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四七 させる能もあらねば、ものをも惜しめ

 



 暗闇の中で、雨音がわざとらしく反響していた。

 不規則に明滅する街灯に照らされて、自分が鬱蒼とした木々に囲まれていると知る。最初は森林の中にでもいるのかと思ったが、歩きやすく整備された地面を見る限り定期の手入れは施されているようだった。

 お散歩コースにでもなりそうな比較的広い敷地を持つ類いの公園、ではないかと数少ない経験を頼りに推測してみるが、外遊びなどという健康的な習慣とは縁遠い生活を送っていたため、自信はない。

 確実なのは、ここが僕にとって未知なる場所ということだけだ。


 目の前に広がる、坂の地中に丸太を埋めた階段状の斜面を登っていく。その行動が自分の意思かどうかすら定かではないが、進むこと自体に異論はなかった。

 だって絶対、この先には何か──僕が『ここ』にいる理由足る何かがある。そんな、根拠のない確信があった。そして僕は、対峙すべきものがあるなら迅速に、たとえそれがどんな恐怖を齎そうとも推定死に直結しないなら、助走をつけて体当たりしようと決めている。

 そういうわけで、僕は謎パワーの傀儡となり一段一歩で上に向かった。悪天候での外出経験が皆無な僕にとって小雨が少しずつ身体を濡らしていく感覚は新鮮でもあり、普通に不快でもあった。これが現実なら明日は熱発必至である。


 頂上と言ってしまうにはあまりにも標高が低い小さな丘の上、辿り着いた先には木造のシェルターがあった。

 そして、シェルターのベンチに誰かが座っている。ただでさえ木々に阻まれている光がさらに逆光となっているせいで影しか見えず、その正体は分からない。



『泣いてるの?』



 啜り声が聞こえたわけでもないのに、なぜかそう思った。が、内心思っただけで、発声は僕の意志ではないし、そもそも声が違う。これは明らかに子供の声だ。



『──』

『あれ、違った?まあいいや。こんなところでどうしたの?』

『──』

『俺は探しもの。家の鍵なくしちゃってさ』

『──』

『今日家に誰もいないから、見つけないと入れないんだよ』

『──』



 何も聞こえないのに不思議と会話が成立している。僕であり僕ではないこの誰かは、影しか見えない存在について何も疑問を感じていないようだった。少しずつ強まっていく雨を避けようとしてシェルターの屋根に入る。



『そうだ、スマホある?』

『──』

『じゃあ照らしてくれない?思ったより暗くて何も見えないんだ』

『──』

『えーいいじゃん。そんなとこにいるんだからどうせ暇だろ』

『──』

『あ!じゃあこれあげる。チョコ』

『──』

『ずっとポケットに入ってたから...でも、チョコは半溶けくらいが美味しいって言うし。ね、お願い!』



 小生意気な少年に対して、影は見えないながらも渋々といった様子で僕の方に明かりを向けた。影に背を向ける形で照らされた地面を捜索する。その間も子供と影の会話は続いていて『このまま見つかんなかったら庭で野宿かな~』とか『家近いなら泊めてよ』とか、なんとも気安いやり取りが行われているようだった。

 結局シェルター内では見つからず、子供は屋根の外へ足を踏み出した。すると先ほどまでこちらに向けらていた光は消えてしまい、再び頼りない街灯だけがぼんやりと辺りを照らしている。



『おーい、もうちょっと手伝っ...』



 てよ、と言いかけて息を呑む。

 振り返ると、影は音もなく僕のすぐ背後に迫っていた。先程までぼやけていたはずの輪郭が明確になって、数十センチ上から見下ろしてくる長い髪の女を姿取っている。その顔が街灯に照らされようとした瞬間、小雨だった雨が突然勢いを増してスコールのように降り注いだ。

 痛いくらいの雨粒に思わず瞳を閉じる。激しくなる雨とは裏腹に、街灯の点滅はどんどん間隔が空いて暗闇の時間が長くなっていった。目元の水分を拭うと、その手が赤く染まっているように見えて僕は咄嗟に顔を上げる。


 目の前には、腐敗した人間の顔があった。



「〜〜〜〜〜っっ!?」



 大パニックである。

 本音を言うと叫びたかったしダッシュで逃げたかったが、どうにも身体が動かない。おいふざけるなよさっきまでの少年&お姉さん(多分)ほのぼの会話劇はどこにいったんだ戻ってこい!!!と、棒立ちのまま脳内で大騒ぎする。ちなみに動けない原因は恐らく、この少年に逃げる意思が無いからだ。正気か??

