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1年C組異世界冒険譚  作者: 神埼時雨(仮)
第八章 北国
102/106

102.目覚め

 あれからいったいどのくらいの時間が経っただろうか。

 周りにあるはずの音、匂い、そして硬い地面や倒れた人々の感触。

 それら当たり前の感覚が、全て消え失せた。

 目を開けば、何もないただの純白の空間に閉じ込められたような錯覚に陥る。

 いや、錯覚じゃないのかもしれない。


 俺はキルナの魔法を受けた。

 この純白の牢獄は、その効果によるものなのだろう。

 悪夢(ナイトメア)と言っていた、おそらくはここは夢の中の世界。

 強力な昏睡魔法と精神操作系魔法の組み合わせか?

 それにしても、考えることを阻止するかのように白い世界、苛立ってくる。

 目を閉じても、拭いようのない違和感は変わらない。


 だが、考えなければ一生このままだ。

 俺はここから脱出しなければならないのだ。

 アルト防衛隊副隊長、神埼時雨の名にかけて。

 俺は立ち上がる。

 といっても、姿勢が変わっただけかもしれない。

 そのまま、両足を交互に前に出す。

 体重ののしかかる地面の感触は全くない。

 だが、進んでいると思い込んで先へ進む。


 特にあてがあるわけではない。

 歩いたところで何も変わらないかもしれないが、何か変わるかもしれない。

 その時、ふいにひとつの感覚が戻ってきた。

「……! ………ん!」

 微かな人の声。

 普通なら認識することすらままならないほどの小さな音だが、長いこと餌の与えられていない飢えた耳にとっては、十分すぎるほどのごちそうだった。

 声のする方、すなわち右側に進路を変更する。


「…埼く……! ……くん!」

 声はますます大きくなってくる。

 しだいに、地面を踏み締める力強い足の響きが復活した。

 歩くたびに鳴る小さなコツコツという足音。

 数歩おきに聞こえる息遣い。

 うるさすぎるほどに脳内に流れ込んでくる音の数々は、とても心地よいものだった。


 突然、脳内に景色が浮かぶ。

 目で見たものでないことは、感覚で分かった。

 雄大な山のふもと、小さな村。

 風車小屋のそばで駆け回る子供たち。

 その顔に、俺は見覚えがあった。

「……榎田菜奈? 清水昭人? 芳賀直樹?」

 未就学児のように無邪気なその顔に、暗さや不安は微塵も感じられなかった。

「平城山美里? 笹川圭介? 泊宗吾?」

 だが、なぜか言いようのない不安に襲われる。


 風車小屋のそばを流れる川。

 その流れにのって川を下る立川玲奈。

 犬に吠え立てられている日比野美月の前に立ち塞がる朴葉勝。

 そして……。

「お前は何をしているんだ。……三城」

 風車小屋の屋根に登り、日向ぼっこをしている。

 何とものどかな光景だ。



「神埼くん!!」

 鋭い声に、ハッと目が覚める。

 同時に、背中に業火が襲うような痛みと熱さを感じ、飛び上がった。

 周りを見渡すと、さっきの吹雪は夢でしたと言わんばかりの砂漠。

「目が覚めたんですね。……よかった」

 さっきの声の主は誰だろうと見ると、荒川が器用に枯れ木の影に隠れて、こちらを見ていた。


「……何だかよくわからんが、お前の声は夢の中まで響いた。

 お前のおかげで目覚めることができた、ありがとう」

「そんな……。私はただ心配で、その……」

「それはいい。それより、他の奴らを起こさなくては」

 頭をあんまり左右に振るんで、長い髪が顔を覆い隠して滑稽な姿になっている荒川は置いておいて、近くにいた井川の体を揺する。

「……はっ! ここは!?」

 幸い、こいつはすぐに目覚めた。


 その後、俺たちは協力して皆を起こして回った。

 騎兵隊や、他の冒険者たちも、それぞれ仲間を起こすのに腐心している。

 皆、どこか不安げな様子だ。

 寺田がいくら声をかけても起きないんで、猫耳を引っ張ったら一瞬で起きて思いっきりビンタされたり。

 野口を起こすと、なぜか「何で起こしたんだせっかくいい夢見てたのに!」とポカポカ殴られたり。

 だが、皆事情を知ると、すぐに近くの人に声をかけ始めた。



「……純白(ヴァルコイ)(スタ・)悪夢(ナイトメア)。神代の魔法がなぜ……」

 象車のそばを通ると、中で考える人になっている、髭を蓄えた男を発見した。

「神代? それはどういうことだ? というか、あの魔法はどんな効果なんだ?」

 男はため息をつくと、ゆっくりと話し始める。

「あの魔法は、眼に見えないほどの微細な霧を発生させ、吸い込んだものを昏倒させる。

 それだけならいいんだが、そこからが厄介でな……。

 昏倒したものは、自らが最も快楽を感じる夢を見るのだ」

 つまり俺は、真っ白な空間を心地よいと感じるのか!?


「……どうした? 急に黙りこくって」

「俺の天性の一匹狼気質に嫌気がさしただけだ。

 ……すなわち、夢と分かったとしても、精神力が弱ければ、夢から永遠に抜け出せないと」

「そうだ。巨万の富を得た夢、世界の全ての人間がひれ伏している夢、数多の女性に口説かれている夢……これは君にはまだ早いか。

 そんな夢を見ていて、抜け出せる方が異常だ」


 ま、何となくわかった。

 すなわち、今目覚めている人々は、自分の意思で目覚めたか、外部から無理やり起こされたかのどちらか。

 起きたやつらが妙に不機嫌なのは、そういうことだったか。

 まあ、じきに全員目覚めるだろう。


 荒川に魔法の効果と、じきに皆目覚めるだろうことを告げた。

「それと……聞きたいことと言いたいことが1個ずつあるんだが」

「何ですか?」

「お前、どんな夢見てた?」

「……えっと、忘れてしまいましたよ〜……」

 顔をあからさまに背ける荒川に違和感を抱きつつ。

「まあいいか。

 言いたいことの方はだな……。ちょっと愚痴らせてくれ。

 ……何で俺の夢は真っ白な空間で孤独にいる夢だったんだよ。楽しくも何ともなかったぞ」

 荒川がこっちに哀れみの目線を向けてきたので、ちょっと悲しくなった。


「……それにしても、最後の方に見たあの風景はいったい何だったんだ?」

「風景? ……もしかして、田舎の風車小屋の周りでみんなが遊んでる、とか……」

「それだ! 何か知ってるのか?」

 もしかしたら、夢の終わりを示すサインとか、その辺だろうか。

「……私も、夢だって気づいて、起きなきゃって思って。なかなか辛かったですけど、さようならって言って歩いたんです。

 そしたら、目の前にその風景が現れて。のどかな景色なのに、なんだか不安になって……」

「完全に同じだ。ま、俺の場合は楽しくもなんともない白い空間だったから、離れるのは楽だったけど」


「その件で、気になることがあって……」

 荒川はうつむき、暗い声で話し始める。

「水車小屋の周りで遊んでいた皆さん、全員まだ起きていないんです。

 神埼くんが魔法の話を聞いてた時、他のみんなは全員起きたのに……」

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