿は皆にも見えているようだ。
「そうか。ならば契約だ。
お前たち悪魔は、人の悪感情を食するのだろう? 俺たちは今、こいつを目覚めさせるのに腐心している。お前の力で、こいつの夢に入り込み、悪夢に変えてくれ。その時に生じる悪感情が対価だ」
(なるほど。最近では悪魔を召喚する者も珍しい。喜んで引き受けましょう)
ベリアルは、そう言うとたちまち消え去った。
そういえば、あの森の悪魔ヴァルトは、普通に存在していた。
地面に激突したりしていたから、実体がないわけではない。
やはり、魔王らが受肉させたのだろうか?
ベリアルには、実体がなかった。
人の夢の世界に侵入できるのが、その証拠だ。
もし人柄(悪魔柄?)がよければ、受肉させて、手下として雇ってもいいかもしれないな。
「うっ、ああ!」
呻き声に我に返ると、さっきまで穏やかだった寝顔は、苦痛に歪んだものになっていた。
この調子なら、まもなく目覚めるだろう。
「あんたねぇ、いつのまに悪魔なんか呼び出せるようになったのよ」
「知らんよ。ステータス見てみたら『召喚術』って書いてあったから、使ってみたんだよ」
「心も体もどんどん人間離れしていくわね……。そろそろ気をつけないと、いつの間にか魔王になってたりするかもしれないわよ」
「つうか、あの場面であれは酷すぎるだろ。全男子を馬鹿にしてる」
「あいつが起きて、お前何されても助けないぞ」
なんだか周りの人々から次々と罵倒されるのだが。
「……や、やめて。何でこんなことするの……」
「おい、泣いてるぞ。お前の悪魔、一体何やってるんだよ」
「俺にも分かんないかな。帰ってきたら聞いてみるか」
「いえ、その必要はないです。私が視てみましょう」
占い師が、水晶玉を覗き込む。
「おや、悪魔がこの方と戦っています。あなた死んでますね」
え、俺殺されたの?
「この方は、あなたが殺されたことに怒っているようです。
あ、あれ? 悪魔が倒されましたよ!」
え、悪魔死んだの?
「あ、この方、水面を見つめて……。あっ、飛び込みました!」
え!? 入水自殺!?
「夢で死んだらこちらに帰ってくるので、丁度よかったですね」
医者がニコリと微笑む。
確かに、向こうで死んだ青い顔のベリアルが、鼻の穴から這い出してきた。
(何だあいつ、どうやって我に攻撃を加えた!? 我に実態はないはずなのに……)
「まあ、夢の中だから、現実世界とは違うんだろ。
どうだ? 悪感情は美味かったか?」
(それはそれは美味でしたが……。
しかし、起こすことに失敗したのに対価を受け取っていては、いささか気が引けるのです)
「まあ構わんよ。もうすぐ起きるだろうし。じゃあな」
(寛大なお方、感謝いたします。それでは)
ベリアルの影は消え去り、二度と気配を感じることはなかった。
「はっ! ……ここは?」
布団をはねのけ、体を勢いよく起こす三城。
「なるほど、悪魔を使う方法は思いもよりませんでした。これは、貴重なデータになりますな」
医者が嬉々として何やらメモし始める。
「チッ、あいつの作戦が上手くいかなければ、貴重なキスシーン拝めたのに。
神埼ぃ! 許さんぞ!」
玖珠田がいつになく怒っている。
「しーちゃん、死んじゃった……」
三城はうつむき、嗚咽を漏らし始める。
「いや俺生きてるが。あれは全部夢の中の話だから、全部嘘だぞ。悪魔を送り込んだのも俺だから」
あ、しまった。これは言わないほうが良かったか?
「え……?」
三城はこちらに目をやり、俺と認めると目を見開いた。
「ひっ、よ、よかったぁ……。
あれ? もしかして、私がみてた夢ぜんぶ知ってる……?」
「もちろん。そこの占い師が全て教えてくれぐあっ!?」
突然、三城は飛び上がった。
三城の頭が腹に激突する痛みに力が抜け、なすすべなく後ろに倒れ込む。
「あ、危ない!」
三城は、慌てて俺の後ろに回り込む。
小さな体躯が功を奏し、ゆっくりと倒れつつある俺の体を支えられる位置に、あっという間に動いた。
後ろから2本の腕が伸び、俺の体を抱きつくようにして包み込む。
頭をぶつけて死亡は回避できそうだ。
後ろから、ゴッと重い音が響く。
あ、この体勢だと三城が死ぬか。
「まり、まりー!?」
俺は40キロないからそこまで重荷にはならないと思うが、その状態で地面に落下となると話が変わる。
俺は慌てて飛びのき、まだ痛む腹を抑えながら後ろを振り返る。
「ふぇ……」
玖珠田の回復魔法ですぐに目を覚ました三城は、もう回復してるはずなのに、まだ赤い顔でうつむいていた。
「もう一回魔法かけておけ。なんかまだ頭押さえてるから」
「あんたねぇ……」