 腐敗した女が、僕の頬を両手で掴む。どろりとした感触が気持ち悪くて発狂しそうだった。降り注ぐ赤い雨のせいか触れられた箇所の境目が曖昧になっているようで、僕の輪郭を包む女の手が皮膚に沈んでいるような気さえしてくる。


 ...いや、気のせいじゃない。


 溶けているのだ。女も、僕も。雨はいつの間にか水溜りになって、丘の上だと言うのに水位は腰のあたりまで上がっている。

 顔を固定されているせいで強制的に腐敗顔を見続ける羽目になっていた僕は、その口元が微かに動いていると気づいた。何と言っているのか目を凝らしてその動きを読む。


 わ、た、し、の。

 そこまで分かったときにはもう、水位は僕の首まで来ていた。クソ、何と言っている?私の、の次は...



『──私の影』



 そう聞こえた瞬間、僕たちは赤い水に溺れた。




 目を覚ますとベンチに座っていた。

 人々の往来と騒めき、どこからか流れる愉快なBGM、ファンシーなデザインの建物たち。察するに遊園地か何かだろう。

 雨なんて降っている様子はないし、僕の身体も濡れていない。煌々とライトアップされたアトラクションの照明たちは過剰なほど眩しく輝いて夜空の星を霞ませていた。


 うん、夢だな。

 とんでもない悪夢だったが現実じゃなかっただけ良しとしよう。ちなみに雨は降っていないが身体は冷や汗で湿っていた。うたた寝で見るにしては結構重ためなホラーだったな...と思い返す。それなりに耐性はあるつもりだったが、夢とはいえ実際に体験してみると流石に怖い。ベンチの寝心地が悪かったせいだろうか?コンディションによって悪夢を見てしまうなら、迂闊に微睡むこともできない。


 そこまで考えて、ふと思う。

 なぜ僕が夜の遊園地で眠るんだ?体力的にも嗜好的にも、僕が遊園地に一人で行くわけがない。仮にもし行ったとしてもベンチで眠るなんて不用心なことはしないし、眠いならさっさと迎えの連絡を入れて駐車場にでも待機するはずだ。

 そもそも、ここはどこなんだ?遊園地といっても、おそらく有名なキャラクターがいたり、大型の絶叫マシンが幾つもあるような大手のテーマパークではなさそうに見える。

 とりあえず位置情報を確認しようとしてスマホを探すが見つからない。それどころか鞄一つ持っていない僕は正真正銘の無一文だった。この歳で迷子はキッツいな...と微妙に落ち込みつつ、スタッフがいそうな所を探すため辺りを見渡す。


 右を見て、左の方を向いたとき、風船を持ったイヌ(オオカミ?)の着ぐるみが眼前にいた。



「...次ジャンプスケアを仕掛けてきたら僕は恥も外聞も捨ててキレ散らかすからな...!(?)」



 僕の謎宣言にイヌは小首を傾げるだけだった。いや風船渡されても。



「すみません、ちょっと混乱しておりまして。ここはなんという遊園地でしょうか?差し支えなければお電話を貸していただきたいのですが」



 着ぐるみのスタッフさんに話しかけてみる。なんというか、やたら大きくて威圧感があった。全然知らないキャラクターだし、これ子供ウケするのだろうか?なんて余計なことを考えてしまう。



『お父さんと、お母さんは?』



 思ったより低い声だった。



「...いえ、一人です」

『そうか。可哀想に』



 イヌは僕の質問を総スルーしたまま、風船を持つ方の腕を掲げた。意味が分からない。



『ここは⬛︎⬛︎だよ』

「え?よく聞こえなかったのですが」

『可哀想に』



 無視されて、ただただ哀れまれている。何だこれ、役に入り込んでいるのか?緊急事態が発生したときくらい、もう少し臨機応変な対応してくれても良さそうだけど...というか、やたらと憐れんでくるキャラクター性を壊したところで子供の夢に何の影響があるんだろう。架空の童心を守る前に、現実の一般客を手助けして欲しい。


 再び風船を差し出される。しかも今度は持っている数十個全てを押し付けていた。



「いりません」

『そうか』



 そう答えるとイヌは伸ばした腕をそのままに、握っていた手を離した。色とりどりの風船たちが上空へと舞い上がっていく。え、商品じゃないのか?



『これでは白い石の代わりにはならないな』

「は?」

『可哀想に』

「...ここは一体どこなんですか?」

『そんなの、どこでも一緒さ。可哀想なお嬢さん』



 お嬢さん?

 強火の煽りかと思ったが、違う。着ぐるみを大きく感じたのは、僕の方が小さくなっているからだ。いつの間にか少女の姿になっていたらしい僕を、イヌは立ったまま見下ろしている。

 そのとき、突然サイレンが鳴った。陽気なBGMは止まり、ハウリングしたアナウンスが場内に流れる。



『可哀想に』

『置いてかれて』

『捨てられてしまった』

『ひとりぼっち』

『誰も助けに来ない』

『疎まれて』

『嫌われて』

『誕生を忌まわれた』

『誰も君を』

『望んでいない』

『生きる意味がない』

『ああ、なんて』

『可哀想な子』



 音声が、耳を塞ぎたくなる程こだましている。異常な放送が流れていても、雑踏は相変わらずの風体だった。誰も気にしていないどころか、ひょっとすると気付いてすらいないのかもしれない。異様な状況を目の当たりにして眩暈がしそうになった。

 こんなの、明らかにおかしい。



『本当に?』

「っ!」



 依然呪いのような放送がこだまする中で、イヌが問いかけてくる。



『彼らは幸せなだけだ。そして、ここにいる者の中で君だけが唯一...』



 やめろ、その先を言うな。

 言いたくても、声が出ない。



『愛されていない』



 そう言うと、イヌは徐ろに僕の背後を指差した。振り向くと、そこには大きな湖がある。少女はベンチから降りると湖を囲む縦格子フェンスに手をかけた。そう高くない位置の手すりは子供でも簡単に乗り越えられてしまう。

 駄目だ、やめてくれ。どんなに願っても声は出せないし、身体は止まらない。



『可哀そうに』



 何度も聞いたその言葉を最後耳に残して、僕の意識は闇へと落ちた。






「──という、夢を見たんだが」



 図書館棟最上階にある文芸部室にて、僕の話を黙って聞いていた白鳥さんはちょっと怖いくらいの真顔でしばらく沈黙した後「...一般的に」と口を開いた。



「他人が見た夢の話って死ぬほどつまらない上にどうでもいいとされているのですが、そこのところご理解されてます?」

「面白いと思って話したわけではないし、一般論で遠回しに諭してくるな。腹立つから」

「はあ。ってことはつまり、怖い夢を見てつい他人に話したくなった、というわけではないと」

「君、僕のこといくつだと思ってる??」



 仮に話したくなったとしても、後輩女子には言わない。



「その夢、流夏さんのアトリエに行った日から毎日見ているんだ」

「え。...一週間経ちますけど」

「うん。お陰で目覚めが悪い」



 とはいえ体調不良がデフォルトの僕からすると、睡眠が足りなければ二度寝すればいいし回復しなければ安静するのみなので日常と大して変わりがない。それに、初日のインパクトは中々のものだったが今朝は覚醒した時点であまり覚えていなかった。内容も日々微妙に異なっていて、公園で行われる少年と影のやり取りだったり、遊園地パートがカットされていたりなど縮小傾向にあるからして、きっとそのうち見なくなるのだろうと思う。



「あの母子像に呪われたんじゃないですか?」

「かもな。でも、あの絵に怨念を感じたのは君の方だろう。そっちこそ何ともないのか?」

「...特には。夢とか、起きた瞬間に忘れちゃうタイプなので」

「君の霊感、今のところ母子像画にビビッときた以外で役に立ったか?」

「つまり大活躍というわけですね。そもそも、私があの絵を見たのはほんの数秒ですし、鳴海先輩の匙加減なんじゃないですか?桜庭先輩が怖がる姿を見たかったのかも」

「ドッキリ感覚で悪夢を見せられても...だが、あの人ならやりかねないな」



 え、マジですか...と白鳥さんがドン引きしながら呟く。君が言ったんだろうが。



「あの夢、流夏さんの記憶だと思う」

「...随分な恐怖体験をお持ちのようで」

「丸々ノンフィクションというわけでは...あくまでもベースとなっているだけだろう。少なくとも公園の方は」

「影と少年、どっちですか?」

「少年。あれが多分、流夏さんだよ。子供のころは相当わんぱくだったらしいし」

「じゃあ、絵を媒介として鳴海先輩の過去...を原作としたホラーVRを桜庭先輩に見せたと。なんで?」

「さあな。一連の件に関係するのは確かだろうが」

「いい加減うんざりしますよ。全部があの人のシナリオ通りと考える方が自然だなんて」

「フーダニットは最初から流夏さんで決まっているからな。僕たちが見つけるべきは残り二つだ」

「急にミステリー。ジャンル違いじゃないですか」

「ホラーとミステリは紙一重みたいなとこあるだろ」

「あります?合理と非合理で対極の極みじゃないですか」

「重複するほど極まってはいない。結果的には正反対でも、謎解き要素は近しいところがある」



 ハウダニットは、まあ、呪いとか怪異とかいうオカルトに帰結するだろうから置いておく。素人に解明できるところなんてたかが知れている。だから僕たちが徹底して追求すべきはホワイダニットだ。

 そして、僕たちがそれを追い求めることを流夏さんは予想していた。それどころか望んですらいたのかもしれない。だってあの人自身が僕たちを呼び寄せたのだから。



「僕の見た夢が流夏さんからのヒントだとして」

「本気ですか?所詮夢ですよ?」

「霊感少女が真っ向否定するなよ。あくまで仮定だ。で、あの夢の所感だが...公園の方は影の人物が腐るまでは普通、というか寧ろ、少し楽しそうまであった」

「暗闇の公園ですよね?聞いてただけでもわりと不気味だったんですけど...先輩の恐怖心が死んでるだけでは」

「は?人並みだろ」

「えー...まあ、そう思ってるならそれで」



 遠い目をされた。なんでだよ。

 と反射で言い返しそうになったが堪える。この子の含みのある言い方にいちいち反応していては話が逸れて進まない。



「とにかく、例の公園で流夏さんは誰かと出会った。その出会いはあの人にとって少なくとも不幸ではなかった...と、思う。だがそれと行方不明の件がどう関係するのかは、今のところ分からない」

「問題は影の正体ですね。まあ、流れ的に蒼さんでしょうか」

「え、やっぱりそう思う...?でも流石に短絡的過ぎないか?」

「あの絵がトリガーとなって見始めた夢ですし、当たりをつけて推測するくらいならいいんじゃないですか。それこそ蒼さん...朝日奈(あさひな)先生に直接聞けばいいでしょう」



 鳴海蒼、流夏さんの継母は僕らの学院で旧姓『朝日奈』を名乗り美術教師を務めていた。

 だから決して、僕の記憶力が乏しいわけではない。そもそも僕は芸術科目だと音楽選択なので(白鳥さんも同様)朝日奈先生とは接点がなかったし、ほとんど顔を合わせたことのない教師の下の名前がピンとこないのは仕方ないと思う。

 そして確認したところ、朝日奈先生は一学期終了とともに産休に入ったらしい。



「来週、流夏さんの家に行く」



 今日集まった理由はこの相談をするためだ。本来ならチャットで済むのだが、あれこれ議論しているうちになぜか舌戦となってしまい頭痛がしてきたため本日直接会うことになったのだ。文面だけではどうにも、相手を舐め切った意地の悪さだけが伝わってしまうのでよろしくない。



「今回はちゃんとアポを取ったから」

「誰に連絡取ったんです?」

「父親。なぜか連絡先を交換していて...」

「そんなことあります?」

「な。僕もよく分からないが、流れで何となく...家には何度か行ったことがあるんだ、作業場の方だけど。その時にご挨拶させてもらって、三回ほど夕飯をご馳走になった」

「仲良しじゃないですか」



 仲良しとは言うほどではないが、柔和な雰囲気で流夏さんの父親とは思えないくらい穏やかで親しみのある人だった。だからこそ、流夏さんが行方不明になってから、なんと言えばいいか分からず今までずっと連絡できなかったのである。



「電話口でもそうだったが、流夏さんの件でだいぶ気落ちされている。くれぐれも失礼のないようにな」

「基本的な礼儀は弁えているつもりですよ」

「例外へ踏み込む気満々じゃないか。言っておくけど柚仁さんが特殊なだけで、誰でもあんな感じで接していいわけじゃないからな」

「私は怒られる覚悟も、なんなら呪われる覚悟もありますので」

「あのな...覚悟は蛮行の免罪符じゃないんだぞ」



 口では好戦的な彼女だが、柚仁さんのときを鑑みるに相手を見て対応を変えているようなので誰彼構わず噛みつくつもりはないのだろう。故意に面倒事を起こすのは本意じゃないと信じたい。



「鳴海先輩と蒼さんの関係を深掘りするのは当然として...作業場があるならそっちも検分したいですね。となると、怒らせちゃう可能性を考慮して先に作業場を見せてもらいましょうか」

「嫌な計画の立て方...まあいい。それでいこう」



 自宅の作業場はあくまでもサブと聞いていたが、流夏さんに僕らの動線が予想されていたなら何かしらの手がかりがあると見ていいだろう。



「じゃあ、公園の夢は朝日奈先生関連として...遊園地はなんだと思う?」

「さあ?私に聞かれましても」

「やる気ないな。考察しろ」

「メインは公園なんだろうな、くらいしか。あとは...やっぱりホラーなら、伝えたいのは恐怖なんじゃないですかね」

「恐怖という概念は重要だと思う。でも、それが目的なのか、手段なのかは判断つかないな」

「...遊園地の方は鳴海先輩の記憶じゃない」

「え?」

「桜庭先輩はそう思ったんでしょ。なら、それはそうなんだと思います」



 そうなのだろうか。いや、確かにそう思ってはいる。しかし断言できるほどの確信はない。単に根拠が無いからというだけでなく、心情的にも宙に浮いたままなのだ。



「だからといって、全くの無関係ということはないだろう」

「...比喩表現的な?」

「何のだよ」

「それは実際に見た先輩にしか分からないでしょ」

「それもそうか。えー...なんだろう」



 あの夢で、僕は何を思った?



「愛されなかった、恐怖」



 あとは、なんかやたらとうるさかったな、という印象だ。過剰に憐れまれて、思い知らされるのが鬱陶しくて煩わしかった。



「...あの鳴海流夏が、そんな状況になるんですかね」

「なるだろう。あの人だって人間だ。神聖視し過ぎては本質を見誤るぞ」

「は?先輩に言われたくないんですけど」

「先輩に向かって『は?』とか言うな。...あの人だって、選ばれなかった経験くらい...」

「あるんですか!?」

「あるかもしれないだろ」

「はあ〜〜〜〜???」



 こいつ...!とキレ返しそうになったが、今のは僕の言い方も多少アレだったかもしれないと自省して己を鎮める。先輩男子としてあまり無様な姿は見せたくないので、僕は一旦深呼吸をしてアンガーをマネジメントした。



「先輩に『はあ〜???』とか言うなっ!!」

「うわうるさ...プールのとき以来の大声ですね」

「不謹慎過ぎるだろ。怒りを通り越して君の倫理観が可哀想になってきた」

「あ、すみませんけど私、憐れまれるの地雷なんで。夢の話も聞いてるだけで苛々マックスだったんですよ。差し支えなければ二度としないでください」

「そうか。では定期開催を約束しよう」

「ムキー!!!!」

「嘘だろ」



 どんな鳴き声だよ。嫌すぎて人間を辞めてしまったらしい。発狂した本人よりも、目の当たりにした僕の方が余程精神的にダメージを受けるので、定期開催案はお蔵入りにすると決意する。



「...話を戻すよ。僕は確証がないことを前提として伝えたかっただけで、君を振り回そうとしたわけじゃない」

「すみません、どこまで戻ってます?」

「流夏さんが選ばれなかったかも、という話」

「ああ。それがどうかしました?」

「...僕は、選ばれなかったかどうかは知らない。でも」



 あの人は恋をしていたと思う。


 それこそ根拠はないが、心情的に。

 そう言うと、白鳥さんは数秒固まった後「それもっと早く言ってください!!」と僕の数倍は大きな声で怒鳴り散らかした。

 結局、顔を合わせても喧嘩になるので僕たちは必要以上に会わないほうがいい。学びである。




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